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その6: 空き地の死闘

 

「ふぅ、話し込んでいたら、大分遅くなってしまいました」

 頬に手を添えて淑やかに微笑むのはリーヌである。もう片方の手にはクレヨンが入っていると思われるビニール袋が提げられている。


 文房具店にクレヨンを買に来た後、店主とずっと話しこんでいたのだ。リーヌはその容姿と人柄が良い事もあって、町の人間には非常に人気があった。中でも老人たちには絶大、と言っても過言ではない程可愛がられている。年老いた店主の拘束も、そうした理由からだった。


「急いで帰らないと……」

 リーヌは薄暗くなった空を見つめて呟く。そして小走りに帰路に着こうとするが、進行方向前方で上がっている土煙が、徐々に近づいてくるのに気付いた。

「あれは……勝利さんでしょうか?」


 土煙を上げている主にリーヌが気付いたのと同時に、リーヌの姿を捉えた勝利が大声で呼びかける。

「おーーい、リーーーヌーーーーー」

 たちまちリーヌの所まで来ると、勝利はアスファルトを削りながら急ブレーキをかける。

「そんなに急いで……どうしました? 勝利さん」

「えっとな、なんか兄ちゃんが、クレヨン貰って来いって」

 首をちょこんと傾げながら尋ねるリーヌに、勝利が目的を告げる。


「クレヨン? 空助さんが?」

「うん。そうしないと、仲間に入れてくんないんだ!!」

 拳を握り締めて熱く語る勝利だったが、当然リーヌに意味が分かる筈は無い。

「仲間?」

 更に疑問を強くしていた。

「うん。だからミアのクレヨンちょーだい?」

 そんな疑問を解決してやろうとする気配すらなく、勝利は両手の掌を上にして、リーヌに向かって突き出した。


「はぁ。まあ空助さんがそう仰っているのでしたら、構わないんですが……。ただ、一応状況を確認したいので、少し待って頂けますか?」

「うん、いいぞ」

 勝利の唐突さはいつもの事である。共に暮らすミアの扱いに慣れているリーヌは、ミアと思考レベルが同程度の勝利の事も、よく理解していた。疑問を投げかけても、満足な答えは得られないこという事を知っているのだ。


 なので、リーヌとしては遺憾だったが、緊急時の手段をとる事に決めた。

 『念視』を行おうとしているのだ。

 リーヌは右手をそっとこめかみに添えて瞳を閉じる。瞳を閉じたリーヌの脳裏に、空き地の情景が映る。と、同時にリーヌの口から声が上がった。

「…………あら大変」


 リーヌはゆっくりと瞳を開く。そして、勝利に頷いた。

「なるほど、分かりました」

「分かったのかーー?」

「はい。でしたらこの子をミーちゃんに渡してください」

 そう言ってリーヌが手にいれたばかりのクレヨンの箱から、一本のクレヨンを取り出す。差し出したのは、灰色だった。

「これだけでいいのかーー?」

「はい、それで大丈夫な筈です」

「わかった。さんきゅーー。じゃあ先に兄ちゃんとこ行くなーー」

 あくまで鬼ごっこをしていると信じている勝利は、リーヌも空助の元に向かうと思っているらしい。「早く来いよーー」と言葉をかけながら、再び走り去っていった。


 それに小さく手を振りながら見送って、

「……空助さんも傍に居るようですし、あの程度の問題であれば大丈夫でしょう」

 リーヌは一人頷きながら呟いた。

 『念視』で盗み見たミアの視界には、今にもアームを振り下ろそうとしている魔装騎兵の姿があった。なのにもかかわらず、リーヌは落ち着いたものである。誰が見ても危険な状況に違いない筈だが、リーヌはそれを『あの程度』と表現する。

 ならば、この小さな少女にとって、危険な状況とは一体どのようなものなのだろうか。だが、それを問う者はいない。


「では、帰りましょう、お夕飯のお手伝いしませんと……」

 この褐色の肌の少女にとって、そちらの方がよほど重要のようだった。



***



「アキ君っ!!」

「ミアをっ!!」

 目の前に迫ったアンドロメダに対して空助がとった行動は逃げる事ではなく、腕の中にいたミアを安全圏にいたイヴァンに向けて放り投げる事だった。

 空助によって力任せに放られたミアは、不思議そうな顔で空中を飛び、イヴァンに受け止められる。


 その直後、空助はアンドロメダの振り下ろしの一撃をその身に受けた。

「ぐはっ!!」

 地面に激しく叩きつけられる。

 魔装騎兵の装甲はある惑星で発掘される、特殊な鉱物を加工して作られる特殊な装甲である。軽く丈夫で錆びることなく、熱しにくく冷めにくい。そして何より――非常に硬い。そんな装甲なのであった。そうした機体の渾身の一撃を受けて、無事に済む人間などいない。


