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その6: たいしたことのない休日

 本日は青天。気温も汗ばむほどには高くはない。

 つまり絶好のデート日和といえる。

 昼過ぎの人通りが多い、街の繁華街を歩きながら、一人の男が感涙していた。

(あ~~これがクオリティの高い子連れた男の優越感かぁ……マジ感動)


 先日、不良達から少女を救った代わりに、デートを取り付けた春彦である。

 今日のデートに並々ならぬ想いがあることは、はっきりと伝わってくる。

 一目瞭然とはこのことである。何せ絶対に成功させる事を狙ってか、精一杯のお洒落をしていたからだ。

 だが、残念な事に黒いスーツに首元には蝶ネクタイと、まるで祝いの席に出る時のような正装で……。

 正直、場違いだった。


 一方の相手の方は、春彦とは違い一般的な服装である。当然だが。

 少し露出の高い格好で、それが少女には似合っている。

 ただそのことが両者の間にアンバランスさを生み出しており、実のところ二人はかなり目立っていた。


 もちろん殆どは春彦の所為である。

 ただ、完全に舞い上がっている春彦はそのことには気付かず、周囲の人間に注目されているのを、彼女が可愛いからだと誤解していた。


(っと、そんなことより、ここまではノーミスの筈だ。問題はこれからだぞ春彦!)

 初っ端から、もっと正確に言うと、家の時点からミスだらけである。

 そうとは思いもよらない春彦は、先程からしばしば歩みが遅れている彼女に肩を並べるまで速度を落とし、笑顔で尋ねる。

「シオリちゃん、次は何処行きたい?」

「…………」

「シオリちゃん?」


 春彦とシオリが待ち合わせたのは、今から数時間前の事。

 それから春彦に連れまわされ、その間ずっと人の好奇の視線を浴びていた少女は、そろそろ限界だったのだろう。

「え? あ、ああ。ごめんなさい、考え事してた」

 シオリは少し引き攣った笑顔で謝罪する。


(ま、まさか俺とのことかぁ?)

 などと、的外れのだらしない妄想しながら、

「全然いいよ。大丈夫?」

 表情はイケメンさを装って心配する春彦。


「う、うん。で、なんだった?」

「次は何処行きたいかなって」

「そうね……じゃあ、次は少し静かなところがいいかも?」

「静かなところ? じゃあ、喫茶店とかかな?」

「……それもいいけど、もっと人の少ないところがいいな」

「ひ、人が……少ない場所に?」

 言うまでも無く、両者の思い描いている理由は異なる。


 春彦は、

(ひ、人気のない場所だと!? ま、まさか、俺を誘ってるのかあああああああああ!?)

 妄想全開だった。


「うん……駄目?」

「い、いや、良いんじゃないかな? もちろん良いですとも!」

「良かった」

 前のめりするほどの同意を得て、シオリはホッと安心する。

 

「じゃ、じゃあ、い、行きましょうか? あ、も、もちろん変な場所じゃなくて、ひ、人気のない所にね!」

 妄想が漏れる春彦に、シオリは少し表情が曇る。

 春彦は取り繕うように笑って両手を左右に振ると、

「あ、い、いや。と、とりあえず行こうか! さ、早速行こう!」

 無意識にシオリの手を掴み、先導するように歩き始めた。


 春彦にとって女の子と手を繋ぐということは、自身の命題の一つであった筈だが、それに対しての喜びはない。

 どうやら妄想する事に夢中で、自分が少女の手を握っていることに気がついていないらしい。


(空助! イヴァン! もしかしたら俺は人類としてお前等より数段先のステップに進むかもしれんぞおおおおおおっ!!)

