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その7: ありがちな結末


「……うぅ。春が……俺にも春が来たと思ったのにぃ!!」

 地面の上に四つん這いになって、春彦は大いに嘆いていた。

 溢れる大量の涙が、下の地面をびちょびちょに濡らしている。

 折角の一張羅も土埃で汚れてしまっており、その悲しみの強さを物語っていた。


「何、叫んでんのコイツ」

「泣いてるんだけど。キモイ」

 春彦を取り囲むようにしている内の少女二人が、露骨に蔑んだ顔をする。

 優しさの欠片もない指摘に、春彦の涙量が増した。

 

 何故、先程の下心全開の様子から一気に転落したのか。

 その理由は春彦の周囲にあった。


 春彦とシオリが消えた路地の裏手には、少し拓けた場所があった。

 出入りできるのは二人が通ってきた路地と、その路地から伸びる別の道の二ルートのみ。建物の影によって、通りからは完全に死角となっている。そんな場所である。

 春彦は溢れ出す興奮を抑えきれずに、そんな場所にシオリを連れていった。

 人の少ない場所を指定されたとはいえ、このような場所に誘うなど、もはや通報ものだと言ってよい。

 デートなど即座にご破算になってもおかしく無いが、しかし意外にもシオリは寧ろ歓迎したのである。

 シオリの体調を気遣いながらも、猛りを抑えていた春彦が、遂に我慢の限界に達した時。

 ぞろぞろと現れたのは、シオリの友人達と言う者達だった。


 全部で十名程。少女の姿もあるが、大多数は男である。

 男達は春彦ですら一目見て"チャラい"と思った風体で、"紳士"とは対極に居るようなタイプだと直ぐに分かった。

 発する空気にしても、とても友好的なものとは言えなかったからだ。


 彼らは裏路地に現れるなり近寄ってくると、春彦が言葉を発する前に腹に一発入れてきた。

 不意打ちだった為倒れそうになった春彦だったが、シオリが居ることを思い出して何とか踏ん張った。

 ただその無抵抗の様がサンドバックみたいで面白かったのか、男達は更に拳を振るってくる。

 春彦は頭を庇うようにして、何とか理不尽な暴力に耐え続けた。

 しかし、シオリを逃がそうと顔を向けた先。視界に映ったシオリの表情が自分に対する嘲笑であったのを見て、春彦はおぼろげに事情を察してしまった。

 シオリと彼らはグルだったのだ。

 遂に我慢できずに崩れ落ち、それから春彦は地面に蹲って泣き続けていたのであった。



「人のツレに手を出しといて、ずいぶん余裕があんな、お前」

 蹲る春彦の横腹を小突くように蹴りながら、少年が苛立ちを隠さずに言う。

 されるがままになりながらも、春彦は顔を見上げてシオリを見つめた。

「シオリちゃん……」

 どうして? と目で呟く。

 それなりに哀愁を誘う瞳だったが、周囲から返って来た反応は"爆笑"だった。

 彼らはひとしきり哂うと、少年の一人がシオリを見て茶化すように尋ねる。

「シオリ? 誰だそれ? おい、"ミキ"知ってるか?」

「知らない」

 と、"シオリ"がそっけなく言えば、再び春彦を除く全員がドッと笑った。

「そんなぁ……」

 どうやら名前まで偽られていたようだ。

 春彦は呆然とする。


 少年の一人がミキに何かを確認すると、春彦に近づいてきた。

 隣で中腰になり、春彦に冷たい視線を向ける。

「おい。お前がどこの誰かは分かってんだ。逃げても無駄だからな」

 デート中、春彦は調子に乗って、"シオリ"に自分の事を何から何まで話していた。

 それは"シオリ"がそれとなく春彦の事を聞いてきたからだが、今となってはその理由は明らかである。


「こっちの要求はごく単純。ようするに勘弁して欲しかったら、金出せってこと」

「金なんて持ってないよぅ……」

「だったら、作ってこいよ。親に貰うなりなんなりしてさ!」

 春彦は少年達に凄まれ、怯えながらも笑顔で答えた。

「いやぁ。それは無理かなぁ……って」

「舐めてんのかテメェ!!」

