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その2: 野生児と魔装騎兵

 

 移住可能な惑星を探すために人類が宇宙に進出してから、気の遠くなる様な年月が経過した。

 様々な問題を乗り越え、地球の大地の存在自体が言い伝えで語り継がれる神話になるほどの世代交代を繰り返した後、遂に人類は別銀河の果てに移住可能な惑星を見出した。

 その星を新たな母星として定住し、その数百年後爆発的に繁栄した人類は、その母星を足がかりとして新たな惑星を探索し、やがていくつもの移住可能な惑星を発見した。

 惑星間の移動が出来るまでに文明が発達すると、多くの人類が新天地に移り住むようになった。更に数百年後には、銀河のいくつもの惑星で人類の姿が確認できるようになっていた。


 そして、その長い旅路の過程で、科学技術、天文学を始めとする様々な新発見をしたが、中でも最も大きな発見を挙げるとすれば、それは人類以外の生命体との遭遇であろう。

 ただし、人類に対して最初から友好的な異星人も居たが、残念ながら中には激しく敵意を示してきた異星人も存在した。

 そうした異星人達との間にいくつか争乱が発生したものの、友好的な異星人達の取り成しや、当時の人々の対話への努力もあり、やがて友好的な関係を築くことに成功し、後に彼らとの間に『銀河惑星同盟』を締結した。

 そして、銀河同盟の諸惑星は宙域の平和維持を目的として、特定の惑星権力下には属さない軍隊、通称『銀河連合軍』を結成する。


 それから数百年後、銀河同盟は新たな異星人と遭遇した。

 その異星人の文明レベルは、銀河同盟惑星のそれと比べて決して高いとは言えないものだったが、ただ彼らはある特殊な力を有していた。

 その力は、当時現存したあらゆる物理法則で説明がつかず、多くの物理学者、科学者達を廃業に追いやった。

 人類はまるで奇跡のようなその力を、見たままに名付けることにした。


 ――――『魔法』と。


 人類がその『魔法』という力を初めて手にしてから、更に数百年以上が経過している。

 現代社会を形成する中で、その力は必要不可欠な能力であり、更なる発展を望まれている能力でもあった。

 それまで信じられていたあらゆる物理法則を捻じ曲げる、そんな力を人類が知ってしまった以上無理からぬ事だった。


 それから研究が進み、最初は言葉通り"魔法"の力でしかなかったそれを、『魔法医学』『魔法科学』等の、様々な分野に分類し研究が進む程度には、実態は明らかにされてきている。

 そして、その多くの分野の中で人類が最も恩恵を携わったのが、人体における利用だった。


 先ず、病気で死ぬ人の確率が半減(・・・・)した。

 それまでは罹ったら命はないとされていた重病も、今では治療の術がある上、そもそも発症する人間が大幅に減少した。

 細胞レベルで人体が活性化しているからだとされている。一部の病はそれでも発生する事があるが、死に至るケースは殆どない。

 そうしたことから多少平均寿命も延びたが、残念ながらそれはそれまでと大して差はない。人間の細胞の分裂回数を倍にすることは、魔法でも叶わなかったのである。


 ただ寿命以外の要因。例えば事故で亡くなる人間は減った(・・・・・・)。人体の強度が上がった為である。

 『車』にはねられたとしても、精々骨折で済むようになった。六階程度のビルなら屋上から飛び降りたとしても問題ない。打ち所が悪かった場合のみ、骨折程度の怪我を負うだけで済んでしまう。


 これらは、魔法を生み出す為に必要な力である『魔力』のお陰であるとされている。

 ただ、『魔力』が一体人体の何処から発生しているものなのか、実はまだ分かっていない。

 脳だ。いや血液だ。という諸説があるが、どれも学会が納得できるだけの論拠はなかった。

 そんな不確かな力であったが、その存在は純然たる事実として、人類の力となっている。


 そして、身体を強固にした人類が目をつけたのは、この力を戦闘に利用する事であった。

 それまで存在していたありとあらゆる武術と合わせる事で、一人の人間が恐るべき兵器に変わるのだ。

 一撃で地面を割り、地上のどんな獣よりも素早く動く。

 そんな夢のような力が手に入るとあっては、誰しもがそれを追い求めるのは必然だった。


 現代の平和な世界は『銀河連合軍』が宙域を護っているからこそだという事は、人々の常識となっている。そんな軍が、魔法の存在を知って以来積極的に魔法の開発・研究を推し進めていた。

