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ゆめのつづき

第1話 ゆめのつづき




 僕はとても怖がりな子供だったと思う。夜怖くてトイレにいけず、もらしてしまったこともある。カレンダーの女優さんの視線が気になるからと言って、カレンダーの位置を親に言って変えさせたのは、たしか小学5年生の頃だった。そのくせに、怖い話には興味があった。とりわけ古い怪談話がとても好きだった。


 雪女、番町皿屋敷、おいてけ堀、やまんば。


 そして、そんな話を聞いた夜は、決まって眠れないのだ。いや、眠れなかったときのことしか覚えてないから、そう思えるだけなのかもしれない。


 二人の子を持つ親となったいま、どういうわけか自分で怖い話を書くようになった。いくつかのきっかけ、いくつかの偶然がそうさせたのだが、その中の一つに、こんな出来事があった。


 僕は、ゾンビが嫌いだ。


 感染者よりもリビングデッドがきらい。でも、どちらもきらいにかわりはない。あの映画の存在を知ってからというもの、僕は定期的にゾンビに襲われる夢男見るようになった。あの映画というのはジョージ・A・ロメロの最初のゾンビ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』である。しかし僕はこの作品を最初から最後まで見たことがない。僕が小学生の頃オカルトブームがあって、そのときに各局のテレビ番組は恐怖映画の特集などを組んで紹介していた。そのなかに出てくるフランケンシュタインやドラキュラの話にわくわくさせられながらも、ゾンビの話だけは怖くて仕方がなかった。


 そしてそれは1979年の『ゾンビ』の日本公開で決定的なものになる。


 僕の夢はパターンが決まっている。ゾンビが現れ逃げ惑い、ようやく隠れる場所、それはトイレだったり、物置だったりするんだけど、そこの扉の鍵が壊れていてきちんと閉められない。仕方がなく手でドアノブや取っ手を押さえるわけなんだけれども、最後には扉が壊され、あるいは気を抜いた隙にゾンビの侵入を許し、ゾンビたちに囲まれてしまう。


 そこで目が覚める。本当に嫌な汗をびっしょりかいて目が覚めるのである。


 だから、というわけでもないのだが、子供の目の触れるところにゾンビはない。僕がトマトが嫌いで、食卓にトマトが上がらないのと同じように、ゾンビはないのである。


 ところが、ある夜のこと……


「パパァ、パパァ……」

 気がつくと娘が布団から起き上がり、目を真っ赤にして泣いている。

「どうした? どこか、痛いところでもあるの?」

「ううん……こわいの。こわいゆめを、みたの……」


「怖い夢? どんな夢だい? 話してごらん?」

 そういいながら僕は時計を見た――2時10分を回っていた。


「あー、ちょっと待ってて、牛乳飲むかい?」

 娘はこっくりとうなずいた。


 台所にいく。電気はつけない。子供たちがいつも使っているプラスチック製のカップ――娘がキャラクターもののピンク「はつね」と黒い油性のペンで書いたもので、弟のはもちろん青だ。ところがどこに置いたのか娘のカップを見つけることができず、しかたなく自分がいつも使っているマグカップにミルクを注ぎ込み、寝室に戻った。


「ほら、飲んで」

 娘は、差し出されたカップを両手で大事そうに持つと、少し牛乳をクチに含み、それを飲み込むと、もう一度マグカップにクチをつけた。


 ゴク、ゴク、ゴク


 半分くらいを一気に飲み干すと、もういらないという風に私にマグカップを差し出した。

「もういいのかい?」

「うん」


 どうやら少し落ち着いたようだ。


「話してごらん、どんな夢だったか、わかるところだけでいいから。悪い夢はね、人に話すと、もうその日は見なくなるんだよ」

 私は嘘をついた。が、同じ夢を見る確率などそれほどないと思った。


 少なくとも大人になってからは夢の続きなど見た覚えがない。子供のころは、どうだったのか思い出せないくらいなのだから、やはり確率は少ない。ともかく根拠などなくていい。うまくいけばそれでよし、うまくいかなければ、その時は、その時だ。


 そして娘はたどたどしく、こわいゆめの話を始めた。それはこのような内容だった。


 今住んでいるところの隣駅――東京メトロ東西線の葛西あたりから怖い夢は始まる。


 そこはそれほど頻繁に遊びにいくところではない。最寄り駅の西葛西駅から葛西駅の間には、少し大きめの公園やせんべいを焼いている店、それに駄菓子や古本屋などが点在している。なにかの用事につけて――或いは駄菓子屋に行くことを目的として、家族で散歩がてらに歩いていくことがある。そのあたりは家の周りがマンションだらけなのに対して、どちらかといえば閑静な住宅街といったところ。


 娘はそこで街の異変に気付く。町のあちこちにゾンビがうろうろしているのだ。娘は早く家に帰らなければと、一生懸命に走る。道はあまりよく覚えていないけど、それでもいつも立ち寄る店を目印に、ゾンビを避けながら、時に物陰に隠れてゾンビをやり過ごしながら逃げる。西葛西の駅の近くまで来たところで、娘は恐ろしい光景に出会う。


 それは、ゾンビになっていない普通のタクシーの運転手が、刃物(たぶん大きな包丁)を片手に、車を走らせながらゾンビであろうが、人間だろうが近づいてくる者を次々と切りつけていく姿を目撃したのである。


 早く家に帰らないと殺される。ゾンビだけじゃない。みんなおかしくなってる。娘にとってはゾンビよりもその運転手が怖かったそうだ。


 やっとの思いで西葛西駅から自分の家にたどり着く。だが、そこで待っていたのは……


 パパはすでにゾンビとなり「ゆらゆら」していたそうだ。


 ママは……寝ている。


 でも、起きるとゾンビになってしまうと思い、起こさないようにするらしい。


 家の周りはゾンビで囲まれ、ドアをドンドン叩いている。


 すると弟が「誰か来た!」といって玄関のドアを開けようとする。


「開けちゃダメ!」

 

 娘は止めようとするが弟は笑いながらドアのカギを開け、玄関を開けてしまう。


 家を取り囲んでいたゾンビはいっせいになだれ込みんできて……


 そこで目が覚めたそうだ。




「そうかい。そんな怖いことがあったのかい?」

「うん……」

「でも、もう大丈夫。パパがはつねの夢の話を聞いたから、今度はパパのところにゾンビがやってくるよ」

「パパは、怖くないの?」

「そりゃ、こわいさ、でもね、パパはもう、何年もゾンビと戦ってるんだ。だから大丈夫なんだよ」

「ふーん……そうなの?」

「あー、だから、もう寝なさい。もしまた怖い夢を見そうだったら、パパが助けてくれると思えば、きっと大丈夫だよ」


「うん、わかった」

 それから3分もしないうちに娘は深い眠りについた。


 そう、パパは、もう、何十年も戦っているんだよ。


 一度も勝ったことは、ないんだけどね。




おわり


これはほぼ実話です。不思議なことに娘は『ゾンビ』の映画を見たことがないのに、その恐怖の本質を夢で体験したことになります。これは僕の仮説――人の記憶は遺伝する――というもののひとつの可能性を示しているのでしょうか?

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