「いたっ! や、やめてくれぇ!」

 怒った少年達に蹴たぐられる。


「しかたねぇ。金がねぇんなら、いいものお前に貸してやる」

 そう言って少年の一人が、春彦に何かを手渡してくる。

 春彦が恐る恐る手の中のモノを確認すると、そこにあったの黒い合成皮製の"キー"ホルダーだった。


 "キー"とは『銀河連盟』に加盟している惑星で、用いられている『個人認証キー』のことである。

 それがあれば、加盟惑星のどこに居てもその惑星の行政サービスが受けられる他、個人が持つ貯蓄を引き出すことも出来る。

 惑星間のパスポートの代わりに用いられたりするなど、この銀河で生活していく上では、必要不可欠のものであった。

 基本的に加盟惑星下の人間は、出生届けを出している者であれば、必ず一つ発行されている。

 "キー"の形体としては、基本的には生後間もない頃、本人の体の中に特殊な"アトチップ"を埋め込むのが一般的である。

 が、自分の子供の体の中に異物を埋め込むことを嫌がる親も、少なからず居る。 

 そういった人に向けて、幾つか形体が用意されており、その中の一つが"カード"であった。

 そして、キーホルダーはそんなカードキーを収納する為に発売されたものである。

 少年の持つキーホルダーもその中の一つで、この惑星でかなり昔に流行った型のものだ。

 こう見えて様々な性能こそあるが、そもそもカード型の絶対数が少ない事もあり、今では使用している人は皆無と言ってよい。


 何故今、そんなものを自分に渡すのか。意味が分からず春彦は目を瞬かせる。

「このキーホルダー。全部で50個ある。これを明後日までに、一個100ドルで売りさばいてこい」

「だ、誰に?」

「そんなのお前が考えろ!」

 と言われても、レトロな感じさえあるキーホルダー。

 例え1ドルであったとしても、売り捌くことは難しいだろう。

 春彦の顔が歪む。

「む、無理だよぉ……」

「ああ!? 悪いことしたんなら誠意を見せろや!」

「や、止めてくれぇ」

 春彦は胸倉を掴まれ、激しく揺さぶられる。必死に外そうとするが、相手の力の方が強くどうにもできない。

 足掻く事もできず人形のように弄ばれる春彦を、他の者達は声を上げて笑っていた。


「止めなさい! アンタ達!」

 突如、裏路地に制止の声が入り込んだ。

 思わず、春彦を含めた全員がそちらを向く。

 そこには通りへ続く道を塞ぐように立っている、数名の少女の姿があった。


「やっぱり、こんなことじゃないかと思ってたんだよね……」

 ガックリと項垂れたのは夏陽だった。

 既に兄については色々と諦めていたが、それでも虚しさを抱かずにはいられなかったのだろう。

「お、お前等! た、助けてくれぇ~~!!」

 泣きながら妹に助けを求める兄の姿に、夏陽は深々と溜息を吐いた。

「はぁ……なんでこんなのが……」

「夏陽ぃぃ」

「うるさいッ!!」


 入って来たのが同性だったからか、夏陽達を威嚇するように近づいていったのは少女達だった。

「何なのよ!? 今取り込み中なんだからあっち行ってな!」

「それともアンタラが代わりに払ってくれんの!?」


 当然、何の事か分からない夏陽達に、晴彦が大声で説明する。

「助けてくれぇ~~! このキーホルダーを、売り捌けって脅されてんだぁ!」

 春彦は手の中のキーホルダーを、夏陽達に見せつけるようにして掲げた。


 四人の視線がソレに集まった。

 やがて各々視線を切ると、ほぼ同時に想いを口にする。

「馬鹿じゃないの?」

「かっこいーー」

「そんなの買う奴いないでしょ」

「趣があります」


 夏陽の表情が曇った。

 友人の中にあんな物に対して、肯定的意見を述べた者が二人居る。

 夏陽は問い詰めようか迷った素振りを見せたが、結局無視することにしたらしい。


 気を取り直して、再度少年達に向かって言った。

「だから、そんなの欲しがる人なんて居ないって言ってんの」

「ああ!?」

「ブスが余計な事言ってんじゃねぇっ!」