 そして、その長年の研究の結果。魔法は幼少期から鍛え上げた方が、大人になって覚えるより効果が大きいという事が判明した。

 その為、銀河中の教育機関において、『魔法学』を何より重要な科目として導入する事になったのだった。


 それから人類が血眼になって推し進めていた魔法への熱は、近年では流石に収まってきていた。ある程度研究が飽和状態に達したからだとも言える。

 魔法学は現在の子供達にとって、『数学』『世界史』のような当たり前の教科の一つとなってきている。

 その所為か、昔から行われてきた魔法への追求は、現在では多少異なった方に向いていた。

 それを示す最たるものが、


 『全銀河連盟下高校魔法選手権』


 である。

 通称『選手権』は、全銀河に存在する高校を対象として、最も魔法を使える高校生を決めるという銀河規模の大会である。

 百年ほど前から一年に一度開催され、毎年全銀河の高校生達が凌ぎを削る。

 とは言え、全銀河の高校生を一同に会する事が出来るわけもないので、当然予選というものが存在する。


 規模の小さい方から、『県大会』『全国大会』。これらは同じ国内で行われる。

 そして、『世界大会』。これは国を飛び出し、その惑星内の順位を決める予選となる。それを勝ち抜いたものが『銀河大会』と呼ばれる、全銀河の惑星代表と競う事になるのだ。


 演目も一つではない。当初は魔法込みの格闘大会だけだったが、今では『魔法陸上』『魔法球技』または『魔法料理』等、様々分野の競技が行われている。

 その銀河大会の注目度は例年非常に高く、全銀河の『テレビ』視聴率が六十%を越えるほどの盛り上がりを見せるのである。

 よって、高校生達にとってその大会で名を馳せる事はとても名誉のある事であり、同時に学校卒業後の進路さえ決まるような、そんな重要な大会なのだった。


 ――――そのように、魔法への追求は魔法自体への追及ではなく、個人の栄誉の為の手段としての追求に様変わりしてきていた。

 果たしてそれが良い事なのか、誰にも分からないままに。



***


 

