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もしもUMAが部屋にいたら パート2

もしもUMAが部屋にいたら パート2



 ベッドの下――。僅か15センチほどの隙間の中に奴はいる。


 unidentified mysterious aminmal

 ――いわゆる未確認生物、未確認生命体のことである。


 奴がこの町に現れたという話は、ひと月ほど前からあった。

 僕の知る限り、最初の目撃情報は昼間、人気の少ない公園で、一人の少女がその謎の生き物に噛み付かれたという話だった。

 少女は足に軽い怪我を負ったというのだ。その姿は蛇のようであり、トカゲのようであり、『シュゥーーーー』というヘビのような威嚇音が聞こえたと思ったら、いきなり草むらから飛び出してきたというのだ。


 しかし、ネット上でその情報は嘘だという書き込みが話題になった。

 それによれば、少女の怪我は、ヘビのような爬虫類が噛み付いたというものよりも、肉食の哺乳類に肉を食いちぎられたような状態だったという。


 それはあっという間に都市伝説になった。


 その後は、ユーマを一目見ようと集まった野次馬によって、ツチノコなら懸賞金がいくらもらえるとか、そんな話題が持ち上がったりもした。

 公式には、軽症としか発表されていないが、その割に物々しい装備をつけた警察や消防の様子から、そんな噂話が広がったのではないか僕などはあまり事態を深刻には考えていなかった。


 そしてテレビや新聞では取り上げられないようなアングラなこの話題が、世間の注目を浴びるようになったのは3日ほど前の話だ。

 中国、山間部の農村が全滅したとのニュースが流れた。住民は何者かにかみ殺され、無残な状態で発見された。中国政府はこの事実をひと月ほど隠蔽していたが、その情報がネットを通じて世界中に漏れ出し、ついに中国は非公式であるが、何かしらの事件が起きたことを認めたのである。

 何者か、未知の生物によって村人約70名が死亡した。実際、死体が全部確認できたわけではない。

 村人が全部で何人いたのか、生存者、行方不明者がいるのかはまだ調査中とのことである。しかし一部ネットの情報では中国政府はこの村と周囲の野原を徹底的に焼き尽くしたとの噂も流れていた。いったい何が起きたのか?


 それでもそれは海の向こうの話だったはずである。


 だが、事態は急激に、そして何の前触れもなく悪化の一途をたどり、僕の足元にそれはやってきたのだった。

 中国の情報がもたらされたその日のうちに、大きな川を挟んだ隣の町で家族全員が何者かによって惨殺されたという事件が流れた。しかも1軒だけではなく、同時に6軒も襲われたという。


 公式には詳しい内容は発表されていないが、中国の事件と結びつけて同一の犯人による犯行ではないかと、すでにネットでは大きな話題になっており、警察の機動隊やら、自衛隊が動いたという噂まで流れていた。一部動画投稿サイトに、被害にあった家の惨状が上がっていたという話もあるが、現在そのサイトは見ることができない。どうやら検閲にあったらしい。


 ともかく、そんなことは問題ではない。問題は僕の足元だ。


 なんてことだ!

 僕のベッドの下に潜んでいる奴は、そんな厄介な代物なのか!


 考えれば考えるほど、絶望的なことしか頭に浮かばない。


 いつまでこうしていればいいのか、物音ひとつ建てることもできない。ヤツから身を守る術はないのか。


 周りを見渡しても凶暴な敵に対抗できうなものは、何一つ見当たらない。


 たとえば可燃性の整髪スプレーや殺虫スプレーとライターがあれば、簡易火炎放射器ができる。だが、あいにく自分は2年ほど前にタバコをやめてライターは全て処分してしまった。それに最近のスプレーは不燃性のものが多い。

 アルコール度数の高いお酒があれば、たいまつのようなものが作れるかもしれないが、せいぜい冷蔵庫にビール――いや、発泡酒があるくらいで、強く引火するようなものはない。

 ガスが引いてあればそれも武器にできるかもしれないが、我が家はあいにくIHだ。火元になるようなものはない。


 携帯で助けを呼ぼうにも畜生!

 なんでこんなときに!


 携帯は机の上で充電コードに繋がってる。わずか数メートルの距離なのにたどり着ける気がしない。


 どうする?

 どうすれば僕は……、僕は助かるんだ!


 大声で助けを呼ぶ――。いや、だめだ。僕は部屋を選ぶとき、隣近所の音が聞こえない物件を第一の条件にしたんだ。そう、前に住んでいた木造のアパートは、隣に住んでいるバカカップルのおかげで、ろくに眠れやしなかったんだ。


 だから……、だからこのマンションに引っ越してきたというのに!


 そうだ!

 もしもあの、クソみたいなアパートだったら、部屋も狭かったから携帯もすぐに手に取れたし、助けも呼べた。火も使えた。


 畜生! なんでこんなことに!

 なんでこんなことになるんだよ!


