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時空を超えて

時空を超えて




 寝て起きると、僕は日付が1日進んでいることに気付いた。

 ここのところ徹夜続きで、曜日の感覚がなくなってはいたが、流石にこれには驚いた。


「うわ~、20時間以上寝たのは初めてだな」


 ようやく取れた休みだというのに、もう仕事に行かなければ。

「一日損をした気分だよ」


 そんな話を昼休みに同僚に話した

「いや~、お前もか。俺なんかしょっちゅうだぜ」

 ソフトウェアの開発の仕事は、時としてむちゃくちゃな納期の上、仕様変更や追加に追われ、日夜を徹して作業することなど、日常茶飯事だ。それでも少しはましになった。あまりの過酷な労働条件で、身体を壊す社員や、精神科や神経科に薬を処方される社員が増加したことを受けて、会社も多少なりの配慮――ある一定時間の労働後の2日間の休みを徹底した。


 しかし、そのことにより、通常の勤務時間に歯止めが効かなくなるような部署まで現れた。それが今、自分がいる部署だ。

「俺なんか、意識失って、ふと気がつくと、ちゃんとテーブル組んでいたりしているんだよな」

「でも、それって間違ったパラメーターとか入っているんじゃない?」

「そうそう。小人さんは計算が苦手なようで」

「小人さん?」

「そう、小人さん。お前も経験ない?うっかり居眠りしてしまったときに、ふと気がつくとしっかり、作業が進んでいるとか?」

「まぁ、確かに、忙しいときなんか、コンパイルを待っている間にネオチしちゃうことあるからね」

「そうそう、で、そういうときに、自分がやった覚えがないのに、作業が進んでいるってことがあった時は、俺は小人さんが現れて、俺の仕事を手伝ってくれたって思うわけ」

「なるほどね。小人がね」

「その小人はさぁ、もしかして、全部お前の姿をしていたりして」

「おいおい、気持ち悪いこというなよ」

「こんど罠仕掛けて捕まえてやろうか」

「おー、いいね。そしたら世紀の大発見とかいって、遊んで暮らせるほどの大金が手に入るかもな」

「いやいや、そんなにうまくはいかないぞ。もしその小人がお前とそっくりだとしたら、お前もセットでラボ行きだ」

「ちがいない。それにうちの会社は全ての発見・発明は会社に権利が移るとか何とかいって、全部持っていっちまうよ」

「あー、あ、夢を見ようにも、ここにいる限りは夢も見られないのかよ」

「まぁ、寝て起きたら24時間近くたっていましたって奴には、夢はひつようないんじゃないか。どうせ、何も覚えちゃいないんだろう?」

「それとこれとは話が違うだろう。夢を見ることと、覚えていることは全然違うことだぜ」

「わかった。わかった。まぁせいぜいいい夢でもみろよ。見られればの話だがなぁ」


 どうということはない。疲れているだけだ。最初は曜日の感覚、そして昼夜がわからなくなり、最後に時間。睡眠をとるたびにいい加減になっていく気がする。ここ数日、いや、或いは数週間か――やたらとデジャブを体験する。


「あれ?おかしいなぁ」

「どうした?」

「いやぁ、このプログラムのミスなんだけど、確か一度直したような気がするんだが」

「なんだよ。そんなことよくあることじゃないか。どうせ修正するファイルを間違えたか、ほら、ちゃんと更新履歴確認したのか?しっかりしてくれよ」

「あ、あぁ、すまない」


 そんなはずはないという気持ちと、そういうこともありうるという気持ち。なんとも気持ちが悪い。ひどいときなど、その後の会話も含めて一度体験したような『錯覚』に陥る。これは、いよいよ問題だ。しかし、休みはとれない。特に体に問題があるとは思えない。気が張っているせいか、或いは集団心理なのか、皆ががんばっているのに自分だけリタイアするわけにもいかない。それに、なによりこの仕事は楽しい。


「じゃぁ、これ、明日までに頼むよ」

「おいおい、勘弁してくれよ。明日は土曜日だぜ?」

「あ、あぁそうか、すまない。最近曜日の感覚がすっかりおかしくなっちまって」

「いや、かまわないさ。俺もさっき、同じことを誰かに言われたばかりなんでね。あれ?ちがうか?俺がいったのか?まぁ、どちらでもいい。ともかく明日はゆっくり休んで……」