「相変わらず人気があるね、アキ君」


 空き地から再び戻った通学路上で、イヴァンが学ランの少年、見生空助(けんじょう あきすけ)にまるで褒めるように声をかけた。

 "人気がある"の前には、"不良達に"と言う主語が付く。


「全く嬉しくねえよ」

 心底嫌そうな顔で、空助が吐き捨てるように言う。

「あんな雑魚共じゃないなら歓迎なんだがな」

「そこが問題なんだ……」

 イヴァンが苦笑いする。

 つまり言い換えるなら、強い奴なら幾らでも喧嘩を売っていい、と空助は言っているのである。戦闘狂だと思われても、仕方ないだろう。


「当たり前だ。あんな満足に『魔法』も使えないような相手じゃ、実践練習にもならない」

「……そう言えば来月だったね。『校内選抜戦』は」

「何のん気なこと言ってやがんだ。お前もエントリーするんだろうが。『魔法武闘(まとう)』部門に」

 空助がイヴァンを叱責する。


 『校内選抜戦』とは、大会本選に出場する選手を決める、学校内での選抜戦の事である。 

 空助が"お前も"と言っているように、イヴァンもその部門にエントリーする予定だった。

「う、うん。一応そのつもりだけど……」

 頷くイヴァンだったが、語尾はとても弱い。

 どうやら本人は積極的に望んでの事ではないらしい。


「登録日は来週なんだよね……」

「ああ、腕が鳴る」

 まるでその日が来なければいい、という口調で呟くイヴァンの反応とは対称的に、空助の語気は強い。 ボキリボキリと指を鳴らしながら、気炎を吐いていた。

「……今年はミアちゃん達もいるから、頑張らないとね」

 イヴァンは話を逸らす様に、ミアの名前を上げる。

 空助とイヴァンは今年高校二年なので、その一つ下のミアは今年が初めての『大会』なのだった。


「くぅ……」

 名前を挙げられた当のミアは、背中でスピーと気持ち良さそうに寝ている。その平和そうな寝顔からは、何の悩みも感じられない。

 そんなミアを肩越しにちらりと一瞥した後、空助は「ふんっ」と鼻息を吐く。

「こいつらがいようがいまいが関係ない。今年こそ代表になって、県、全国、世界、そして銀河大会まで勝ち上がってやる!」

 空助は燃えていた。その瞳は烈火の炎で燃え上がっている。

 今年にかける想いがひしひしと伝わってくるようだ。

「うん。アキ君ならいけるよ!」

 自分の事などより、よほど空助の事の方が重要であるように、イヴァンが応援する。


 大会当日を思いやって一人燃え上がっていた空助は、ふと思い出したようにイヴァンに尋ねる。

「そう言えば、お前は去年どうしたんだっけか?」

 空助は去年も『魔法武闘』部門。通称『魔闘』部門にエントリーしていた。

 結果は"今年こそ"と言っている事からも分かるように、校内選を突破できなかった。

 イヴァンも去年、空助に付き合って『魔闘』に登録していた筈だったが、去年の空助は自分の事で頭が一杯だった所為か、イヴァンの結果までは記憶に無かった。


「僕は去年風邪で……」

 目を伏せてイヴァンが答える。

 魔法の恩恵により多くの病は発生しなくなったが、『風邪』は例外だった。

 加えて、元々イヴァンは体が弱かったので、病気で休むことは珍しくはない。

「ああ、そういえばそうだったな。今年は体調管理に気をつけろよ?」

「うん。分かったよアキ君」

 心配してもらった事が嬉しかったのか、顔を綻ばせながらイヴァンは頷いた。


「ただ、しかし……こいつ等はきっと勝ちあがっていくだろうな」

「そうだね」

 二人の視線の先には、眠りこけるミアがいる。

「三人とも、一年生でいきなり代表になりそうだよね」

「ミアは『召喚(しょうかん)』部門。エリノアは『魔装騎兵(まそうきへい)』部門だろ。で、勝利は…………と、噂をすれば」

 空助は最後の一人の名前を挙げようとして、丁度前方にその後姿を発見した。


「勝ちゃん」

 空助の視線によって気付いたイヴァンが、一つ年下の幼馴染を呼んだ。

 その声に、小柄な少年が振り返る。

「あっ、兄ちゃん達」

 不思議そうな表情から、一転笑顔を浮べた。


 野性児ともいうのが相応しいだろうか。体中から元気が溢れているのが、こちらまで伝わってくるようである。

 ただ、勝利はミアと同じく高校一年だったが、男子高校生にしては随分身長が低い。ミアより僅かに高いくらいだろう。ミア同様、とても高校生には見えない。

 ぼさぼさの長い髪をまるで手入れせずに生えるがままにしている。元は黒髪なのだろうが、手入れの悪さから灰色に見える。


 この勝利を含め、空助、イヴァン、ミア、そしてこの場には居ないエリノア。

 五人は、幼い頃からの幼馴染の間柄なのだった。


 勝利がいるのは駄菓子屋の前だった。

 そこで何か買い食いしていたのだろう。むしゃむしゃと何かを食べていた手を止め、空助の元にテコテコと近づいてきた。

 それを空助は見咎める。

「てめえ……。またここで買い食いしてんのか!?」

「うん!」

 空助の叱責に、勝利は笑顔で頷く。

 天真爛漫な表情だったが、それを向けられた空助の眉間には深い皺が入った。

 もちろん空助は、学校の登下校に買い食いしているのが校則違反だ、などといった理由から怒っているのではなかった。


「『魔法陸上』に出場するなら食事管理しろと、何度言やあ分かるんだ!」

「だって面倒じゃん」

「馬鹿野郎! そうした積み重ねが後々響いてくるんだ! というか、そもそもお前は『中距離走』に出るんだ! 一番そういうの気にしねえと駄目だろうが!!」

 それが空助が怒鳴っている理由だった。


 『中距離走』とは大会における『魔法陸上』部門の中の一競技である。

 大会における、最も人気の高い距離の徒競走でもある。

 過去には『百メートル走』の方が人気があったが、魔法で筋力を増幅した結果、百メートル走では皆五、六秒台を出してしまうようになった。始まれば直ぐに終わってしまう。距離が短すぎたのだ。