 夏陽は言った相手の顔を見て、これ見よがしに溜息を吐いた。

「自分の顔、鏡で見てからいいなよね」

「んだとぉ!」

「ちょ、あ、あんまり挑発すんなよぉ……」

「うっせー!! 馬鹿兄貴は黙ってろ!!」

 実際のところ、夏陽は加勢するどころか妹の足を引っ張ろうとする春彦にこそイラついていた。

 なので徐々に言葉に辛辣さが込められていく。


 しかし、今の発言を聞いた少年、少女達は別の事が気になったようだ。

「何? お前コイツの妹なの?」

 そう尋ねる少年は、どこか哂いを堪えたような表情を浮かべている。

 "こんな情けない奴の妹か"

 その目がそう語っていた。


 夏陽は答えなかった。

 ただ、しまった、という想いは顔に現われている。

 否定したくとも事実は変わらない。

 情けなさと恥ずかしさ、それらが入り混じった表情で少年達を睨み付ける。

 

「なら、コイツの代わりにアンタが払いなよ」

 少女達の一人がそんな事を言ってくる。

「はぁ? 何で?」

 ニヤケタ笑いを浮かべた少年が、代わりに答える。

「お前のお兄ちゃんはな。人のツレをこんな場所に連れ込んで、襲おうとしたんだよ」


「疑うなら、本人に聞いてみろ。な、ミキ」

 問われたミキが、心底嫌そうな目を春彦に向ける。

「ホンと、最悪だった。勝手に手を繋いでくるし。で、手は汗ばんでるし。鼻息荒いし。息臭いし」

「そ、そんな!」


 夏陽達の視線が春彦に集まった。

 その疑いの眼差しを受けて、春彦は慌てたように弁解する。

「ち、違う! 俺はその時はまだそんなことしてなかった!」

「「「……"まだ"?」」」

「はっ! こ、心の声が!」

 夏陽達の視線の温度が一気に下がった。


「っていうか、そもそも変な期待すること自体ありえない。アンタなんか私が相手にする筈無いでしょ? どんだけ自惚れてんだか……」

 追い討ちをかける様に、ミキが吐き捨てるように言う。

 騙されていたとはいえ、一時は焦がれていた少女の冷たい言葉に、春彦はガックリと項垂れた。

 その様子を見た少年達は再び嘲笑しようとするが、その前に夏陽の苛立ちが爆発した。


「最悪なのはアンタだろ!」

 夏陽はミキを睨む。 

「はぁ?」

「もちろん兄貴もアホだけど、それ以上に人の気持ちを弄ぶなんて……最悪なのはそっちだって言ってんの!」

 ミキを凝視して、キッパリと告げた。

 面と向かって人格批判をされたミキは、平静ではいられなかったらしい。

 それまでの涼しい表情を一変させ、眉間に皺を寄せ夏陽を睨み返す。

「……何こいつ? ムカつくんだけど」


 他の面々も標的を夏陽に変えたのか、春彦から離れて夏陽達を囲うように近づいていく。

「美しい兄妹愛って奴じゃね?」

「うはっ! 眩しすぎてキメェ!」 

「兄貴が情けねえ屑男で、妹がキモ女。うはっ! 最悪の兄妹じゃん!」

 そう言って笑う少年少女達。相手を馬鹿にして蔑むことで、自分達の優位を証明しているつもりなのだろう。

 相手のやり方が幼稚であることは分かっていたが、それでも悔しそうに夏陽は口を噛み締める。


 春彦が絡んでいた為、ここまでエリノアはやり取りを夏陽に任せ、動向を見守っていた。

 だが今、矛先を向けられているのは自分の友人である。

 であれば我慢するつもりもなく、エリノアは感情のままに口を開こうとして――――


「は? 何だそれ……」

 ただそれよりも早く、俯いていた春彦の口から、怒りの込められた呟きが漏れた出した。

 小さな声だったが、よく通り、この場の全員の視線が春彦に集まる。

「お前達……夏陽を、妹を…………」

 春彦は地面に視線を落としたまま、静かに、ただ激しく呟き続ける。 


「悪く言うな、とでも言いたい――――」

 一人、ミキが春彦の言葉を先んじて嘲笑おうとする。

 が、それを遮るように春彦は勢いよく顔を上げた。

 憤怒の表情で、その場に立ち上がり踏ん張ると、力一杯叫んだ。


「妹を侮辱するのは良いけど、俺の事は馬鹿にするなぁっ!!」

 