 そのまま半ば引っ張るようにして、春彦はシオリと共に裏道へと消えていった。



***



 休日、街に遊びに来ていた少女達。夏陽、エリノア、ミア、リリアスの四人は、ひとしきり街を散策した後、カフェのテラス席で寛いでいた。

 この前の強引なナンパの事があって多少の抵抗はあったが、寧ろそれをトラウマにしない為に、時間を置かずに遊びに来る事にしたのだ。

 都会と比較すると大分田舎ではあるが、この辺りの地域では最も商業施設の整った街なのである。

 女子高生にとって、遊びにいけないのは死活事情だった。

 ただその甲斐も有ってか、既に四人ともこの街への忌避感はとっくに拭い去られていた。


「そういえば、誘っておいてなんだけど。今日、休みなのに空助先輩達と一緒じゃないの?」

 背もたれに寄りかかるような体勢で、夏陽が問いかける。

 エリノアとミアは、空助とは幼馴染の関係だった。

 その事を良く知る夏陽に深い意味は無く、いつも一緒に居るイメージが強いので、何となく質問しただけだった。


「別に、いつも一緒って訳じゃないわよ」

 飲んでいたコーヒーをテーブルの上に置くと、エリノアが澄ました顔で答えた。


 ただ、その返答を聞いたミアが、炭酸飲料を飲んでいたストローを口に咥えたまま顔を上げる。

「エリちゃんといっしょにあーちゃんちいったけど、いなかったー」

 ミアはそう言うと、再びストローを刺し飲み始める。

 両手でコップを掴んで一心不乱に飲む様は、とても高校生には見えない。


「やっぱ一緒するつもりだったんじゃん」

「…………」

 夏陽の突っ込みに、赤面したエリノアは黙ってコーヒーを喉に流し込む。

 が、焦っていた為か、気管に入ったようで激しく咽た。

「ふふっ」

 そんな様子を脇で見ていたリリアスは、好ましげに微笑んでいた。

 

「じゃあ、イヴァン先輩とか葉狩っちは?」

 "葉狩っち"とは、エリノアとミアにとって最後の幼馴染の一人である、"葉狩勝利"の事である。

 空助とイヴァンとは異なり、二人と同い年であった。

 クラスこそは違うが、学年が同じという事もあって、男三人の中では一番顔を合わせる機会が多い。


「……さあ? 三人とも居なかったから、男同士で何かやってるんじゃない?」

「れんしゅー?」

「かもね」

 空助とイヴァンが日頃よりやっている訓練に、勝利も休日には参加する事が多かった。

 というより空助に半ば強引に引きずり込まれているというのが正しかったが。

 

「ああ、"校内戦"の……」

 リリアスの呟きを拾った夏陽はウンウンと大きく二度頷く。

「いいねぇ! やっぱ男は何か目標に向かって行動してないと!」

「そんなもの?」

「ふふ、確かに頑張っている方は素敵ですよね」

 不思議がるエリノアに対して、リリアスはたおやかに微笑みながら理解を示す。

 

「その通り。そこへいくと、家の駄目兄は…………はぁ。何であれがアタシの兄なんだろ」

 夏陽は大袈裟に溜息を吐きながら、嘆き始める。

 年頃というだけじゃなく、夏陽は全てにおいて情けない兄を、心底毛嫌いしていた。

 

「またそんなことを言って……。岡垣先輩は楽しい方よ? ね?」

 リリアスが助け舟を出すように夏陽を諭し、エリノアに同意を求める。

「まぁ、傍から見てる分には」

 空助やイヴァンがらみで、春彦とは付き合いがあるエリノアは、言葉を選ぶようにして頷く。

 本音では、エリノアの印象は夏陽のものと同じだった。

 ただそれを言うと、夏陽の苦悩は更に深まってしまう。あくまで友人への気遣いだった。


 しかし、天真爛漫。純情無垢。

 言い換えれば、己の思った事をオブラートに包み込むことなど出来ない正直なミアは、

「へんーー」

 と、エリノアの言葉に続けるように言った。


「ぐはっ!」

 ミアの感想に、妹たる夏陽は深いダメージを負い、大きく仰け反った。

「……止め刺してどうすんのよ」  

 エリノアは苦笑しながらミアを諭そうとしたが、その背後を件の人物が通り抜けたのを見逃さなかった。


 項垂れる夏陽の肩を数度叩く。

「ねぇ夏陽。噂をすれば、あれって……」

 エリノアの指す方向へ、他の三人が視線を向ける。


「おー、はるちん」

 そこには噂をしていた春彦の姿があった。

「げげっ! プライベートであの駄目兄貴を視界に入れたくなかった!」

「…………駄目よ、夏陽ちゃん。自分のお兄さんを駄目なんて言っては……」

 先輩を可愛らしいあだ名で呼ぶミアと、実の兄を貶す夏陽。

 どちらを注意しようか迷ったリリアスは、結局後者を選んでいた。


「珍しい。女の子連れだよ」

「ぐげげげっ!? あ、ありえないっ!!」

 エリノアの言葉を聞いて、兄と分かるなり視線を逸らしていた夏陽は、もう一度自分で確認する。

 それが事実である事を悟ると、恐れ戦き、仰け反りすぎて自分の席から転がり落ちた。

「い、いたた……って、や、やばいよ! 明日は天変地異が起こるよ。それもこの星消滅規模の! 間違いないよ!」

 痛みに打った尻を擦りながら立ち上がると、真顔で主張する。

「ふふっ、凄い言い様ね」

 大層な言葉なので夏陽の冗談だと思ったのか、リリアスがクスクスと笑う。

 しかし、夏陽は真剣だった。

 