 その為、中距離走とも呼ばれる『千メートル走』の方に人気が移ったという経緯だった。

 勝利はそれに出場する予定なのである。


「大丈夫だって。俺毎日たくさん走ってるし、かろりーだっけ? も大丈夫だって」

「カロリー計算も出来ない癖に、適当な事言いやがって……」

 勝利の楽観過ぎる言葉に、空助は唸るような呆れを漏らす。

「兄ちゃんって、おおざっぱにみえて意外と細かいよなーー」

「お前がそうさせんだよっ!」


 空助は大人でも避けて通るような厳しい顔立ちをしている。全てを威圧するかのような鋭い眼光が近寄り難い雰囲気を醸し出しているのだ。同世代で初対面ならばまず恐れられると言っても過言ではない。

 その所為か、不良達からも目を付けられやすかった。空助は普通にしているつもりでも、彼らからすると”ガンつけてる”ということになるらしい。 だが、襲撃を何度も何度も撃退している内に、今では不良達ですら恐れるようになっていた。先程のような連中は、もう希少な部類なのである。

 そんな空助に対して、勝利はまるで恐れる様子はない。それはイヴァンにも同じ事が言えるが、余程空助の事を信頼しているらしい。


「あーん」

 だからこそ、こんな態度を取れるのだろう。

 勝利は注意されてなお、手に持ったお菓子を食べようとする。

「言ってる端から食うんじゃねえ!!」

 空助はミアを抱えていた腕を素早く一本抜くと、勝利の頭に拳骨を落とす。勝利が手に持っていたお菓子を取り上げ、再びミアを担いだ。

 かなり揺さぶられたのに違いないミアは――――まるで何事もなくスヤスヤ寝ている。


「いてっ!! ……あー何すんだよぉ兄ちゃん! チョコバー返せよぉ~~」

「うるせえ! これは没収だ!!」

「おうぼうだ!!」

「やかましい!」

 丁々発止(ちょうちょうはっし)と言うには、少し内容がしょぼ過ぎる言い合いをする二人の隣で、イヴァンは困ったように笑っている。まるで止めようとしないのは、これが二人のコミュニケーションであると悟っているからだった。