「なぁ、やっぱり、なんか変じゃないかなぁ、俺たち」

「え?なにを急に……まぁ、クレイジーだっていうことは否定しないけどよぉ」

「い、いやぁ、そういうことじゃなくてさ、なんかあまりに記憶が曖昧だと、記憶や時間に関する感覚がいい加減だと思わないか?」

「あ、まぁ、確かに……でも、ほら、みんなそうじゃないか?お前も……だろう?」

「そうさ。そうなんだ。確かに同じなんだ。でも、それっておかしくないか、だって俺とお前は……」

「な、なぁ、もうやめにしないか、この話。なんていうか、まずい気がして……」

「あ、あぁ、そうだな。俺も、同じことを……同じことを感じ……これもデジャブなのか?」

「ともかく。ゆっくり休んで、それでリフレッシュすりゃ、何も問題ないさ。ゆっくり休めよ。おっと、もうこんな時間だ。じゃぁ、先に失礼するよ」

「あ、あぁ、すまない。お疲れ様」


 俺はサーバにアクセスし、報告書を作成した。確かに過去の履歴にはきちんとした時間の経過と作業の流れが記述してある。それすら、自分で書いたものかどうか記憶が怪しいのだが、過去の記録に間違いがあるはずもない。ふと、いたずら心で、先ほどのやり取りを報告書の備考欄に記述した。もちろん会話をそのままというわけにはいかない。


自分を=I あいつを=Y(youの頭文字)に代入し、

call open Y

Ret = Check Y()' データを開けたか

if Ret then

call YErr

else

Ret = chkKan

'if Ret = 0 Or Ret > 2 then

Call set I


'else

'Call Err(Ret)

'end if

end if

call Close Y


#メモリー上にエラーの恐れあり。要チェック


 俺はPCの電源を落とし、自分の部屋に帰った。途中コンビニによって弁当を買う。はたしてこれが夕飯なのか夜食なのかもわからない。あるいはこのから揚げ弁当は昼に食ったものと同じかもしれないが、考えるもの面倒だ。店員はいつもの調子で「あたためますか?」「飲み物と別々にいたしますか?」と聴いてくる。それはいい。マニュアルだから、毎回同じことを聴けばいい。


「あ、すいません。こちらのお弁当、期限が過ぎていました。新しいものとお取替えしますので、少々お待ちください」

「あ、は、はい」

 ちょっと、待てよ。なんだ、この感覚は!こんなことまでデジャブなのか?俺は怖くなって――いや、ちがう。怖いのではない。これはどちらかといえば、怒りに近い衝動的な感情――その弁当をキャンセルすることにした。

「いいです。やっぱり、弁当いらないです」

 すると店員はひどく困った顔をした。それは通常の業務のトラブルの対応とはあきらかにちがう、鬼気迫るものだった。

「大変申し訳ございません。お気持ちはわかりますが、お願いです。どうか、どうかこちらの商品を、お買い上げいただけないでしょうか?」

「い、いらない。いらないから、いらないと言っている。それが無理だというなら仕方がないが、道理を説明してくれ」

「も、申し訳ございません。道理と申されましても、私などにはとてもとても……ですが、どうかお聞きいれいただけないでしょか?」


 店員のあまりの必死の形相に俺は簡単に根負けした。たかだか500円くらいのことで、他の客に迷惑をかけることは本望じゃない。レジにはすでに二人の客が弁当やら雑誌を持って並んでいた。

「わ、わかりました。暖めなくていいんで、その弁当ください」

「お時間さほど、かかりません。暖めさせていただきます」

 余計なことをするな!と言いかけて俺はその言葉を飲み込んだ。もういい。好きにしてくれ。


 コンビニを後にして、部屋に戻る。テレビをつけて弁当を食べる。この時間帯の民放のテレビはどの局も同じような番組しかやっていない。よく知らない若手芸人と、よく知らないグラビアアイドルが、面白くもないことをしゃべり、色気のない馬鹿笑いに終始する。だが、それがいい。なにも考えず、二度と思い出すことのないようなこの光景が、妙に心を落ち着かせてくれる。


 弁当を食べ終えるとすぐに眠気が襲ってくる。シャワーをあびるしたくをしている途中で力尽き、そのままベッドに横たわる。

「きっとこれじゃ、また時空を飛び越えそうだな」

 テレビをつけっぱなしで電気だけ消し、俺はそのまま眠ってしまった。


「9月18日水曜日、それでは今朝のトップニュースから……」

 つけっぱなしのテレビの音で目が覚める。なんだ、この違和感は……水曜日?水曜日だって!

「お、おいおい、なんだよ、水曜日って!

