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その5: どうでもいい展開

 

「やあやあ君達! 今日は良い日取りだねぇ!」


 昼休み、屋上で休んでいた空助とイヴァンは、唐突に話しかけられた。

 良く聞き覚えのある声の主には、二人とも用があったので、その場で立ち上がりつつ振り返る。

 想像通り、春彦が屋上へのドアの所に立っていた。満面の笑みを絶やさず、二人の元に歩いてくる。

 

「てめぇ、今頃来やがって」

「ははは! 気に掛けてくれていたのかね空助君。ありがとう。流石は我が盟友!」

 理由は誰も知らなかったが、春彦は午前中は学校に来ていなかった。

 いつも通りにフケていたんだとばかりに思っていた二人だったが……。


「……何だこいつ?」

 春彦の気持ち悪いほどの高揚感が伝わってきて、さしもの空助も戸惑いを隠せなかった。

「春彦、ごきげんだね。昨日はあれからどうしたの? 携帯に連絡しても返事がなかったから心配してたんだよ」

「ははは! それはありがとう! 君のような友人を持てて、俺は幸せ者だ!」

 などと言いながら、イヴァンの肩をバンバン叩いてくる。

「……変なものでも食べたの?」

 流石にイヴァンも唖然とする。


「ああ、"ジャパン"は今日も空が青く澄んでいる。絶好の昼食日和だ」

「…………」

「…………」

 ちなみに、今現在は曇りで、空全体が灰色に覆われている。雨すら降りそうな気配だ。

 熱い眼差しで空を見つめる春彦は、一体何をそこに見ているのか。

 少なくとも二人と同じ景色ではないようだった。


「優しい陽射しが俺を包み込む。まさに至福のとき! ああ、こんなに幸せでいいのでしょうか?」

 春彦は独演する。

「気の置けない友人達と共に、穏やかな学校生活。これぞ青春といわずして何と言おうか! 午後の授業も彼らとなら乗り切れるというものだ!」

「あ、そういえば、午後に数学の臨時テストがあるって」

 イヴァンの進言に、春彦はピタリと動きを止めた。

「…………それはそれとして」

「はぁ」


「ち、回りくどいこと言ってねえで、とっとと本題に入れよ」

 空助が吐き捨てる。

 二人の関心はそれだけだった。

「どうせ、あの女の子と何かあったんでしょ?」


 その質問を待っていたのだろうか。

 春彦は屋上のフェンスによじ登り始め、上まで登りきるとそのまま空へ向かって雄叫びを上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおお、シオリちゃん好きだあぁぁぁぁ!!」


「よく……分かったよ」

「どうせ相手にされねえだろ」

「ふっふっふ! 空助君何を言ってるんだね? 昨日までの俺を、今日の俺と同一人物だと思ってくれるなよ?」

 春彦は含み哂いをすると、一気にフェンスを飛び降りる。

 華麗に屋上に降り立った春彦は、空助を見てニヤッと笑った。

 その人を小馬鹿にしたような笑みは、二人を苛立たせるのに十分だった。


「……何だ。俺らの知ってる春彦じゃねえのか」

「なら友達じゃないし、話を聞く義務もないね。昼食も食べ終わったし、戻ろうかアキ君」

「そうだな」

 二人はあっさりと、春彦を置き去りにして屋上のドアへ向かう。

 最初は余裕を見せていた春彦だったが、本気で二人が校舎の中に消えようとしているのを察すると、急いで追いかけ空助に飛びついた。

「お待ちになってえええええええええええぇ! うそうそ! 俺、俺。俺ですぅ! 俺のままだから話を聞いてぇ!!」

 その表情は必死そのもので、とても見るに耐えない。


「暑苦しい! くっつくな!」

 イヴァンは「仕方ないなぁ」と口の中で呟くと、溜息混じり質問する。

「はぁ。で、結局どうなったの?」

 すると、春彦は徐に立ち上がり、真顔で二人を見返した。

 だが己の内から溢れる想いを抑え切れなかったのか、直ぐにニタニタと嫌らしい表情になっていく。

「うふふふふふふっ」

 目尻が下がりきったその表情は、邪な想像をしているとしか思えない。


 春彦は一度コホンと咳をすると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、高らかに宣言する。 

「実は私こと不肖岡垣春彦! 昨日の女の子と明日、デートすることになりました! うおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」