「アキ君!! アキ君!!」

 地面に叩き付けられてピクリとも動かない空助に、イヴァンが必死に呼びかける。だが、反応はない。

 アンドロメダは地響きを上げて地面に降り立つと、片足を上げて地面に寝そべる空助に追い討ちをかけようとしていた。


 それを見て――――イヴァンが吼える。

「こ、このおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 平素穏やかなイヴァンのものとは思えない怒声だった。

 完全に我を忘れており、その形相からは普段の穏やかなイヴァンの面影は見当たらない。何より、叫びと供に身体から不可視の波動が放射状に発せられた。


「おーー」

 イヴァンの直ぐ近くに居たミアは、その突風のような余波をまともに浴びて、空き地の隅にゴロゴロと転がっていく。

 凄まじいまでの魔力の波動である。

 この時イヴァンは、あのアンドロメダには老人が乗っている事は完全に頭から飛んでいた。

 その波動は更に膨れ上がっていき、イヴァンがアンドロメダを険しい眼光で睨みつけて、地面を蹴る――――


「がはっ、ごほっ、はぁはぁはぁ、ま、待てイヴァン。俺は、大丈夫だ……」

 その前に空助の言葉が割り込んだ。一瞬意識を飛ばされていたらしい。空助は気を取り戻すなり、激しく咳き込む。そして地面を転がりながらその場を離れ、直後に踏み抜かれた魔装騎兵のレッグが地面を抉った。

 空助は少し離れた場所で、アンドロメダを睨みつけながらゆっくりと起き上がる。

「アキ君! 良かった!!」

 途端にイヴァンを覆っていた怒りの気配が消え去る。瞬出していた波動は収まり、喜色を顔一面に貼り付けた。

 そんなイヴァンとは反対に、空助の双眸が怒りの色を宿し始める。


「……だんだん、腹が立ってきた」

 立ち上がった空助に、再びアンドロメダが迫る。

「また来るよ!!」

「はぁはぁ、上等だ……。来いやコラァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 空助は逃げるどころか、近づいてくるアンドロメダに正対して、仁王立ちになる。

「ア、アキ君!? 無茶だよアキ君!!」

 イヴァンの悲鳴も聞かず、その場から弾かれるように、自分からアンドロメダに突っ込んで行った。


「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 アンドロメダまでの距離を一瞬にして詰める。自分の間合いを確保して、空助は血管が浮くほど強く握り締めた拳を、思い切りアンドロメダに叩き付けた。

 鈍い音がする。

 が、アンドロメダはまるで意に介さず、五月蝿い虫を払うように空助をアームで振り払った。まともに受けて、空助は再び後方に飛ばされる。


「がはっ!!」

「アキ君!」

「くそっ! まだまだあああああああああああ!!」

 数メートル宙を飛ばされたが、何とか倒れることなく地面に着地する。空助は憎々しげにアンドロメダを見据えると、再度挑みかかっていった。

 が、先程と同じ光景が繰り返される。

「ぐはっ……はぁはぁ……。くそっ!!」

 更に三度同じ事が繰り返され、イヴァンの悲鳴が空き地に走る。

「アキ君!! それ以上は無理だよ!!」

「うるせぇ!! こんな所で引いてたまるか!!」

 空助は馬鹿ではない。

 冷静ならば、自分より何倍も質量の大きい相手に挑みかかる事の無意味さは、直ぐに分かりそうなものだ。

 しかし今、空助は完全に頭に血が上っていた。

 イヴァンの再三の制止を無視して、挑みかかっていく。


「はぁはぁ……」

 更に四度、五度と同じ事を繰り返し、負傷したのか頭から血を流した空助は肩で呼吸をしていた。そこにアンドロメダが襲い掛かる。先程以上の力で、大きく横に振りかぶったアームで空助を払った。

