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もしもカサカサがUMAだったら 後編

もしもカサカサがUMAだったら 後編




 意識を集中し、計画の第一段階を実行する。この作業がもっとも困難であり、ほかに手立てが見つからない。

 こちらの仮説が間違っているとしたなら、かなり危険だ。


 だが不思議と体は落ち着いている。鼓動に乱れはない。試合前の心地のよい緊張感に似ている。まったく。命に関わるかもしれないというのに、案外と人間は肝が据わるとなんでもできる。なによりも今やろうとしていることは、滑稽で荒唐無稽。とても人に話をして信じてはもらえそうにない代物である。もしこれが成功し、無事に風呂場を出ることが出来たら、そうだな。サッカーゲームを作ったあとに、怪物退治のゲームでも作ってみるか。


 覚悟は決まった。プランはこうである。

 シャワーの向きを奴の気配のする方向へ少しだけ向けてみる。それで奴の気配が位置を変えるかどうか確認する。奴がシャワーを嫌がり、羽音を立てれば、より正確な位置が確認できるはずだ。


 次は勝負だ。

 奴のいる場所に向けて目を瞑ったままシャワーを浴びせかける。ある程度の大きさのものにシャワーがあたれば、水圧で手ごたえがわかるはずだ。

 或いは何らかの異音が聞こえるはず。

 その場所に向けてシャワーを浴びせ続けながら、視界を確保する。奴が見えるかどうかはわからないが、視界を確保できたら、床に置いてある桶をやつにかぶせて閉じ込める。

 それを足で押さえ、給湯器の操作パネルで温度を最高に上げる。確か70度まで上がるはず。大概の生き物はその温度のお湯を浴びせかけられて無事ではすまないだろう。温度を上げたら、熱湯を桶の中の奴に浴びせかけて駆除する。


 頭の中で何度も反芻する。

 大丈夫、そしてこれしかない。

 まずは視界を確保する準備、顔の泡を出来るだけ洗い流す。決して目を開けない。

 大丈夫、簡単だ。問題はそれまで奴がおとなしくしているかどうかだ。集中しろ、意識を奴に集中するんだ。


 不思議なもので、似たようなシチュエーションが記憶のインディクスに引っかかり思い起こされる。


 あれは高校2年の秋、地区大会で1対1で迎えた後半ロスタイム。

 PK戦はどうしてもやりたくない。そんな場面で得た、ゴール前でのフリーキックのチャンス。

 直接狙うか、トリックプレイでいったん右サイドに出すか。

 相手のキーパーは当たっている。まともに行っては止められる可能性が高い。

 ゴール左隅にカーブをかけて直接決める自信はあった。しかし、相手ゴールキーパーもこちらの意図は見抜いている気がした。

 

 ギャンブル。

 思い切って壁の下を狙うか?

 いや、確率はかなり下がるだろう。

 どうする。

 キックフェイント。

 一瞬ゴール右墨を狙うようなそぶりをして、キックを止める。

 壁の位置に文句をつける。

 やはりそうだ。

 キーパーはゴール右墨をケアーして重心が動いた。


 ならば……。


 藤崎は相手の気配を感じた位置よりも、少しだけ下をめがけて手に取ったシャワーを向けた。

「カサカサ」というおそらくは奴の羽音が聴こえた。


 そこだ!


 一瞬の判断だった。手ごたえがある。ちょうどタオルにシャワーを浴びせかけたと同じような手ごたえとともに「キィィィイイ」というおぞましい泣き声とも悲鳴ともいえない――、しかし、その音の大きさは実際に耳で聞いたというよりは、肌で感じたような機械的な高い周波数の音だった。


 藤崎はプランどおりに視界を確保する。浴室の扉のすぐ前に10センチほどの白い影が見えたような気がした。

 まだ、お湯が目に入ってはっきりとは見えない。

 足元にあった風呂桶を左手で持つとそれをひっくり返し、その異形な生き物に多いかぶせる。


 カサカサ、カサカサ。


 中で何かがこすれるような音がする。だがそれは極めて非力だった。桶をひっくり返して出てくるような力はないように思えた。

 それでも藤崎は油断することなく、さかさまになった桶に右足を乗せ、給湯器の操作パネルの温度設定ボタンを連打する。

 デジタルの数字が50度までは一度ずつあがり、50度からは5度ずつあがる。70という数字が表示されたとき、足元のカサカサと言う音はさらに激しくなっていた。


 どうする。プランどおりにやるか?

 桶を空けた瞬間に逃げ出すんじゃないか?

 さっきも姿はちゃんと見えてないし、まるで得体の知れないものだ。


 シャワーの水圧は先ほどの半分以下になっている。

 もしも奴が高温に対して耐性がある場合、かなりまずいことになるかもしれない。


 そう、あの時も、あのフリーキックもコースを変えたことでキックの勢いは落ちてしまうことはわかっていた。相手の意表をついても、対応されてしまってはどうしようもない。キーパーはいったん右にかけた重心を必死で逆サイドに戻そうとする。

 ボールは見事に壁の下を通ったが、ボールの行方は藤崎の位置からは壁が邪魔で見えない。


 コースは甘くなかったか?


 浴室内は熱湯の湯気のせいで視界がよく見えなくなっている。


 大丈夫か……。

 いや、絶対にいける!


 藤崎はあの試合のロスタイムと同じように、自らの決断を信じて行動に移した。桶から体をできるだけ離し、右足で桶を蹴っ飛ばし、すかさずその場所に向けて熱湯のシャワーを浴びせかける。


 ピピィィィィィ!


 審判の笛はゴールを宣言した。ゴール前、フィールドに横たわるゴールキーパー。ひざから崩れ落ちる相手ディフェンダー。歓喜に沸き立つ応援団と、手洗いチームメイトの祝福……、これだからサッカーは面白い。


 浴室の床には白い蛇の抜け殻のようなものがあるだけだったが、それもどろどろと溶けて排水溝へと流れていってしまった。

 念入りに排水溝に熱湯をかけ、最後に温度を下げて勢いよくシャワーを浴びせかけてすべて排水に流した。

 あれが一体なんだったのか、藤崎には見当も着かなかった。

 その日以来、カサカサと言う音は聞こえなくなった。

 藤崎はその日のうちにバルサンを炊き、カサカサと音をさせる黒く光る嫌な虫を駆除したからである。



 それから3年後。藤崎が手掛けたサッカーゲームが発売された。

 藤崎が提案した新しい仕様。ゴール前のフリーキックの駆け引きを再現したシステムは非常に高い評価を得て、ゲームは爆発的に売れた。そして藤崎は新たなゲーム開発の企画を立ち上げた。


 そのタイトルは『もしもUMAが部屋にいたら』というものだった。



おわり


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