 ひゃっほう、と独りで勝手に盛り上がる春彦を他所に、空助達の反応は静かなものだった。

 ただ、一言も発さぬ代わりに、疑うような視線は送っている。


「ふっ、そんな冷たい反応でも今の俺はめげないぜ!」

 春彦は大きく頷く。

 急に真面目な顔になると、

「思えば苦難の道だった……」

 しみじみと述懐する。

「今まで何人もの女の子に声を掛けるも、残念ながら諸事情により、一人としてデートまで漕ぎつけるところまでいけず……」

「何人? おいおい。何十、いや何百人の間違いだろ?」

「それに全く相手にもされてこなかった筈なんだけど、何かちょっとは善戦していた風に聞えるね」

 春彦は二人の突っ込みを完全に無視した。


 両手を天に向かって突き上げると、

「だが、そんな俺にも遂に春が来た! 来たんだあああああああああああ! ヒャッホーーーーイ!!」

 喝采を上げた。バイザイしたまま屋上を走り回る。時折エアーハイタッチを繰り返しては、雄叫びを上げた。

 そのあまりの喜びように、唖然とした二人は、ただただボーと春彦の様子を眺めていた。


 ひとしきり喜び終えたのか、ようやく春彦は動きを止めた。

 顔だけを空助達に向けて言った。

「そうだ。このまま彼女と上手く行った暁には、良かったらトリプルデートとかしねぇ? って、ワリィ。お前等一人身だったな」

 一人で言っては一人で突っ込む。所謂、一人突っ込みである。

 自分の言葉が面白かったのだろう。春彦は爆笑するが、二人は欠片も面白くなかった。

 春彦は続けて、

「だが安心しろ。彼女の友達を紹介してくれるよう、俺が頼んでやるよ。お前等とも長い付き合いだからな」

 したり顔でそんな提案をしてくる。

 まだ付き合うどころか、デートすらしていない立場なのにもかかわらず。

 

 二人はにわかに苛立ち始めた。

「完全に調子に乗ってるね。まぁ、春彦だから仕方ないけど」

「もう頼まれても護衛なんかしねぇ」

 吐き捨てるように言うと、粘りつく様な視線を春彦に送った。

「ああーーーー! 明日が待ち遠しい!!」

 当の本人は、友人達の苛立ちを募らせていることには、全く気付いていないようだった。

 


 一人喜ぶ春彦を見ながら、イヴァンが口を開く。

「……ちなみに、僕はすっぽかされる、に昼食賭けるよ」

 二人は春彦の口から女の子の話が出る度に、度々こうして結果を賭けることが常だった。

 こうした楽しみでも設けないと、春彦の鬱陶しい話などに付き合っていられないからだ。

 そして、基本的に両者とも、あくまで上手くいかない事は大前提としての予想であった。今までもこれからも。


 対して、空助はその賭けに乗った。

「俺は、そもそも約束なんかしてなかった、ってのに昼食賭ける」

 突飛な回答にイヴァンは目を丸くする。

「え? それって春彦が勝手に約束したつもりになってるってこと? 幻想? それは…………酷だねぇ」

 狂信者、そんな言葉がイヴァンの脳裏に思い浮かんでいた。

 ただ実際に約束を取り付けたと春彦が主張する当時の状況を想像してみて、イヴァンは大きく頷いた。

「でも、大いにありうるね」

「だろ?」

 空助も自信有り気に答える。

 そういうフィルター(偏見)をかけて、二人はもう一度春彦を見た。


「親父ぃ! お袋ぉ! 明日アンタ達の息子は大人の階段を一歩登るぜぇ!!」


「……哀れな奴だ」

「……可哀想を通り越して、もはやホラーだよ」

 二人は恐れ慄くような目で、昼休みが終わりきるまで春彦を眺め続けた。



***



 いつものようにHRが終わり、そして放課後となった。

 特定の部活には入っていない空助とイヴァンの二人は、そのまま下校する。

 時々一緒に下校している、他の幼馴染達も今日は誰も捕まらなかった。

 なので二人だけで肩を並べて帰る。これが最も多い下校時の光景だとも言える。

 そのまま何事も無く、二人は学校のある町から、数駅離れた自分達の町へ"電車"で移動する。

 