 空助の身体は軽々と吹き飛ばされ、空き地の周囲のコンクリートの壁に背中から叩きつけられる。空き地の壁にひびが入った。


「ぐあっ……がはっ!!」

 空助は口から血を吐き出して咳き込む。

 だが、倒れない。

 ふらついていたが、まだその獰猛とも言える瞳の光は失われていない。

 とはいえ、その思いは身体には伝わらないらしい。歩き出した空助の足は重い。


 空助は魔法を使えない。

 付け加えるならば、"全く"という言葉が頭に入る。

 以前空助は不良達のことを"魔法が満足に使えない奴ら"と称していたが、空助も彼らと全く同じなのである。

 勝利のように使う事は出来るがうまく使えない。そんなレベルではなく、欠片も使えないのだ。


 それでも尚、空助は『銀河大会』を目指している。

 そんな空助の行動を、"無謀"と罵っている人間が少なくないことを、空助自身が知っている。

 大会は魔法を言葉通り"魔法"のように操る人間でひしめくのである。少し使える程度の人間では束になっても敵わない化け物が集うのだ。魔法の使えない人間では適う筈も無い。

 しかも空助は、『魔闘』部門への出場を希望している。大会へは魔法を使えない者でも参加は出来る。が、そのハンデは歴然である。そんな無茶な挑戦をする者は他に誰一人としていない。


 しかし、だからこそか。空助は思っていた。決して気持ちだけは負けてはいけないと。どんな事態であれ、決して背中は見せないと、己を自戒していた。

 空助は力を確かめるように、拳を硬く握り締め、足を地面に打ち付けるようにして感覚を取り戻す。そして、眼前を睨み据え、アンドロメダが突っ込んで来るの双眸に映した。


「危ない!! アキ君逃げて!!」

 手が届く距離まで間が詰まる。

 空助は短く息を吸うと、腹の底からの雄叫びを上げる。全身の筋肉を膨張させて、全力でアンドロメダを殴り続けた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 アンドロメダは、無改造では凡そ三百キロ以上の重量がある。だが実は、装甲を覆う鉄鋼はそれほどの重さは持っていない。内部も同じ鉄鋼が使われており本来であれば、成人男性と同程度の重さしかないのである。

 しかしそれでも尚、そんな重さを持っているのは、魔装騎兵が本来兵器として作られたからに他ならない。力とは重さである。それは魔法があったとしても同じ事。その為、兵器として成り立つ最低限の重さを、あえて機体に負わせているのだった。

 

 そんな機体を空助は我が身を気にせず殴りつけていた。その両拳からは血が滴っており、アンドロメダの装甲にベッタリと空助の血がこびり付いている。それでも空助は手を休めない。

 僅かに一歩。アンドロメダを後退させたのは、そんな行動が実ったからかもしれない。


 ――しかし、得られた成果はそれだけだった。


 それだけでも十分誇れる。魔法を使わずに、同じ事が出来る高校生は皆無に近いだろう。だが、この場合それは何の足しにもならなかった。

 アンドロメダは両アームを頭上で組み、拳を振るい続ける空助に向けて振り下ろした。片アームの一振りで十メートルも飛ばされるのである。それが両腕では、洒落にはならない。

 イヴァンの声無き声が口から発せられる。空助はその攻撃に気付いて、己の両腕を頭上でクロスさせて衝撃に備えようとした。

 そこにアンドロメダの攻撃が迫る――――


『やらせないっ!!』


 横合いから飛び込んできた大きな影が、アンドロメダに体当たりを喰らわせた。さしものアンドロメダも同程度の質量を持つ存在の攻撃には耐える事もできず、空き地の端まで吹き飛ばされていった。

 代わりに空助の前に降り立った存在は、同じく魔装騎兵だった。


 角張っているアンドロメダとはその外装が大きく異なり、古の地球暦二千年頃の宇宙服を四メートル大にしたような不恰好なフォルムだった。装甲の色は白と茶色が基調となっている。ただ、現在夕陽は既に落ちているので、白と黒に見える。

 この付近で、魔装騎兵に乗っている人間は二人しかいない。正確には、公道で乗る資格を国から与えられているのが二人なのである。一人はアンドロメダの中で気絶しているらしい老人で、もう一人が今空助のピンチを救った人物だった。