 この場を静寂が支配した。

 春彦のあまりの屑っぷりに唖然として、誰も何も言えなくなったのだ。

 最初に口火を切ったのは、能面のような表情をした夏陽だった。


「…………お邪魔だったみたいだから、アタシ等は帰ろうか?」

 友人達を振り返り、そう提案する。

「そうね」

「そう思います」

「ばいばーい」

 三人の返事も即答だった。

 四人は回れ右をすると、そのまま路地を後にした。

「ああ!! 待って! 違うの夏陽ちゃん! 見捨てないでぇ!!」

 春彦の叫びが路地に響き渡るが、夏陽は振り返りもしなかった。


 しかし、そんな夏陽達の前に、我に返った少年たちが強引に回りこむ。

「待て。誰か呼ばれても面倒だ。お前等はもう逃がさねえよ」

 春彦に対する怒りが尾を引いていたのだろう。先頭を歩く夏陽は咄嗟に逃げ出すという選択肢が浮かばなかったのか、少年達を警戒の目で見据えているだけだった。

 そうして、丁度路地が二又となっている場所で、四人は取り囲まれてしまった。

「そうだ。代わりにこの娘らには、身体で払って貰うってのもいいんじゃね?」

「お、いいなそれ!」

「きゃは、さいてー」

 色めき立つ少年達に、少し離れた所に居た少女達は非難を口にする。が、その目は笑っていた。

 