 そのまま四人で動向を眺めていたが、

「彼女なのかな?」

 エリノアがふと疑問を口にする。

 ちょっとした問いかけだったが、夏陽は途端に血相を変えた。


「それはない! 馬鹿なこと言っちゃ駄目だよエリっち! なんて事言うの! 女の子に失礼だよっ! 冒涜だよ!」

「え、あ、ご、ごめん。何か……」

 顔を至近距離まで近づけて叱ってくる夏陽に、エリノアは謝罪する他無かった。


 流石に実の兄を馬鹿にし過ぎだと思ったのか、礼儀に関してだけは厳しいリリアスは、夏陽を少し咎めるように言う。

「夏陽ちゃん。もう高校生なんだから、岡垣先輩にお付き合いしてる女性が居ても別におかしくないでしょう?」

「いや、おかしい。物理的にも性別的にも何的にもありえない」

 夏陽は至って真面目な顔で断言する。


「……少なくとも性別的にはあるでしょ」

「お兄さんに対して、そんな風に言っては……」

 夏陽を否定するような口振りの二人に対して、夏陽は、分かった、と頷く。


「ならエリっち、リリー。あの馬鹿兄貴と付き合えるんだね? もし大丈夫なら伝えるよ? 二人ならアタシも安心だし、絶対向こうは断わらないから」

 夏陽の確認に、間髪入れず二人は真剣な表情で答えた。

「明日は大雪に違いないわね」

「大変。暖房器具の準備をしておかないと……」


 そんな三者の深刻なやり取りを他所に、一人ずっと春彦を目で追っていたミアが声を上げる。

「おーー。どっかいく」


 再び兄に注意を戻した夏陽は、険しい表情で叫ぶ。

「やばいっ! く、暗がりに連れ込む気だ!?」

「言い方が……」

「こ、このままだと、岡垣家から犯罪者が出ちゃう!!」

 夏陽は至って真剣だった。


「助けに行く?」

 言うまでもなく、女の子の方を。

 エリノアの問いかけに、夏陽は使命感の篭った目で頷いた。

「当然! 由緒正しい岡垣家を、あんなクソ兄貴のせいで潰させる訳にはいかないよ!」

「夏陽ちゃん。女の子がそんな汚い言葉使っては駄目よ?」


「あら? 待って。あの人……よく見たらどっかで……」

「ん? 何? エリっちあの子知ってんの!? どこの誰!?」

 泡食ったように夏陽が尋ねる。

「あ、いやそれは知らないけど、どこかで見たような…………ミアは何か知らない?」

 エリノアはどうしても思い出せないと、ミアに話を振る。


 二人は大体一緒に居るため、という事もあったが、ミアの記憶力に頼ったということの方が大きい。

 それは言動からするとまるで小学生のようなミアが、エリノア達と同じ高校に通えていることのアンサーでもある。

 実はミアには、一度見たこと聞いた事を忘れない、という程の異常なまでの記憶力があった。

 例を挙げると、ミアは四、五歳の頃からの細かな出来事さえも、明確に記憶している程である。

 なので今回のようによく思い出せない事柄があっても、ミアに聞けば即座に回答を貰えるという事が往々にしてあった。

 ――――ただし、その絶大とも言える能力は、大抵の場合どうでも良い事にしか使われていなかったが。


 ミアはエリノアの質問に即答する。

「う? このまえエリちゃんとなっちゃんがおこったこ」

「私と夏陽が怒った子?」

 他の三人は暫し考え、同時に思い至った。

 言われてみれば、数日前に性質の悪い男に絡まれた時に現れた少女達の中の一人に似ていた。

「「ああっ!!」」

 リリアス以外の二人は声に出してそれを表す。

 

「確かに……この前の女に似てるわね」

 この前の怒りも一緒に思い出したのか、エリノアの言葉に少し棘がある。

「奇妙な縁ですね」

 のん気なリリアスに、夏陽は否を告げる。

「そんなんじゃない。これは……何かあるよ」

 エリノアが同意する。

「そうね。まかり間違っても、春彦先輩とどうにかなる感じの相手じゃなかったしね」

「いんぼーー?」

「そう! これは何かの陰謀に違いない!」

 夏陽はハッキリと頷いてから、

「馬鹿兄貴だけど、このまま見捨ててどうにかなったら目覚めが悪いし……」

 少し不安そうに友人達を見回した。

「皆、一緒に付いて来てくれる?」


 三人は笑顔で応えた。

「この場合はしょうがないでしょ」

「ええ、もちろん」

「おーー」

 

 それらのまるで迷いの無い返答に、夏陽は嬉しそうに表情を綻ばせる。

「ありがとう!! じゃあ、こっそり後を付けよう!」

 四人は直ぐに勘定を済ませると、春彦の消えた路地へと向かうのだった。

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