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その3: とるにたらない頼み

 

 とある週明けの日の昼。

 学校の屋上で少年が二人、一面に広がる青空をボンヤリと眺めていた。

 フェンスの前のアスファルトの上に直接腰掛け、丁度いい陽射しを体中で浴びる。

 昼食を終え、腹も膨れているところに何をするでもなくくつろぐのは、正に至高の時間であった。

 

「ああ……今日はいい天気だねぇ」

 心底気が緩んでいるイヴァンが、半ばトロンとした目で呟く。

「そうだな」

 同意した少年はまるで睨むように空を見上げている。が、それが彼の素の表情であり、実は十二分に気を緩めていた。

 胡坐を組み、背筋の伸びた良い姿勢で、雲の動きを何となく目で追い続けている。


「今週末からは、また雨が数日続くらしいけど……」

「"選抜戦"の日に晴れてりゃいい」

 イヴァンの情報について、少年はそう言い切る。


 少年の言う"選抜戦"とは、近々予選が開催される全銀河規模の大会。『全銀河連盟下高校魔法選手権』の、学校代表を決める代表決定戦のことである。

 代表は様々な種目ごとに選抜され、少年とイヴァンはその中の一種目である"武闘"と呼ばれる種目に出場する予定だった。


「え、でも"武闘"は武道場でも行えるから、別に雨でも関係ないんじゃ?」

「気分の問題だ」

「はは、なるほど」

 少年が珍しく感傷的なことを言ったので、イヴァンは少し驚きつつも、笑みがこぼれた。

 普段は質実剛健を地で行く少年が、無意識に似合わない事を言ってしまうくらいである。

 それほど大会に掛ける想いが強いという証でもあろう。

 とはいえ、それを指摘する気はイヴァンにはさらさら無く。

 今はこの束の間の休息を、隣の少年。見生空助に堪能して欲しいと思っていた。 


 ふと見上げる空はどこまでも青く。

 間もなく始まる饗宴が、誰に対しても思い出深いものになるであろうことを漠然と予感させた。

 自分達の闘いはこれからだ―――――



「なんて、言ってる場合じゃねええええええええええっ!」



 穏やかだった昼休みは、突然に闖入者によって無残に破られた。

 叫びと共に現れた男は、手に持った焼そばパンを固く握り締めながら(盛り上がった具が地面に落ちている)、二人の目の前に回りこむ。


「……いきなり現れて、何訳のわかんねえことを言ってやがんだ」

「流石春彦。何を考えて生きてるのか全く分からないや」

 空助とイヴァンは、この人物のこうした言動には既に慣れっこになっていた。

 今も動じる事無く、その場から全く動いていない。座ったまま呆れた顔で春彦を見上げていた。


「そんなことはどーでもいい!」

 そんな二人の冷ややかな態度にも、春彦は全く動じない。

「やばいんだよ、助けてくれ! いや、違う。助けてくれ!」

 一層悲壮な顔で、主張を続ける。

 しかし、焦りが過ぎてか、何を言いたいのか全く分からない。


「うん。テンパっているのだけは、伝わってきたよ」

 イヴァンは笑顔で頷いてこそいるが、その目は哀れなものを見るような憐憫の色に満ちている。

「伝わったか!? なら、助けてくれ! 困ってるんだ」

「うるせえな……」

 空助にいたっては、春彦の方を見ようともしていない。

 ただし、眉間の皺は徐々に深まっていっていた。

「助けてくれないと、俺の命が――――」

「あ、そろそろお昼が終わるね」

「そうか。なら戻るか」


「お願い聞いてよおおおおおおおおおおおおおお!!」

 全く相手にしようとしない二人に、遂に春彦は泣き出した。

 溢れる涙そのままに、立ち上がった空助の腰に縋りつく。

「うぜえっ! 放せ!」

「うぐぐぐぐぐぐ、いひゃダ……」

 空助は春彦の顔を力任せに押すが、それでも離れない。

 体格の良い空助は、それに見合う以上の膂力がある。

 その空助の力を持ってしても、春彦は引き剥がせない。ということは、余程話を聞いて欲しいのだと思われた。


「うげっ! 手を噛むんじゃねえぇ! 汚ねぇだろうが!!」

「ごはぁっ! いひゃだ! てつはってくへるまへは……っ!」

「クソッ! 離れろっつってんだろうが! 鬱陶しい!!」

「ぐでぶっ!」

 苛立ちが我慢の限界まで達し、空助は武力行使に走る。前蹴りで春彦を強引に蹴り剥がした。

 春彦もこれには耐えられず、ビタンと仰向けに倒れ込む。


「たすけでぐれでもいいじゃないかぁ~~~~。おれだち、じんゆうだろう!?」

 何とか起き上がるが、足に力が入らないらしい。地面を芋虫のように這うようにして空助に近づいていく。

 その様子が気色悪かったのか、多少及び腰になりながらも、空助はきっぱりと言い返す。

「お前とそんな関係になった覚えは無い」


「ならトモダチでいいがら! たすけてぐれよ~~~~」

「だからくっつくなっ!」

 再び取り縋ってきた春彦を、空助は再度蹴り転がす。

「あひんっ!」


「ま、まあまあ。なんか春彦も本気ぽいから、話だけでも聞いてあげようよ。時間ももうそんなに無いし」