 空助は自分から話題を振るようなタイプではないので、二人きりの場合はその役割はイヴァンが担う事になる。

 大抵は取り留めの無い事を話しながら帰るのだが、

「春彦、授業が終わると同時に飛び出して行ったけど……大丈夫かな?」

 人の良いイヴァンは、春彦が一人でいるところを不良に教われないかを心配していた。

 目の前で春彦が殴られていても何も気にならない。

 が、見えないところで殴られるのは心配だという、複雑な心理が働いていたのだった。


 ただし、空助は全く気になっていないようだ。

「知るか。そもそも先に手を出したのはアイツじゃねえか。自業自得だ」

 そう言うと、口の奥でふって沸いた欠伸を咬み消しながら、一度背伸びをする。

「そんなことより、今日からいつもより訓練時間を少し増やすぞ。"選抜戦"も近いからな」

「それはいいけど……ん?」

 空助の提案に頷いていたイヴァンが、急に前方を注目する。


「何だろ? 昨日の人達と同じ制服着てる集団が居るよ」

「お礼参りか?」

 空助も煩わしそうな顔で、同じ所へ視線を向けた。

 確かに格好からして昨日の不良達だろう。見覚えのあるロールパンのような髪をした男も居る。

 人数は昨日の半数程度か。誰かを待っているかのように、同じ場所でうろついていた。


「あ、こっちに来るみたいだよ。ターゲットが、春彦からアキ君に移ったってことなのかな?」

「めんどくせぇ話だな。特に春彦の代わりってのが」

 空助は心底嫌そうに言い捨てた後、気分を切り替えるように短く息を吐いた。

「まあいい。アイツらで訓練のウォーミングアップをさせて貰う」

 両手を開閉しながら、ボキボキと骨を鳴らす。

「可哀相に……」

 イヴァンの憐憫の眼差しが、不良達へ向けられる。


 二人もそのまま躊躇う事無く不良の集団に近づいていく。

 不良達は壁を作り通せんぼするかのようにバラバラと横一列に並んだ。

「おい、待てよ!」

 その中の一人が話しかけてくる。


「何だテメェら、昨日の仕返しのつもりか? 上等だ」

 そのまま歩みを止めずに、わざと不良達にぶつかって行く空助だったが、それを不良の一人が慌てて止める。

「ま、待てよ! 早まんな、ちげーよ! 今日は別の用事があって来たんだよ!」

 空助の動きが止まる。

「あ?」

「どういうことですか?」

 空助の後ろに居たイヴァンが脇からひょっこり顔出して確認する。

 対峙するだけで気力を使う空助より、余程話しやすい相手が居た事にホッとしたのだろう。

 彼らは怯えを消して、話を続ける。

「あ、ああ。ただ、先に確認しときてぇ事がある」

 

 一呼吸置いて、

「見生……お前は、あの女のツレか?」

 そんな事を確認してきた。


「"あの女"? どの女のことだ」

「昨日お前と一緒にいた野郎が連れ去った女のことだ」

 言われて、空助は思い出したように、ああ、と呟く。

「分かんねぇな……それがどうした?」

「いいから! 質問に答えろ!!」

 強い口調で返答を促す不良に、空助の目が鋭くなっていく。


「コラ、人に質問しといてその態度か? やりてぇのならそう言え。こっちは鬱憤が溜まってるんだからよ!!」

「ま、待て。悪かった。今はお前と構えるつもりはねぇ」

「ち……」

 空助が残念そうに舌打ちをしたのを、イヴァンだけは聞き逃さなかった。

 どうやら挑発して怒らせ、乱闘に持っていくつもりだったらしい。

 イヴァンは苦笑し、代わりに返答する。


「えーと、昨日の彼女なら僕達は知らない子でしたよ? ね?」

「ん、ああ……初めて見る顔だったな」

 昨日のこともあって、空助と敵対することにならないかを本当に恐れていたのだろう。

 空助の答えに、不良達ははっきりと安堵の表情を浮かべていた。

 念を押す様にもう一度確認してくる。

「そうか。ならお前は無関係ってことだな?」


「そうなるな……だが」

 空助は同意しつつも、言い終わりに逆接をつけた。

 双眸は獰猛な気配を放ち始めている。

「一人の女を大勢でどうにかしようって野郎(クソ)どもを目の前にしておきながら、他人面する程、俺は人間腐ってねえぞ?」


 一歩踏み出した空助に、不良達は後ずさりながら首をブンブンと振る。

「ま、待て。そ、そんなんじゃねえ! お前が考えてるようなことの為に、あの女を追ってるじゃねえんだ!」

 必死に話す不良には、嘘を言っているような感じは受けない。

 イヴァンが尋ねる。

「でしたら、理由を教えてくれませんか? 一応、関係者の友人も居るので」

「それは、昨日の野郎のことか? もしお前等のダチなら忠告しといてやる」

 不良は空助、イヴァンの順に視線を向けて、空助に視線を戻す。


「多分アイツはカモにされてんぞ」

「……どういう事だ?」

 空助の問いかけに、不良達は事情を説明し始めた。


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