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Smile Face Book

Smile Face Book




 通勤電車。


 毎日ほぼ同じ時間の、同じ電車、同じ車両に乗り込む。特に意味はない。変えるのが面倒なだけだ。いわゆるラッシュの時間からは少しずれている。あまり気にしたことはないが、およそ半分くらいは同じ顔ぶれがそろう。いや。もしかしたら、もっと多いのかもしれないが、あまり気にしたことはない。


 席に座れるときもあれば、そうではない時もある。そうではない時でも、二駅も乗っていれば、大体座れる。誰がどこで降りるのか、およそ検討がつく。会社の最寄り駅までは、およそ40分。駅前は3年ほど前に整備され、有料の駐輪場が出来てから、本当にすっきりした。会社まではゆっくり歩いても、10分かからない。途中にコンビニが、3軒ほどあり、その日の気分によって、おにぎりやパンを買う。遅い朝食だ。


 自分のデスクは事務所の入り口からは少し奥まったところの壁際で、衝立で区切られている。仕事が始まると、時には誰とも会話もしないこともある。ずっとデスクの上のパソコンに向かい合い、いつ終わるともわからないシステムをくみ上げる基本的には一日2回ミーティングがある。作業に問題点や仕様変更があった場合の説明などなのだが、特に何か発言を求められることがなければ、誰かと話をすることもない。


 このフロアには100人ほどが勤めている。そのうち80名ほどは私と同じような作業をしている。時々人の入れ替わりがあるが、やめていった人の中で、顔と名前が一致する人はいない。イントラネット上にグループウェアがあり、社内の人間とはチャットやメールでやり取りが出来るようになっている。そこには顔写真が掲載されている。そのうち半分は笑っている。あとの半分は、自分と同じように、無表情であった。


「気持ち悪いなぁ」


 私には、どうして無理に笑った写真を、人前にさらせられるのか、まるで気が知れなかった。あまり仏頂面もよくないが、わざとらしい笑顔、特に歯を見せるような笑顔にはどうにも好感が持てずにいた。



 昼食は社員食堂で食べる。なるべく時間をずらし、四人がけのテーブルに一人で座って食べるのがいい。誰かに食事をするところを見られたくない。いや、それ以上に食事中の会話は苦手だ。相手から『面白いだろう?』と得意げにふられた話が面白かったためしがないし、『なにか面白い話はないか?』と聞かれれば、愛想笑いをしながら『ぜんぜんないね』と答えるしかない。そして次には誰かの悪口、不平不満が始まる。


 そんなことを私に話しかけられても、困惑するだけだ。相槌を打っただけで、同じ考えだと思われるのは嫌だから、なるべく反応しないようにしている。しかし、それがかえってよくないのかもしれない。『こいつになら何を話しても大丈夫だ』と、いいストレスのはけ口だと思われているのかもしれない。


 冗談じゃない! 俺は便器じゃないぞ!


 もちろん、そんなことは思っても口に出さない。


 それにしても食堂の店員は愛想が悪い。いや、特に私にだけ無愛想だ。或いはごく一部には愛想がいい。それはおかしいと、一度だけ言った事があるが、誰も相手にしてくれなかった。サービスは公平にするべきなのだ。なぜ、誰も文句を言わないのか。


 食堂へはエレベーターを使う。


 13階建てのビルのちょうど真ん中が食堂になっている。まぁ、確かに上からも下からの同じ位置に公共の施設があるのは公平だ。そこは認めるが、どちらにしてもエレベーターで誰かと一緒になるのは苦手だ。大勢いるならまだしも2~3人の場合、挨拶をしないわけにもいかない。


 大体が誰が誰だかわかっていないのだ。


 社員証があるから、名前はわかるが顔は覚えていない。『この前はどうも』とか、『あれからどうしました?』などと聞かれても、答えられっこない。ともかく、エレベーターは苦手だ。そんな、窮屈で、退屈で、それでも、居心地は悪くない生活が、ある日を境に、一変することになる。



 それは、珍しく夏風邪を引き、会社の医療施設で治療を受けた翌日からのことだった。処方された薬のせいなのか、朝から妙に気分がいい。


 ある種の副作用なのか?