 よく見慣れた機体を見て、イヴァンとミアが乗り手の名前を嬉しそうに叫ぶ。

「エリちゃん!!」「おー、エリちゃん」


 この丸みを帯びた機体に乗っているのはエリノアだった。エリノアは空助を庇うように前に立ち、アンドロメダを警戒する。

 しかし、そんなエリノアに空助は不満そうに毒づいた。

「はぁはぁ……邪魔すんじゃねえ!!」


『馬鹿じゃないの!? 魔装騎兵相手に殴り合おうなんて!』

 遠め目から空助の様子を見ていたエリノアは、呆れたように言う。

 エリノアは空助が追われているのを見て、急いで家に戻り機体に乗って飛び出したはいいものの、空助達が一体どこにいるのかが分からず必死に探し回った。ようやく見つけたかと思えば、助けようと思っていた本人が相手に殴りかかっていたのである。

 エリノアで無くとも、唖然とするだろう。まあ内心では、空助らしいともエリノアは思っていたが。


「うるせえ! やられっぱなしで、いられるか!!」

 それは男の理屈だったが、少女には通じない。

『頭を冷やしなさいよ! 魔装騎兵の相手は、同じ魔装騎兵に任せときなさい!』

 エリノアの方が、明らかに正しい。

 生身の人間が魔装騎兵に挑みかかっていく可能性など、その製作者ですら想像していない事に違いない。


『行くわよ、ニック!』

 エリノアは自分が乗る機体に呼びかけると、倒れたアンドロメダへ慎重に近づいていく。

 それを止めようとする空助に、イヴァンが縋りついた。

「アキ君、落ち着いて!! ここはエリちゃんに任せようよ、お願いだよ!」

 空助の腰に巻きついたイヴァンの腕からは、決して離さないという意志が感じられる。視線はアンドロメダに向いていたが、その想いを感じた空助は一度鬱陶しげに舌打ちをした。そして大きく深呼吸すると、険しかった表情が少しだけ静まった。

「…………ったく」

 その呟きを聞いて、イヴァンが嬉しそうに空助を見上げた。


「おい、エリノア」

『……何?』

「あれにはハゲじーさんが乗っている。攻撃はすんな」

 空助は今まで自分がしていたことを棚にあげて、エリノアに肝心の部分だけを説明する。


『はぁ!? 何でおじーちゃんが? 『タウルス』はどうしたの? って何でおじーちゃんと喧嘩してるの!? 何したのアンタ?』

 驚いた声が矢次に外部スピーカーから聞えてくるが、空助もイヴァンも満足に説明することは出来ない。

 ただイヴァンには、言っておかないといけないことがあった。


「エリちゃん! 今は詳しい説明は省くけど、動かしてるのはおじーさんじゃないんだ。ただ何故かあの魔装騎兵はアキ君を狙ってる。多分攻撃を避けたら、そのままアキ君に向かって行っちゃうよ!」

 イヴァンの言葉を聞いて、息を呑む音が聞こえてくる。その後に、呆れたエリノアの声が続いた。

『……アンタ、本当に何したの?』

「知るか!!」


 エリノアと老人も知らない仲ではない。同じ魔装騎兵乗りであることを加味すると、寧ろエリノアが一番親しいと言えるかもしれない。そんな老人が乗っていると聞いたら、エリノアが攻める事は出来ない。

