扉の向こう
扉の向こう
この扉の向こうには、一体、何があるのだろう
どんなことが待ち受けているのだろう
待ち受けている? いったい、誰が
扉を開けようとドアノブに、手を伸ばそうとする、ひとりの男がいる。
「……なんだ。妙な胸騒ぎがする」
ここに来る途中ですれ違った、パトカーや救急車のことを思い浮かべる。
「なにがあったのだろうか……」
気になって後ろを振り返る。なにもありはしない。
「何をびびっているんだ……」
気を取り直してもう一度、ドアノブに手をかけようとした。だが男の右手は何も掴むことができなかった。
男がつかもうとしたドアノブは、すでにそこにはなく、大きな闇がぽっかりと目の前に広がっていた。
差し出した男の右手は、恐ろしく強く、そして信じられないほどの速さで何者かによって、食いちぎられていた。
「うわぁっ!」
男は声を出しかけたが、それを最後まで言うことはできなかった。
ドアの前には右手くびと、頭をうしなった男の体が、できの悪いマネキンのように立っていた。
ガリガリガリッ……。
バリバリッ……。
それは男の右手くび、次に頭蓋骨が何者かによって噛み砕かれる音である。
シュシュッ! シュシューーーー!
できの悪いマネキンは、大量の血を噴出しながら膝から崩れ落ちる。が、倒れると同時に闇の中に引きずり込まれていった。
ガチャッ。
扉は、静かな音を立てて閉じた。
ガリガリガリ……。
バリバリ……。
その音だけはしばらくドアの外に漏れていた。
この扉の向こうには、一体、何があるのかしら
どんなことが待ち受けているというの
待ち受けている? 本当に?
扉を開けようとドアノブに手を伸ばそうとするひとりの女がいる。
扉を開けようとドアノブに手を伸ばす。
「なんでだろう。ドキドキする……」
胸の鼓動が高まる。ここに来る途中ですれ違った、恋人たちのことを思い浮かべる。
「どうしてわたしたち、あんなふうになれないのかな……」
思わず引き返そうかと立ち止まる。
「なにを迷っているの……、わたし。ここまで来たのに今更引き返してどうするのよ」
意を決してドアをノックしようとしたわたしの手は、ドアに触れることができなかった。一瞬何が起きたかわからなかったけど、何かがわたしの右手を掴み、それから――。
気がつくとわたしのからだは、彼の大きな腕の中に包まれていた。
彼は痛いほどわたしを強く抱きしめた。
「いやっ」
わたしは声を出しかけたが、それを最後まで言うことはできなかった。
彼の唇がわたしの声をさえぎった。
ドサッ!
わたしは左手に持っていたカバンを床に落とした。糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちそうになる。が、そんなわたしを彼は力強く支えてくれた。
カチャッ……。
扉は、誰にも気付かれないような静かな音を立てて閉じた。
愛し合う二人の吐息が、ドアの隙間から、漏れていた。
あなたの目の前、その扉の向こうには、一体、何があるのだろう
どんなことが、あなたを待ち受けているのだろう
待ち受けている?
いったい誰が……
おわり
同じシチュエーションでも、どんなことが起きるかわからない。扉の向こうに待ち受けるもの。それは恐怖なのか、素敵な出会いなのか?