 二人の不毛な争いを苦笑しつつ見ていたイヴァンが、"携帯"をポケットに仕舞い込みながら、春彦に助け舟を出した。

 春彦の肩を持ったようにも見えるが、実の所は次の授業の前に簡単に予習をしたかっただけだった。

 そんな裏の意図を知る由も無い春彦は、表情を輝かせる。

「イ、イヴァン様ぁ~~!!」

 そして、感謝するようにイヴァンの足に抱きついた。

「あ、ホンと邪魔臭いね」

 イヴァンは笑顔だが、その目は笑っていない。


「話っつっても、どうせ女にちょっかい出したら、実はソイツには彼氏がいて脅されたとかなんだろうが」

「いつものことだね」

「ち、ちげーよっ! お前ら俺のことをどういう目で見てるんだよ!」

 二人は疑わしさに満ちたじと目で春彦を見つめる。

「酷い!」

 友人達の思いが伝わり、春彦はむせび泣く。 

「違うぞ! 今回はそんなんじゃねえよっ! 人助けなんだ!」


+++


 春彦の話は単純だった。


 先日、春彦は見知らぬ人が、街で不良に襲われていた場面に出くわした。

 本来なら助けを呼びにいくところだが、緊急性が高そうだったこともあって、勇気を振り絞り中に割って入った。

 そして、何とか救い出すことに成功。

 その人物を逃がせたまでは良かったが、結局春彦の顔が割れてしまい、それから不良に追われているのだという。

 今朝も登校途中で狙われたらしい。


 と言うのが春彦の話だった。

 が、二人は疑わしい……というより、話を大幅に脚色しているだろうことは確信していた。

 しかし残念ながら、春彦の分かりにくい話を要約するのに多大な労力を要しており、いちいち指摘する気力は湧かなかった。


 その代り、

「……で、その襲われていた奴は」

「女の子なんだよね?」

 二人は期待少々。恐れ大半な表情で確認する。


 春彦は至極当然といった顔で言い放つ。

「当たり前だ! 何で俺が身体を張って、男なんぞ助けにゃならん!」


 その言葉を聞いて、二人は途端に安心した表情になった。

「はは、やっぱり春彦は春彦だね。良かった。危なく尊敬しちゃうところだったよ」

「焦らせんな」

「ん? まあともかく、そういうわけで今日から一週間、俺んちまでの護衛を頼みたいんだよ」

 

 魔法の素養はあるものの、腕っ節はそこいらの中学生にも劣るだろう春彦である。

 話を聞いた段階で、春彦の頼みの内容は二人とも薄々分かっていた。

 それを理解した上で、二人は渋面になる。 

 春彦の家と二人の家は2km以上離れている。ちょっと寄っていく、というような距離ではない。

「僕等は……大分遠回りになるね」

「知るか。そいつらが飽きるまで、逃げ続けたらいいだろうが」 

 そんな婉曲的な断りと、キッパリとした拒否を聞いても春彦は諦めない。


「頼むよ! 家の余りものの菓子やるから!」

「んなもんいるか」

 甘い提案を、即座に切り捨てる空助だったが、

「お前が食べなくてもミアちゃん達が食べるだろ? 家のはおやつに最適だぞ?」

 と、春彦はしつこく粘る。


「確かに、春彦の家の御菓子は美味しいよね。春彦はそれに何にも寄与してないけど」

 イヴァンが言うように、春彦の家で出される御菓子は美味かった。

 というのもある意味当然。春彦の実家は老舗の菓子屋を営んでいるのである。

 二人は以前遊びに行った時に、余りもののお菓子を振舞われ、その美味さを存分に味わっていた。

 なので確かに、中々に魅力的な提案とも言えるだろう。

 

 ただ、イヴァンとは違い。空助は甘い物がそれほど好きではない。

 お菓子に空助を引き付けるだけの魅力は無かったが、それはあくまで空助一人の事を考えた場合である。

 春彦が嫌らしく名前を挙げたように、空助の幼馴染(ミア)達は例外なく甘いものが大好物なのであった。

「だろ? な? それで頼むよ」

「何てアイツらのオヤツの為に……」

 吐き捨てるように言ってはいるが、空助の言葉の中に先程までの拒否感は感じられない。


 それを察した春彦は、勝ち誇ったようニヤける。

「などいいつつ、結局は愛しい幼馴染達のおやつの為に、要求を呑む心優しい空助なのであった!」

「じゃあな」

 空助はスタスタと校舎の方へ歩き出す。


「うそうそうそうそです! 冗談! 冗談ですぅ! ちょっとした冗談じゃない空助さん!」

 春彦は慌てて空助の前に回りこみ、懸命に拝み続けた。

 イヴァンはそんな春彦を横目で見ながら、困ったように空助に進言する。

「これまでと比べると今回はそれほど不純な動機じゃないみたいだし、それにきっとずっとうるさいだろうし。アキ君ここは……」


「イヴァン様!! 流石イイ男は違う!」

「……やっぱり止めようか?」

 うざったい合いの手に、急速にイヴァンは冷めた表情になる。


 それから暫くやり取りは続いたが、結局粘りきられる形で、二人は春彦を護衛することになった。


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