ラスト: かわりばえのしない後日談
ある日の放課後。
空助とイヴァン、それとエリノア達四人は一緒に下校していた。
別段待ち合わせての事ではなく、自然と帰りが同じになったのである。
左程珍しい事ではない。理由としてはリリアスを除くメンバーは、皆帰宅部であることが挙げられよう。
リリアスについても、彼女の所属する料理部は毎日活動しているわけではないため、こうして一緒になる機会も少なくなかった。
というような事で、既に"いつものこと"として処理される程度の出来事だった。
ちなみに、春彦は例によってサボりなのか、今日は一日中姿が見えなかった。
妹の夏陽も「興味が無い」と、何をしてるのかは知らないようだった。
ともあれ、皆春彦が居ないからといって何を感じるわけでもないが。
そうして、いつものように和気藹々と帰る途中、イヴァンが思い出したように話題を振った。
「そういえば、あれからどう? 絡まれたりしてないかい?」
「え? ああ、この前の奴等からですか?」
夏陽が尋ねる。
「私はしてない。っていうか、会ってないよ」
「ミアもー」
「私もあれからお会いしていません」
エリノアと他二人は、そう言って首を振る。
そんな中、
「アタシは一度だけ会いましたよ。女の連中だけですけど」
夏陽だけは表情を変えずそう答えた。
もう彼女らの事は忘れ去っていたのか、至って普通の様子である。
「え、そうなの夏陽? 大丈夫だった?」
寧ろエリノアの方が驚いて心配する。
「うん。っていうか顔を見た瞬間に逃げ出されちゃったよ」
それを聞いて、他のメンバーはホッと息を撫で下ろす。
「何も無くて良かったわ。でも、それはよっぽど怖かったのでしょうね……」
どこか気の毒そうにリリアスが言った。
「ミアちゃんのお陰だね」
イヴァンは苦笑しながらミアを見つめるが、
「おー?」
「というか、イー君の所為じゃない?」
「あー、アタシもそう思います」
「そうですね」
「え?」
下級生達は皆同意見のようだった。
イヴァンは一人目を瞬かせる。
「アイツらは最近ここ界隈に遠征してきてた奴等で、こっちの学生を捕まえて金を巻き上げたり、強引に女をナンパしたり、かなり派手にやってたらしい」
それまで黙って最後尾を歩いていた空助が、口を挟んだ。
視線が集まる。
「そうなの?」
「ああ。ただ、少々派手にやり過ぎちまったみたいで、こっちの不良どもに目を付けられてな、今総出で追い掛け回されてる最中って話だ」
「性質悪かったもんね」
「まぁ、これでもう当分は、あいつ等がここら辺に現れる可能性もないな」
空助が断言すると、皆は少し安心した表情になった。
こういった揉め事に関しては、空助はプロ級といって良い。その空助が断言したのなら、そうなるであろう事を皆知っているのだ。
常に仕返しをされる心配をしておかないといけない、というのは心身上辛い。
「いっけんらくしゃく?」
ミアが可愛らしい声で、皆の想いを代弁する。
「そうだな」
対して空助は、力強く頷き返した。
穏やかな空気が流れる。
それに誘発されたわけでではないだろうが、夏陽が明るい顔で言う。
「馬鹿兄貴も流石にこれで女の子には懲りただろうから、少しだけでも落ち着いてくれると、こっちとしては有り難いんだけどなぁ」
口調こそ茶化すような口振りだが、実の所切実な願いなのだろう。
内心の本気さは、その真剣な目に現われている。
「流石にあんな目にあったら、直ぐに元通りって訳にはいかないわよね」
「う~~ん。そうだね。春彦もあれで馬鹿じゃないから」
エリノアとイヴァンは、言葉を選ぶように夏陽に同意する。
リリアスとミアも異論はないようだ。
ただし、空助だけは、
「それは……どうだろうな?」
とだけ、言葉を濁す。
「お~~~~い!!」
そこに、本人の声が割り込んでくる。
全員がそちらを向くと、駅の方から此方に向かってくる春彦の姿を発見した。
露骨に嫌な表情になったのは、夏陽である。
「げっ! 噂をすればアホ兄貴!」
「夏陽ちゃん。お兄さんに向かってアホなんて言っては駄目よ?」
やがて春彦は合流する。
そのまま膝に手を付いて、荒い呼吸を繰り返す。
呼吸を整え終わると顔を上げ、そこでようやく存在に気付いたように夏陽を見ながら言った。
「あ、夏陽達も居たのか」
「悪い?」
「いや、丁度良かった」
その返答に夏陽は眉を顰める。
「どうしたの? 血相代えて」
代表してイヴァンが尋ねた。
すると、途端に真剣な顔を作った春彦は、縋るように訴える。
「助けてくれ、追われてるんだ!」
「どうして? 何かあったの?」
本当に困っているのだろう。
問い返したイヴァンに、春彦は至極真面目な表情で頷き返す。
そして、重たい口を開くようにして言った。
「実は昨日、女の子をナンパしようとしたんだけど、その子の彼氏って男から…………」
言い終える前に、夏陽の拳が飛んだ。
「ふざけんなっ!!」
「あうちっ!!」
妹に殴られ、春彦は路上に倒れ付す。
やはり、といった表情で、空助が何故か満足気に頷く。
「予想通りだな」
「やっぱり春彦は春彦だったか」
イヴァンも笑顔で微笑むが、呆れた色は隠しきれていない。
エリノア達の目もどこか冷たい。
だからか、倒れた春彦を夏陽がゲシゲシと蹴りつけているのを、誰も止めようとしなかった。
「消えろ!! 一回死んで皆に詫びろ!!」
「ぎぃやあっ!! うぼおっ!」
怪鳥のような断末魔の叫びが、幾度と無く通学路に響き渡る。
その光景を、空助達はただただボーと眺め続けるのだった。