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その1: ありふれた始まり


「イヴァン君、バイバイ~~」

 黄色い声が響く。

「さよなら」

 はにかんだ様な笑顔を浮かべて、少女に挨拶を返したのは一人の少年だった。

 中肉中背。身長も普通だが、特筆すべきはその容姿である。

 一目見た異性を虜にしてしまう、そう断言しても良い程の甘く整った顔立ち。それでいて醸し出される優しげな雰囲気が、親しみ安さを感じさせる。正に”美少年”と呼ぶに相応しい少年であった。


「さようなら。イヴァン君!」

「また明日」

「イヴァン君――――」

 右から声を掛けられたと思ったら、次ぎは左から。かと思えば背後から。彼の通う学校の正門前でひっきりなしに続く別れの挨拶にも、嫌な顔一つせず律儀に返事を返し続けていた。


 その少年。イヴァンから少し離れた場所で、恨めしそうに彼を見つめる目があった。

 優しげなイヴァンとは異なり、どこか悪餓鬼っぽい印象の少年のものである。

「…………なぁ」

 少年がぼやく様に呟く。


「……何だよ」

 鬱陶しげに返したのは、190近くはありそうな長身で且つ体格が良く、鋭い目をした男だった。

 人を和ませる気配のイヴァンとは対照的に、こちらは周囲を威圧するような空気を醸し出している。

 気の弱い人間が道で面と向かった場合、躊躇う事無く来た道を戻ってしまうような、そんな印象を与える男である。

 

「仲間同士でこんな不平等を認めて良いと思うか?」

「別にいいだろ」

 再度尋ねた少年に、鋭い眼光の男が投げやりに答えた。

 その答えが気に食わなかったのか、少年は眉間に皺を寄せる。

「いいや、駄目だね」

「結論出てんなら訊くんじゃねえ」

 心底面倒臭そうに、男が吐き捨てる。


 言葉の中に多分に込められた苛立ちを全く気にするような様子もなく、少年は再び言い切る。

「例え神が認めても、女の子が認めても、俺は認めない」

 言ってから、何か名案を思いついた、というような表情で隣に立つ友人を見上げた。


「なぁ? 今度、イヴァンの机の上にマニアックなエロ本置いておこうと思うんだが、どう思う? なんかこう、女の子がドン引きするような奴」

 巨漢の男から戻されたのは、呆れたような眼差しだった。返事をするのも面倒だと思ったのか、口から出たのは溜息だけである。

 返答は別に求めてなかったのか、少年は小さな声でその時に向けての段取りを呟き続ける。

 隣に立つ男はただ黙って聞いていたが、もし少年が本当にイヴァンに仕掛けた時には、躊躇う事無く犯人の名を暴露しようなどと考えていた。


 やがて段取りを全て纏め終わったのか、少年の顔に愉悦の色が浮かんだ。恐らく、罠を仕掛けた時の情景を妄想しているのだろう。

 しかし、イヴァンへと続く終わらない少女達の声は嫌でも耳に入ってくる。直ぐに現実に引き戻され、少年は不満を全面に叫んだ。

「ちくしょう! 何んでこんなにも差があるんだ!?」

「顔だろ」

 男は即答する。

「そんな身も蓋もない答えを聞きたいんじゃない!!」

「真実は痛いもんだ」 

「嫌だ嫌だ! 認めないぞ俺は!」

 少年は子供のように駄々を捏ねた後、急に真剣な表情になる。


「なぁ、マジな話……俺とイヴァンの顔偏差値って、実際どれくらい差があると思う?」

「……知るか」

 鬱陶しそうな表情で、男は投げやりに答える。

 この少年と一緒に帰るのは暫くぶりだが、早くもそれを後悔し始めていた。


「流石にイヴァンの顔が良いのは認めざるを得ないが、俺の採点じゃあ……二? いや三? 控えめに言って五位じゃないかと思ってるんだが、どうよ?」

「少なくとも、その採点が間違ってることだけは断言できる」

「なら、どっかに可愛い女の子落ちてねぇかなぁ?」


 男は眉を顰める。

 変なモノを見るような目で少年を凝視する。

「その思考の切り替え方には完全についていけねえが、百歩譲って落ちてたとしても、それはお前のものじゃねえから持ち主に返せよ」

「なら、何か困っている子は? 彼女を助ける事で俺の株アップ。そんで彼女ゲット。とはならんかな?」

「間を端折り過ぎだ。それに夢物語だな。仮に遭遇したとしてもお前の面じゃ無理だ」

 男が問答無用に切り捨てた時、ようやく少女達の流れが途絶えたらしい。イヴァンが小走りに二人の元に近づいてきた。


「待たせてごめん。今日はいつもより人が多くて……」

 イヴァンは戻るなり二人に謝罪する。

「別に気にしてませんけど?! 全く羨ましくなんかないもんね!」

「まずは涙を拭いてから言え」

 男が嘆息する。


 少年は憎々しげにイヴァンを睨んだ後、空を見上げた。

 流れる涙そのままに、虚空へと叫ぶ。

「ちくしょう!! 俺も女の子に”バイバイ~~”とか言われてぇーーーー!!」

 

 学校の正門前である。

 下校する生徒の数も減ってきてはいるが、ゼロではない。

 通り過ぎる生徒達の不審者を見るような視線が、無遠慮に少年に突き刺さっている。

 少年はその事を全く気にせずに、

「一緒に登下校とかしてぇええええええええ!!」

 などと、涙混じりの雄叫びを上げていた。


 彼が同世代の少女達から忌避されるのは、こういった部分だと、友人たちはっきりと悟っている。

 なので、彼の奇行について優しく是正を促そうとする。

「こっから他人の振りな」

「そうだね。僕等まで同類と思われちゃう」

 ということはなく、あっさりと見限りそのまま帰路に着こうとしていた。


「待ちたまえ! 一緒に心の奥底にある願望を叫ぼうじゃないか!」

 奇声を発し続けている中でも、二人の行動は目に入ったらしい。

 少年は両手を大きく”V”の形に広げながら、置いていかれまいと、小走りに近づいていく。そして、腹から叫ぶ。

「彼女が欲しぃぃぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉっーーーー!!」


 無論、友人二人は彼を置きざりにその場を離れた。


 何てことは無い。

 彼等にとってありふれた日常の一幕である。

 そして、彼等にとってありふれた出来事の始まりは、大体いつもこんな感じだった。

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