 退路を絶たれ、目の前で自分達に対しての危険な話をされている方としては、心穏やかという訳にはいかない。

 警戒を最大にして、夏陽達は身を寄せ合うようにして固まった。

 ただミアだけは相変らずボンヤリしていたので、エリノアが強引に三人の中心に押し込める。


「なら、俺はあの胸の大きい子貰うな」

「待てよ! あの子は俺も!」

「いや俺んだよ!」

 少年達の一番人気は、やはりリリアスだった。

 四人の中で、というよりこの場の少女の中で、誰よりもスタイルが良い。加えて、容姿も整っている。


 半ば本気でリリアスを取り合い始めた少年達に、他の少女達が不満そうに尋ねる。

「何? あんな地味なのがいいのぉ?」

 リリアスを見る目には、妬みが多分に含まれている。

 当のリリアスは感情の表現に困ったのか、ただ状況に困惑していた。


「つーか、他はなぁ……」

 問われた少年達は微妙な顔で、リリアス以外に目を向ける。

 先ず夏陽に視線が集まった。

「妹はアレだし」

「あ、アレって何だよ!」

 次にリリアスとミアに移る。

「他は小学生だろ? そんな特殊な趣味は持ってねぇし」

「高校生よ!」

 夏陽やエリノアは危険な立場を忘れ、思わず非難の声を上げるが、どちらも無視された。


 少年の一人がエリノアやミアを見ながら、嘆くように言う。

「消去法で、あの娘以外は欠陥――うぐっ!」

 だが、言い切る事は出来なかった。


 突然横合いから伸びてきた手に、口を覆い隠すように顔面を掴まれたからだ。

 そのまま持ち上げられる。少年は必死にもがくが、動いているのは顔から下だけで、掴まれた顔は全く動いていない。

 宙をバタバタと足が蠢いていた。


「あ? 誰が何だって? もう一度言ってみろ」

 もう一方の路地から現れた男は、押し殺した声で言った。


「おーー、あーちゃん!」「アキちゃ……空助!」

 現れた人物を見て、ミアとエリノアが同時にその名を叫んだ。

 弾んだ声からは、二人の喜びや信頼が伝わってくる。


「多分、自分達の容姿のレベル分かってないんだろうね」

 空助の背後から、微笑みながらも目だけは笑っていないイヴァンが現れた。

「イヴァン先輩も!」

 ミア達から遅れること数秒。夏陽も安心したように名前を呼ぶ。

 そのまま四人は崩れた包囲網の隙間から抜け出し、空助達の元に駆け寄った。


「オラ、もいっぺん言ってみろよ。ああ!?」

「アキ君。アキ君。もう気絶してるよ」

「ああ? ちっ、歯ごたえのねえ」

 顔を掴まれていた少年は、口から泡を吐きながら気絶していた。

 空助はその少年を適当に放り捨てると、残った他の少年達を見据えた。


「な、何だテメェ!!」

「関係ねぇ奴はすっこんでろ!」

 少年達は威勢良く叫ぶが、突然現れたガタイの良い相手に気圧されているようだった。

 空助が一歩踏み出す度に、一歩後退している。

 

「こっちとしては関係するつもりはなかったが……」

 低い声で話す空助。

 やがて少年、少女達は押されるままに、元の拓けた場所まで後退していた。

 そんな彼らを追いながら、空助は鋭い眼光で睨み据える。

「テメェらの方から関係を作っちまったんだろうが!!」

 恫喝するような咆哮に、少年達は一人残らず萎縮する。


 動向を見計らっていたのか、ずっと同じ場所に息を潜めるようにして居た春彦は、友人の姿を見つけるなり立ち上がった。

 空助の言葉を聞いて、感動したように打ち震える。

「空助! ま、まさか、お前って奴は俺の為に……!?」

「いや、お前はどうでもいい」

「酷い!!」


 少年たちが完全に空助に呑まれているのを見て、もう大丈夫だと判断したのか。

 イヴァンは、改めて後輩達を気遣った。

「四人とも大丈夫だった?」

「大丈夫よ。こんな奴等」

「はい。私達は何ともありません」

 エリノアは胸を張って答え、リリアスも本来の穏やかな表情で微笑んだ。


「あーちゃん。おんぶー」

「駄目だ」

 ミアは空助に後ろ背にしっしっ、と追い払われるのにめげず、しつこく纏わりつこうとしている。 

 そんな完全に安心した友人達の様子を見て、夏陽は一人涙を流していた。

「うぅ……先輩の爪の垢を、あの駄目兄貴に飲ませたい……」


 動揺収まらない少年達は、全員で春彦の周囲を取り囲んだ。

「あ、痛っ! い、痛いことは止めて!」

 春彦の腕を掴みあげると、勝ち誇った表情を作って空助と対峙する。

「お前もコイツのダチなんだろ? 下手なことするとコイツを……」

「殺んのか?」

 至って自然な表情で、空助は問いかける。

「え……は?」

「だから、そいつを殺んのか?」

 不自然なまでに自然だったので、少年達も何を言われているのか分からない風だったが、理解すると戸惑いを隠せないようだった。

「空助君!?」

 特に春彦は眼球が飛び出るのではないか、と思うくらい目を剥いて驚いていた。


「こ、殺しはしねぇけどよ、でも……」

「ならどうでもいい。お前等がソイツをボコんのと、俺がお前等を半殺しにすんの、どっちが速ええか試してみるか?」 

 空助は言葉に別段力を込めていない。

 それが尚更空助への畏怖を募らせるのか、少年達はそれ以上何も言わなかった。

 

 しかし、少女達は違う。

 空助と少年たちの格の差がわからないのか、苛立ちを隠さず叫ぶ。

「は、早く、そいつやっちゃってよ!」

「そいつさえやれば、後はどうにでもなるって!」

 と、少年達をけしかける。


 少年達も女の前で恥をかく訳にはいかないと思ったのか、その言葉に乗せられるように、

「そ、そうだな」

「全員で囲め!」

 対決の気配を強くしていた。


「やんのか? ……おもしれぇ」

 少年達の交戦の意志を感じた空助は、微かに口元を歪める。


 空助から暴力的な気迫が溢れ出したのを感じたイヴァンは、ご愁傷様、と言わんばかりの表情で呟いた。

「あーあ、スイッチ入れちゃった」

 言葉通り、程なくして多対一の乱闘が始まった。


 