 間合いを詰めていた足を止め、その場で警戒する。

 そこから数メートル離れた場所で、倒れたアンドロメダは再び起き上がると、空助目掛けて突進してくる。

 進路上にいたエリノアは、咄嗟にそれをサイドステップで躱そうとして、イヴァンの言葉を思い出した。

『ああ、避けちゃいけないんだっけ……もう!!』

 エリノアの本意ではなかったが、仕方なくアンドロメダの突進を、ニック(魔装騎兵)の身体で止める。

 金属同士の衝突する音が空気を切り裂くように、周囲に響いた。


「おおーーーー!」

「おい! 大丈夫か!」

 そのままアンドロメダとガッツリ組み合ったニックに、興奮したミアの声と、空助の声がかかる。

『……大丈夫。でも、そんなに長くは持たない。ニックは力向きじゃないのよ』

 その言葉の正しさを示すかのように、組み合った二体の魔装騎兵の一方から、軋むような音が聞えてくる。音を立てているのはニックだった。

『それに……な、何か異常に力が強いんだけど。ねぇ、こ、これホントにあのおじーちゃんが操縦してるの……?』

「だからじーさんじゃねえ。動かしているのは魔装騎兵自身だ」

『どういうことよ?』

 空助の言葉の意味が分からないエリノアは聞き返す。だが、空助も確かな根拠があって言っている訳ではないので、それ以上は煙に巻く。


「とにかく、もう少しだけ持ちこたえろ。そしたら何とかなる」

『何とかって……どうするつもりよ!』

「いいからお前はそいつに集中しとけ!」

『何よもう!!』

 怒鳴るエリノアだが、それ以上は何も言わなかった。

 何だかんだ言って、空助を信頼しているのだ。空助がそう言うならそうなのだろう、と無垢な信頼を寄せているのは、エリノアも他の幼馴染達と同じだった。

 なので、魔装騎兵の内部で機体に小さく声をかける。

「……ニックもうちょっと頑張るわよ」


 そして、エリノアは意識をアンドロメダに向ける。ただ、エリノアが集中したからといって相手の力が弱まるわけではない。機体は悲鳴を上げ続ける。 

『くっ……』

「お、おい。ミシミシいってるが大丈夫か骨董品は!?」

『骨董品じゃない!! ニックよ!!』

「中古品とは言っても、機体性能はやはり骨董品より上か……」


 エリノアの乗る機体。愛称ニックは今から数百年も前に製造された機体だった。三十年前に製造されたばかり(・・・・・・・)のアンドロメダとは、性能、強度共に比較にならない。例えるならば、水鉄砲と光線銃ほどの違いがあった。

 それでも何とか持ちこたえているとすれば、それはエリノアの技量が理由に他ならない。力の作用を巧みに逸らしているのだ。

「エリちゃん、がんばれーー」

 ミアの一人のん気な声援が、エリノアの耳に届く。


「全く……あの子は」

 思わず苦笑して、少し気を抜かれたエリノアだったが、肩の力もいい具合に抜けたようだ。それを自覚した上で、エリノアは気合を入れ直した。

『はぁぁ……っ! このおおおおおおぉぉぉぉ!』

 エリノアが押し返す。だが、機体の悲鳴も更に大きくなっていた。


「もういい下がれ!! それ以上無理したら機体が壊れるぞ!!

 エリノアが日頃どれ程ニックを大事にしているかを知っている空助は、自分の事よりもそれを心配する。

 しかし、エリノアの答えは決まっている。

『うるさい!! 無理するわよ!!』

 何が大事なのか、エリノアの中ではきっちりと順位付けがされていた。

 空助の位置は――――我が身よりも大事なニックよりも高い。


「エリちゃん…………」

 その想いが共感できるイヴァンだけは、悲しげな視線をエリノアに送る。しかしその直後、その表情は喜びに変わった。

「?! これは……勝ちゃん!!」


「来たか!!」

 勝利の足音を捉えたイヴァンの言葉に、空助が反応する。そして、本人の声が聞えてくる。

「……兄ちゃーーーーーーーーーーーーーーーん。貰ってきたぞーーーーーーーーーーー」

 聞こえ始めた時は遥か遠くから微かに聞える程度だったが、徐々に大きくなっていき――――

 勝利が、空き地の入り口に姿を現す。

 そして勝利は手に持っていたクレヨンを、大きく振りかぶって空助に向って投げつけた。宙を矢のように突き進んだそれを、空助は片手で掴み取る。 すぐさまミアに近づいて、それを手渡した。


「おーー、灰色」

「よしっ! ミア、召喚だ!!」

『そういうことね!!』

 ようやく合点のいったエリノアは、ここが正念場とばかりに力を込める。


 ミアは制服が汚れるのも気にせず地面にうつ伏せになると、足をピコピコと動かしながら機嫌良さそうに地面に何かを描き始めた。

 空き地の地面は土である。クレヨンで書いたところで塗料が付くわけも無いが、手に入れたクレヨンは普通のクレヨンではなかった。

 魔力を帯びた魔法のクレヨン、という訳ではない。何処にでも売っているというものではないが、文房具店にはかなりの確率で置いている。そんなアイテムだった。

 それは特殊な処理がなされた、"どこにでも描けるクレヨン"なのだ。魔法というより科学の進歩の賜物だといえる。


「んーー♪ んーーー♪ んーーーーー♪」

 鼻歌を口ずさみながら、ミアは熱心に何かを地面に描いていく。

 文様のようにも見えるが、古代文字と言われても否定は出来ない。

「ん~~♪ ん~~♪ ん~~♪ ん~~♪」

『ちょ、ちょっと! ミア、急いでよ!?』

 場違いにのんびりしているミアに、焦ったようなエリノアの催促が届く。が、やはりミアはのんびりとしたものだった。

「うーーーんーーー」


 そうしている間にも、エリノアの機体は一層痛んでいく。

『くっ……』

「エリちゃん!!」

「ん~~♪ んーー♪ んーー♪ ん~~♪」

 ついに圧力に負けて、エリノアの機体の膝が落ちる。


『うぐっ!!』

「エリノア!!」

 思わず駆け寄ろうとした空助だが、

「……できたーーーー」

 というミアの満足気な声を聞いて立ち止まった。

 ミアは自分が地面に描いた模様(ラクガキ)の前で、両手を天に伸ばすように突き上げて叫ぶ。

「きてーーーーーーー」

 