「良い機会だ、よく聞け! 大体お前はな……」

 空助はクドクドと勝利に説教を始める。万事に適当な空助だったが、こと勝利に対してだけは説教好きと言う一面があった。

 だが、興味のある事には全力で興味を示し、興味のないことは全く寄り付かない。

 それが勝利という少年だった。

「あ、ミア寝てるじゃん」

 空助の説教など、全く聴いていなかった。


《勝ちゃん。アキ君の話をちゃんと聞かないと……》

 流石にイヴァンが小声で注意する。

 だが――――

「えーー兄ちゃんの話なげーし。めんどーだもん」

 勝利は声量を下げようともせずに、嫌そうに返す。

 当然、空助には丸聞こえだった。


「この餓鬼……」

 眉間に皺を寄せて、青筋を五本ほど浮かべ、こめかみをひくつかせながら、空助が犬歯を剥いて低く唸る。

「ま、まあまあ。ほら訓練時間無くなっちゃうし、帰ろうよ。ね?」

 危険察知能力の低すぎる幼馴染の代わりに、空助の爆発しそうな怒りを悟ったイヴァンが、慌てて宥める。


「おう!」

 元気よく返事をしたのは、勝利だった。

 それに思わず毒気を抜かれ、空助は舌打ちをする。

 そして、どッと疲れたような溜息を吐いて。

「……ったく」

 と、呟いた。

 この場合の空助の"ったく"とは、"まったくしょうがねえなあ"の意である。

 それをよく知っているイヴァンは、怒りが収まったことを悟りホッと安心したのだった。



***



 勝利の家の前まで辿り着くと、

「じゃあ、またなー」

 と、元気な声を上げて勝利が家の敷地の中に消えていく。

「バイバイ。勝ちゃん」

「後で、ちゃんと走っとくんだぞ」

 空助の別れの言葉に対して、「おーう!」と奥から返事が聞えてくる。多少不安になったが、とりあえず空助は気にしない事に決めた。


「ミアちゃんを家まで連れて行くんだよね? 手伝うよ」

「ああ……ん?」

 二人がミアの家に向かおうとすると、どこからか機械音が聞こえてきた。怪訝に思い、二人がその場で立ち尽くしていると、少し前方にある曲がり角から大きな影が威容を現した。

 三メートル近くはあるだろうか。人間を模したその深緑色の鋼鉄の巨体が、機械音と共に空助達の下に歩いて近づいてくる。一見ロボットのようにも見えるが、中には人が乗っている。