 まぁ、最近はうつになる社員も多いと聞く。予めそういった成分が入っていたとしても、この会社ならやりかねない。取引先には大手の製薬会社や医療施設がある。



 通勤電車、運良く、乗ってすぐに座れた。電車が走り出してすぐに、前の座席に座っている中年の男がこちらを見ながらニヤニヤと笑っていることに気づいた。


 なんとも気持ちが悪い。


 しかし妙だ。普段の私ならとっくに目を伏せて寝たふりをするのだろうが、妙にその男の事が気になった。


 どこかであった事があるのか?


 ニヤニヤした中年男は、何やら時々ブツブツと呟いている。呟くというよりも、そうハンズフリーの携帯電話で話をしているような、確実に話相手がいるような話方なのだ。結局、私はその男が何を言っているのかは一言も聞き取ることはできなかった。気にはなるが、妙なことに嫌な感じはしない。


 これはいったい、どういうことなのだろう。


 やはり処方された薬には何かおかしな成分が含まれているのだろうか。


 そして不思議なことに、その現象は電車を降りてからも続いた。3件のコンビニのうち、一番愛想が悪いアルバイトの店員が気持ち悪いほどの笑顔で接客してくれた。


「お待たせしました。飲み物とこちらの商品、一緒の袋でよろしかったでしょうカァ」


 言葉の頭と尻が少し聞きづらいのは相変わらずだが、ファーストフードなみの笑顔だ。あんなに目じりが下がるものなのか。


 会社に着く。朝のエレベーターの中、見知らぬ男が……。いや、総務課の田中と社員証には書いてある。たぶん初めて会う男だ。その男が私を見ながらニヤニヤと笑っているのである。そして電車であった妙な中年男と同じように、なにやら口を動かしているのだが声は一切聞こえない。


「あっ、あのぉ~、何か、私にご用でしょうか?」


 総務課の田中は、驚いた顔をして、そしてまたニヤニヤ笑いながら、今度ははっきりとした口調で挨拶をしてきた。


「いやぁ、始めまして。そしてようこそ、こちらの世界へ」


「はぁ? なっ、なんですか? こちらの世界って……」


 エレベーターが止まる。さっきまでニヤニヤしていた、総務課の田中は急にすまし顔になり、エレベーターを降りてしまった。


 そして社員食堂でも、いままで無愛想だった店員が、やけに愛想よく、振舞う。


 一体どうしたというのだ。急に世界が変わったようだ。


 いや、待て。


 世界が変わったのでなく、私自身が変わったという可能性があるのではないか。


 いや、その仮説はあまりにも突拍子もない発想だ。いやいや、そうじゃない。そんなことを考えること自体、私自身の変化ではないのか?


 いったい私は、ワタシはどうしたというのダ。


「そうダ。総務課の田中…….。彼には、前にあった事がないはずだが、一応調べてみるカァ」


 ワタシは、グループウェアで総務課の田中を調べた。


 確かにこの男ダ。


 このニヤニヤした顔。


 まったく、何でこんな顔を……。うん?


 ニヤニヤした顔?


 もしかしたラ……。そうか、そういうことなのカ!


 ワタシは次から次へとグループウェアで社員の顔を確認していっタ。


 どこかであった覚えのある顔がやたらと増えていル。


 そんなはずはないと思いながらも、ワタシはあるひとつの核心めいたものにたどり着いた気がしタ。


 そう、それはまったく突拍子もない発想、しかし、それこそが答えダ!



 あとは確かめるだけダ。



 ワタシは、端末を操作し、携帯電話のカメラで自分の顔を撮影し、グループウェアに新しい画像ファイルをアップロードしタ。


 数分後、システムからの承認がおり、ワタシの新しい顔がグループウェアにアップされタ。


 そこにはニヤニヤと笑っているワレワレノ カオガ ウツッテイタ。


 イヤ、イマナラ ワカル。


 ワラッテイルノデハナイ。


 コレガ ワレワレノ カオナノデアル。


 ワタシワ……、イヤ、ワレワレワ……。



 それから数年後。


 世界中を席巻するソーシャルネットワークの写真には、ニヤニヤと笑った顔が並び、人類はすべて、笑顔になった。



 ようこそ。Smile Face Bookの世界へ




おわり

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