 見慣れた光景なのか、殴りあいを平然と見つめながら、エリノアが思い出したように言った。

「男連中はこれでいいとして、あの女達はどうする?」

 逸らした先には、乱闘の動向を固唾を呑んで見守る、少女達の姿があった。

「このまま野放しにはしておけないよ!」

「ですが、女の子に暴力を振るうのは反対です」

 イヴァンは夏陽とリリアスの主張に静かに耳を傾ける。

「ほ、報復されるかも!?」

 乱闘のドサクサに紛れて、いつの間にか合流していた春彦が口を挟んでくる。

 

 それらの意見を聞いたイヴァンは、一つ頷いた。

「うーん。そういうことなら、ただ見逃すのは後々拙そうだね…………あまり気は進まないけどしょうがない」

 イヴァンはそう言うと、

「ミアちゃん」

 乱闘をボーと眺めていたミアに呼びかけた。


「うーー?」

「"クレヨン"は持ってるかい?」

 ミアの"クレヨン"の所持を尋ねるのは、"触媒"の所持を問うの同義である。

 この場の全員はそれを知っているため、イヴァンの言葉に驚いていた。

 そんなものを如何するのか。

「おーー。はいいろある」

 ミアは懐から、可愛い刺繍のされた布地に包まれた、一本のクレヨンを取り出した。

 それを掲げるようにして、イヴァンに見せる。

「よし。じゃあ――――」

 イヴァンは満足気に頷くと、ミアに一つ指示を出した。



 空助と少年たちの乱闘は、五分と掛からず決着した。

 傷を負った様には見えない空助に対して、少年達は全員地面に横たわっている。誰一人動かないところを見ると、全員気絶させられたのだろう。

 空助は興味をなくしたように、皆の元に戻ってくる。


「どうだ貴様ら! 俺の痛み、思い知ったか!!」

「何急に強気になってんのよ!」

 入れ替わりに前に出た春彦が勝ち誇ったように高笑いするのを、夏陽が怒鳴りつけた。


 一方で、残された少女達は空き地の隅で固まっていた。 

 自分達が追い詰められるとは思ってもいなかったのか、震えた声で怯えを露にする。

「ちょ、ちょっとマジでやられちゃったの!?」

「で、でも、わ、私ら関係ないし……」


 イヴァンが一歩前に出る。

 自分に注目が集まったのを悟ると、笑顔で口を開いた。

「そうだね。君達は帰っていいよ……でも」

 そこで呟きを切る。

 直後、空き地が光に包まれた。


 思わず目を瞑った少女達は、やがて瞼の裏で光の収まり感じて目を開く。

 すると眼前に、ありえない光景が展開されていた。

 "ソレ"は少女達の方を向くと、周囲の建物が崩壊するのではないかと思う程の雄叫びを上げた。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 声から伝播する振動が、少女達を揺さぶる。

 先程何も居なかった場所に現れたのは、一体のゴーレムだった。

 ただし、灰色の岩石で構成された身体で、周囲のビルの半分はあろうかという程の巨体を持つ。

 よく見ればこの場所を窮屈そうにしており、愛嬌のある顔立ちをしているが、そんなことを気にする余裕は少女達にはないようだ。

「ひぃ!」

「あ、ああ……」

 完全に怯えた少女達は、少しでもソレより遠い場所に離れたい、とばかりに我先に空き地の隅に逃げる。

 彼女等は皆、這うようにして一所に固まると、腰が抜けたように立つのもままならず地面に尻餅をついてゴーレムを見上げていた。

 

 そのゴーレムの足の下で、イヴァンが静かに進み出る。

 先ほどと全く変わらない笑顔を浮かべたまま言う。

「もしこの娘達に、後で何か報復的なことをしようとしたら……どうなるかは分かるよね?」

 