 僕は震えながら、ベッドの上で泣き出した。多分、この部屋に引っ越してきて最初に流した涙。そして最後になるかもしれない涙だ。


 そう思うと何もかもが恨めしかった。

 だが、死という普段はとても遠く、現実感のなかったものに対して、正面から受け止めざるを得ないというところまで考えが至ったとき、不思議と心は落ち着き、平常心を取り戻すことができた。

 ともすれば、めったに思い出すことのなかった自分の家族や親戚、昔付き合っていた彼女、小学生のときに良く遊んだ3人組。唯一僕が尊敬できた中学2年の時の担任の先生。

 懐かしい人たちに不義理をしていた自分を責めながらも、心の闇から何か特別な感情が浮き上がってくるのを感じた。


 みんな、ありがとう。僕は、最後のチャンスにかけてみる。


 ついに僕は決心をした。このまま死を黙って受け入れるつもりはない。

 最後まで足掻いてやる。

 生き残って、僕は不義理をしていたみんなに会いに行くんだ。絶対に死なない。絶対に死ぬもんか。

 諦めるもんか。


 今まで僕は行き詰まると、すぐに誰かのせいにしてきた。でも、今は自分ひとりで戦わなければならないんだ。たとえ死んだとしても、最後まで抵抗して死んだと、生きようとして死んだという痕跡を残したい。


 僕が生きていた証。

 小さな小さな存在だけど、それでも一生懸命に生きようとした証を残して死にたい。

 ――いやっ! 絶対に生き残るんだ!


 僕はベッドの上に立ち上がり、部屋の入り口まで一足飛びにジャンプする決心をした。


 薄手のタオルケットを首に巻き、急所を隠す。枕を左手に持ち、背後から襲われたときに備えて盾の代わりにする。


 扉まで約4メートルか。


 どうということはない。一気に飛べる。


 奴のスピードがどんなものなのか。


 奴の俊敏性がどんなものなのか。


 奴の攻撃性がどんなものなのか。


 そんなことは関係ない。


 全ては 僕自身の問題だ。


 足元を確認する。シーツが足に絡んだり、踏み切った足が滑らないようによける。


 シーツを小さく手早く丸めロープの形にする。その端に結び目を作り大きな釣り糸に餌をつけたような形にする。


 ドアと反対側に投げてヤツの注意を引く。


 準備は整った。


 勝負は一瞬。


 奴がこの餌に食いついてくれれば少しばかり時間が稼げる。生き残るための、コンマ何秒の時間稼ぎ。――そう、どんなに滑稽でも、今僕は、そうまでして生き残りたい。


 全神経を集中させる。


 呼吸を整える。


 静寂を飲み込む。


 空気は読むものじゃない。――飲み込むものだ!


 ふっ、とひと呼吸、肺にしっかりと酸素を入れ、僕は……。


 シーツを投げた。


 シュゥーーーーー。


 音が聞こえる。


 右、左と足をしっかりと踏み出し、ベッドの端っこを思いっきり踏み切る。


 ギィィイーーーー。


 ベッドのしむ音。


 部屋の空気を巻き上げながら、僕は一瞬、重力に逆らい、部屋に敷き詰められたグレーのカーペットの上に素足を着地させる。目の前に部屋のドア、手を伸ばせばドアノブまですぐの位置。右手を伸ばす。


 シュゥーーーーー。


 音が聞こえる。部屋の隅で何かが蠢く気配。奴は餌に釣られた。


 ガチャ。


 ドアノブに手をかけまわすと同時に内側に引っ張る。思いのほか空気の抵抗がある。自分のイメージよりも一瞬ドアを開けるタイミングが遅くなり、自分の勢いを止められず、あけようとしたドアにぶつかりそうになる。


 キィィシュゥウウウーーー。


 威嚇音の方向が僕の背中に向けられているのがわかる。全身の毛が逆立つのがわかる。


 ガサガサ。


 右手をドアに引っ掛けながら、右の肩から部屋の外にでる。肩、頭、右手、腰が部屋の外に出る。


 シュゥーーーーー。


 音が迫ってくる。左足に強烈な殺気を感じる。構わず体をドアの外に逃がす。枕を持った左手を立てのようにドアの方に向けながらドアを閉める。


 シャァアアーーー。


 床を這うヘビのようなトカゲのような生き物がすぐそこまで迫っている。


 ドアを閉めろ!

 クソッ!

 空気抵抗がこんなに強いなんて!


 間に合うのか!


 バタンッ! ガチャッ! ドォーンッ!


 三つの音がほぼ同時になる。


 クゥシャァアアアーーー。


 獲物を逃し、怒り狂うヤツの叫び。


 ハァー、ハァー、ハハッ。。クッ、クッ、クッ……。


 激しい息遣いに混じり、笑い声ともなぎ声ともつかない、死への恐怖を克服した歓喜の嗚咽が喉を伝わって口から漏れる。涙が止まらない。手足が震えている。大丈夫。もう大丈夫だ。


 奴はすぐにおとなしくなった。しかし一刻たりともここにはいたくない。早くこの部屋を出て助けを呼ばなければ……。


 僕は靴を履き、玄関のカギを開けて外へ飛び出した。


「こっ、これは……。」


 僕のマンションは10階建ての1階の角部屋だ。マンションの廊下の突き当たりが玄関になっている。


 非常階段からすぐに駐輪場へ出れるし、通常は廊下をまっすぐ歩いてマンションの表玄関に出る。その廊下は、見るも無残な光景になっていた。


 血だ。


 どこかで誰かの叫び声が聞こえる。何かが水溜りの上をのた打ち回るような音と主に、ヘビが威嚇をするような音、獣が餌にむしゃぶりつく音。骨が砕ける音。


 奴らは街中を……、全てを食いつくそうとしてる。


 中国の農村では、生き残りはいなかったのか。……きっとそうにちがいない。


 でも、僕は諦めない!


 ここまで来て諦めるものか!


 絶対に生き延びてみせる!


 気がつくと僕は無我夢中で走り出していた。肺の中の空気がある限り、体中に血液が酸素を運べる限り……。


 そう、僕は会いに行くんだ。


 僕は、生きてあなたに会いに行くんだ。


 たとえ、左腕を失っても……。


 たとえ、何を失っても……。


 僕は もう 諦めはしない。




おわり

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