 テーブルの上の携帯を手に取る。電池がない。ともかくもう、出社する時間だ。急がなくては。俺は身支度を間単位済ませて、家を飛び出す。そういえばシャワーも浴びていない。いや、その割には体臭がくさいということも、汗ばんでもいない。まぁ、いい、そんなことはどうでも。


 オフィスに着き、IDカードで入室する。これで出勤管理がされている。2日も連絡なしで休んだとなれば一大事だ。

「おはよう。どうした?血相変えて?」

「あ、すまない。朝起きたら水曜日だったなんて言っても信じてもらえないかもしれないけど……」

「おい、おい、大丈夫か?お前」

「あ、あぁ、別に体の調子が悪いわけじゃないんだが」

「はぁ?問題は体じゃなくてこっちのほうじゃないのか」

 そういってやつは人差し指で頭を指差した。

「火曜日の次は水曜日。寝て起きようが寝まいが、そう決まっているの?お前本当に曜日の感覚むちゃくちゃだな」

「え?だって、俺、金曜日に帰って、そのまま……」

「そのまま、水曜日まで眠っていたってか?SFじゃあるまいし、時空を飛び越えて気がついたら4日も5日も経ってましたってか?」

「ど、どういうことだよ、それって?」

「どういうことって、お前PC立ち上げてみよ。ちゃんと作業もしているし、報告書も毎日あがっているだろうに」


 確かにそうだ。もはや確認するすべはそれしかない。俺は急いでPCを立ち上げ、サーバにアクセスした。

「ある。ないはずのものがある」

「ちがうだろう。あるべきものしかそこにはないさ。お前、本当に大丈夫か?医者に診てもらえって、言いたいところだけど、今日もやること山積みだ。頼んだぞ。一人でも欠けたら、このプロジェクトは立ち行かなくなるからな」

「あ、あぁ、すまない」


 なんだ、この「あ、あぁ、すまない」というのは、前にも言ったよな。それに……それになんなんだ。この感覚、これだけ、非日常的な感覚だというのに、またしてもデジャブだ!


 ともかく、作業を……いったい、なにをどこまでやったのかすら、わからないのに。

 9月17日の作業履歴をみる。驚いたことにその内容には覚えがある。しかし、この備考欄の記述はなんだ?


call open Y

Ret = Check Y()' データを開けたか

if Ret then

call YErr

else

Ret = chkKan

'if Ret = 0 Or Ret > 6 then

Call set I


'else

'Call Err(Ret)

'end if

end if

call Close Y


#メモリー上にエラーの恐れあり。カウントチェック


 この記述には覚えがない。だが、それは16日にも同じものが記載されている。最初は13日の金曜日だ。いや、よくみると、微妙に一箇所記述に違いがある。7行目の数値が最初は「2」次が「4」そして昨日が「6」になっている。


「カウント……?」

 それに最初の2回はコメントに


#メモリー上にエラーの恐れあり。要チェック


 となっているが、昨日のものから『要チェック』が『カウントチェック』になっている。つまり、この数値の変化に気をつけろということなのか?そういえば聴いたことがある。ハリウッド映画だったか?主人公の記憶が一日しか持たないという設定のサスペンス映画。まさか、自分はそういう病気にかかったのか。いや、それにしては記憶が飛びすぎている。いや、飛びすぎているんじゃない。一日一日記憶が消去されれば、記憶はどんどん飛んでいく。それが発症したのが金曜の夜からということなのか?それもおかしい気がする。この言い知れない違和感は、一体なんなんだ。


「たしか、このIは自分のこと、Yはあいつのこと、あいつって誰だ?そうか!あいつに聞いてみるか?」


 そう思った瞬間、不意にあいつが声をかけてきた。

「なぁ、ちょっと、いいか、変なこと聞くようだけど……あ、その前にこれ見てくれるかな」

 あいつはさっきとはちがい、妙に深刻な顔をしていた。きっと、さっきの自分もそんな顔をしていたのだろう。

「これなんだけど、何だと思う?俺、自分で書いているはずなのに、ぜんぜん記憶になくって……」


 あいつのPCの画面にあったのは、あいつの作業報告書の備考欄だった。そこにはこう記載されていた。


call open Y

Ret = Check Y()' データを開けたか

if Ret then

call YErr

else

Ret = chkKan

'if Ret = 0 Or Ret > 5 then

Call set I


'else

'Call Err(Ret)

'end if

end if

call Close Y


#メモリー上にエラーの恐れあり。カウントチェック


 俺とあいつ


 IとY


 Yって、あいつって誰だ?


 二人がお互いの顔を見合わせる。それはまったく同じ表情をしていた。何一つ違わない。まったく同じ表情だった。





exit


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