 返事は無い。

 無視しているのではなく、驚愕から抜け切れず返事もままならないのだろう。

「ミアちゃん」

 イヴァンはゴーレムの足にくっ付いていたミアに合図を出す。

「うー? おーー」

 ミアはイヴァンの意図を理解しているのかよく分からない表情で頷くと、ゴーレムに向かって呼びかけた。

 その片言だけで指示が伝わったのか、ゴーレムは心得た、というように頷く。

「ゴオオオオオオオオッ!!」

 倒れている少年達を器用に避けながら少女達に少しだけ近づくと、もう一度威嚇するような雄叫びを上げた。

 再び、少女達は身を硬くする。


 まるで危険を目前にして、思わず固まってしまう猫のような反応を見て、イヴァンはクスリと笑う。

「これは脅しだから。当然君等にけしかけたりはしないよ。君等を彼で怪我をさせたら僕等の方が捕まっちゃうからね」

「…………」

「……でも何て言うかな。そういうの、何かどうでもよくなる事ってあるよ、ね?」

 そう言ったイヴァンはあくまで優しい笑顔である。

 だが、その笑顔こそが底知れぬ恐怖を感じさせたのだろう。


「な、何もしません!」

「わ、忘れるから! 忘れます!!」

「許して……下さい!」

 少女達は涙ながらに謝罪を続けた。

 イヴァンは"もういいよ"と言うまで続いた弁解を聞き終えると、

「そう。良かった」

 穏やかに微笑みながら頷いた。

 ゴーレムはそれから間もなくして、ミアによって還された。


 ところでイヴァン本人は後腐れなく終わらせた、と満足気に思っていたが、

「イヴァン先輩って、意外と……」

「イー君、ああ見えて怒らせると怖いから」

「そのようですね……」

 後輩たちは意外な人物の意外な一面を見て、畏怖の念を募らせていた。



 そんな事は露と知らず、イヴァンは空助に話を振る。

「アキ君、その人達はどうする?」

 空助は気絶した少年達を、ビルの壁に寄りかからせるようにして並べてから、イヴァンを振り返った。

「こいつらは放って置いていいだろ、どうせこれから大変になるんだ。俺達はここまででいい」

「ああ……なるほど。確かにそうだね」


 二人だけで理解しているような会話を聞いて、エリノアが疑問を口にする。

「どういうこと?」

「……お前等は気にしなくていい」

 空助は答えなかった。

 秘密の話、ということではなく、単純に説明が面倒臭いと思ったのに違いない。顔にはっきりとそう書かれていた。


「何よそれ。まぁ別にいいけど」

 エリノアは一瞬不満そうに頬を膨らませたものの、結局不問にすることにしたようだ。

 自分達が知っておくべき内容であれば空助は隠したりしない。それを十分に知っているのである。

 他の面々も特に言う事はないようだ。

 ただし、春彦を除いて。


「何言ってんだよ! 後顧の憂いを絶つ為に、止めを刺してくれよ!!」

 と、我が身可愛さに空助に懇願する。

「そんなに殺りたきゃ、自分で殺れ。どうせこいつら今満足に動けねえんだから」

「だ、駄目だよ!」

 まるで気絶した人間に危害を加えることを寧ろ推進するような発言を、イヴァンが慌てて咎める。

「冗談だ」

 そういう空助の目は全く笑っていない。


 春彦は口惜しそうにしていたものの、頼みを聞いてくれそうにないことは理解したのだろう。

「仕方ねえ。それは諦める」

 潔く主張を引っ込めた。

 が、その代りに下卑た笑いを浮かべて言った。


「だが……こっちが勝ったからには、戦利品は頂くのが常道! という訳で女達は頂く!」

「ひっ」

 舌なめずりする春彦に、怯える少女達。

 完全に悪役が交代していた。

 

「死ね!」

 高笑いを続ける春彦を、怒り心頭の夏陽が有無を言わさず殴り倒す。

「むがっ!」

 潰れた蛙のような格好の春彦を、唾棄すべき人物を見る様な目で見ながら、知人達は吐き捨てる。

「春彦って……本当に屑だね」

「最低」

「さいてー」

「人としてどうかと思います」


 さしもの空助も呆れた顔で、固まっている少女達に向き直った。 

「……こいつには仕返ししていいぜ? 何されてても、もう俺らは手を出さねぇから。ソイツらにそう言っとけ」

 そう言い残すと、空助はこの場を後にした。

 他の面々もその後に続く。やがて、全員が路地に消えた。


「じょ、冗談ですよ! お茶目なジョークですがな!! ね? ね? あ、待って、置いていかないでぇ~~!!」

 一人取り残された春彦は、千鳥足で皆の後を追うのだった。


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