 先ず起こったのは、ミアの描いた模様に沿って溢れるような光が漏れ始めた事だった。眩しいほど光が空高くまで噴出すように立ち上り、やがて空き地全体が明るく照らされた。

 次に地面に描いた筈のそれが、突然十数メートルほど空中に浮かんでいった。ミアが描いた模様はミアの小さな両腕で輪を作った程度の大きさだったが、それがみるみる拡大していく。空助どころか、魔装騎兵、それ以上に大きく広がって、停止する。

 虚空にぽっかりと浮かんだ模様の内部から、更に強い光があふれ出す。やがて無作為に広がっていた光は、真下に向って投射され始めた。滝のような光が空助達の前の地面に降り注ぐ。

 皆が眩しさに目を瞑る。瞼の中で光がおさまったのを悟り静かに目を開くと、そこには光の代わりに一体の巨大な影が鎮座していた。


 全長十五メートル程のその影は、人間と同じような四肢を持っていた。腕もあり、二つの足で地面に立っている。が、その身体の表面は硬そうな岩石で覆われていた。

 ゲームをする人間なら、御馴染みなのかもしれない。そして、この生物を見たらこの名前を思い浮かべるに違いない。

 ――――ゴーレムと。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ」


 そのゴーレムが雄叫びを上げる。とてつもない声量で、間違いなく今の声はこの界隈中に響き渡った事だろう。

「ゴンか!!」

 よく知るミアの召喚した『召喚魔』の名前を叫ぶ。このゴーレムは空助の願いに適っていたようだ。空助の声は心なしか弾んでいる。


「うーー?」

 ミアが空助にちょこんと首を傾げる。これからどうすればいいの、と尋ねているのだ。

「あの魔装騎兵を、潰さないように取り押さえるんだ!」

 空助の指令に、ミアはコクンと頷く。

「ゴンちゃん?」

 別に召喚魔の言葉を話す訳でもなく、普通の言葉でミアがそれだけを言う。


 言葉が伝わるのか、と召喚魔を初めて見る人間は誰しもが思う事だが、召喚魔と『召喚士』には特別なパスが繋がっており、言葉は不要なのだった。頭の中で思うだけで意図が伝わるのである。

 ただ、このゴーレムの事だけを言うと、とてもそうは見えないが、実は人間の言葉は普通に通じる。ゴーレムの方は人語を話すことは出来ないが。

 なら空助が直接指令すれば良いようなものだが、そうはいかない事情があった。


 ともかく、これで状況は一変した。

 ミアの指令を受けたゴーレムは、"了解した"とでも言うように、再度雄叫びを上げる。

「ゴオオオオオオオオォォォォォ」


『じゃあ……後は任せるわ、よっ!!』

 頼もしそうにゴーレムを見上げたエリノアが、組み合っていた力をふっと抜く。後ろに倒れこんだ反動で、アンドロメダを巴投げの要領でそっと投げる。同時に素早く起き上がってその場を離れた。

 本来、この技、この機敏さこそが、エリノアの身上だった。


 背中から地面に倒されたアンドロメダが立ち上がろうとした所に、腰を屈めたゴーレムの巨大な手が迫る。

「ゴオオオオオオオオオオオオオオ」

 まるで幼児が玩具を掴み上げるように、ゴーレムはアンドロメダを持ち上げた。アンドロメダは必死に暴れまわろうとしているようだったが、ゴーレムの超強力な力には抗えず、玩具同然の有様であった。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 勝ち鬨を上げているつもりなのか、ゴーレムはアンドロメダを掴んだまま、力瘤を作っているようなポーズで明後日の方向を向いて遠吠えを上げる。


「「おおーーーーーーーーーーーーーー」」

 それを真似するように、ちびっ子二人が叫ぶ声を聞いて、

「ふぅ、終わったな」

 空助は騒動の終わりを悟った。

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