 角ばったフォルムがどこか雄雄しさを感じさせる。

 『魔装騎兵』だった。


「うわぁ。『アンドロメダ』だ! 誰だろうこんな所で」

 イヴァンがその魔装騎兵の通称を叫ぶ。『アンドロメダ』自体は別段珍しくはないが、この付近で乗っている人間はいない。それゆえの驚きだった。

「あーー多分……」

 空助が推測を述べようとした時、


『わーーーーはっはっはーーー』

 高笑いが差し込まれた。


「やっぱり、じーさんか」

 やがてそのアンドロメダは、空助達の目の前で立ち止まり片膝を突いた。

 ウィーンという音を立てて前面のハッチが開く。開いた中から現れたのは老人だった。

 魔装騎兵の中にすっぽりと埋まるようにして収まっており、老人の両手足は機体のアームとレッグ()の中に押し込まれていた。

 かなりの高齢の筈だが、瞳はまるで自身の毛の全く無い、磨かれ艶やかな光沢を放つ頭のようにキラキラしている。


「おう。空坊にイー坊! 今帰りか?」

「こんにちは」

「ああ、見りゃわかんだろ?」

 笑顔で挨拶するイヴァンとは違い、空助は可愛げのない挨拶をする。

 年長者に対する態度ではないが、別に老人は気分を害したようには見えない。空助がこういう人物であるとよく知っているのだろう。


「それより、こんなところで乗り廻して……また怒られるぞ?」

「はんっ! 警察が怖くて、魔装騎兵乗りがやっていられるか!」

 空助の小言に、老人は威勢の良い台詞を返す。その様子からは、以前怒られた時に平謝りしていた人間と同一人物とは思えない。


「おじーさん、その魔装騎兵どうしたんですか? 前のと違いますよね?」

「良くぞ聞いてくれた!」

 イヴァンの問いに、老人はニンマリと笑みを浮かべて声を張り上げた。

 その喜色に塗れる言葉を聞いて、空助は面倒臭そうに顔を顰める。

「これこそワシがずっと欲しかった機体――――アンドロメダじゃっ!!」

 力を込めて叫ぶ老人だったが、アンドロメダは世間で最も愛用されている魔装騎兵である。珍しくも何ともない。


「いや、それは見れば分かるが……前の『タウルス』はどうしたんだ?」

 二人の疑問はそれである。

 この老人はついこの前までは『タウルス』という一世代前の機体に乗っていた。

 とても大事に乗っていた機体の筈だったが――――


「こいつを買うための費用の足しに売った」


 鼻をほじりながら、あっけらかんと老人は答える。

「売ったって……死んだ友人から譲り受けた大事な愛機じゃなかったのかよ、おい!!」

「過去の事は忘れたわい……最近物忘れが酷くてのぅ」

 挙句、ボケ老人の振りをする。これでは死んだ友人も浮かばれないだろう。

「最悪だこのジジイ」

 空助が草葉の陰で泣いているに違いない友人の気持ちを代弁する。

 が、老人はまるで聞いていなかった。


「このアンドロメダはいいぞぉ。やはり新型は違うのぉ」

「新型って……三十年以上前に製造された機体じゃねえか。自慢するなら、せめて十年以内に製造された機体を手に入れてからにしろよ」


 その言葉通り、アンドロメダは発売開始から三十年以上経過している。

 魔装騎兵は基本的に、安いものであっても車などよりは余程高い。

 更に維持費、管理費も加えるととても一般人に手が出せる代物ではない。発売当時に手に入れるような人間は、ほんの一握りの裕福層だけであった。

 加えて、魔装騎兵は誰にでも動かせるというものではない。

 なので、機体の分布には非常に時間がかかる傾向にある。年月が経過した事と値が下がった事もあって、ようやく今アンドロメダが世間で広まっているのだ。

 だが、そんな機体を手に入れても別に自慢にはならない。だからこその空助の発言だった。


「よく見たら大分痛んでるし、塗装も剥げているみたいだね」

 イヴァンがアンドロメダの周囲を廻りながら、つぶさに観察する。

 イヴァンの言うように、新品にしては痛みすぎている。

「誰がハゲじゃ!」

 どうやら繊細な年頃らしい。老人は隠すように頭部に手を当て、顔を真っ赤にして怒鳴る。

「塗装だよ! ……しかし、これ何処で手に入れたんだ?」

 律儀に突っ込みながら、空助は尋ねる。

 その言葉の裏には、どこからか勝手に盗んできたんじゃないか、という含みが込められている。


「……昔の知り合いに、軍と繋がりがある人間がおってのぉ。そやつに頼み込んで払い下げ品を譲ってもらったんじゃ」

「中古品かよ、大丈夫なのか?」

「確かに見た目は悪いが、中身は問題ないわぃ! ほれ、ほれ!」

 そう言いながら、アーム()を縦横に動かす。

 今ではとてもそうは見えないが、魔装騎兵はロボットではなく、パワードスーツの理念が根幹にある。あくまで人間の動きを補助するのが主なのである。当然腕は曲がるようになっており、アームの先には手首も存在する。捻る事も曲げる事も可能だった。

 上半身に比べて下半身がゴツイ傾向にあるが、それは工学的に仕方のない事である。


「分かった分かった。危ないから動かすなよ」

「わーはっはっはっ」

 半世紀以上年下の空助に窘められる老人であった。もはや、どちらが大人なのか分からない。

「おじーさん。魔力が尽きない内に、家に帰るように気をつけてね」

「わかっとるわい! ワシをそこらのしろーとと、一緒に考えてもらっては困るわっ!」

「あんたは、そこらのシロートと変わらんだろうが……」

 イヴァンの親切な助言に憤る老人に、空助が呆れた表情で苦言を呈す。

 魔装騎兵は電気ではなく、操者の魔力を動力として動いている。

 そして、魔力は無尽蔵に湧くものではない。体力と同じでやがて枯渇するのである。

 そうなれば便利な機体もただの金属の塊である。もし道路の真ん中でそうなったら、目も当てられない。そういった事を心配してのイヴァンの忠告だった。


 だが、老人はそんな事はまるで気にしていない台詞をのたまう。

「おお。こうしてはおれん。ワシは忙しいのじゃ。まだ後十人には見せに行ってあげないといかんしな」

「見せて回ってるんだ……」

 流石に呆れたようにイヴァンが呻く。


「ううむぅ。ミアちゃんが眠ってたのは残念じゃったが……」

 老人は空助の背中にいるミアを見下ろして、名残惜しそうに眉を八の字に曲げるが――――

「まあ、また今度見せてやろうて! ではな小僧ども!」

 気を取り直すと、二人に別れを告げて再びハッチを閉めた。

 そして、ガシャンガシャンと足音を立てて、アンドロメダは歩き去っていった。


「行っちゃったね……。事故起こさないといいけど……」

「誰にも迷惑かけないようにしてもらいたいもんだ」

 去っていく魔装騎兵の後ろ姿を眺めながら、二人が呟く。切実な願いだった。


「……とんだ邪魔が入ったが、とっととミアを届けるか」

「そうだね。しかしミアちゃん、良く寝てるなぁ」

「すぅすぅ(涎)」

 騒ぎにも全く反応せずに、ミアは空助の背中で穏やかに眠り続けていた。

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