院長セレフィーナの視点
雨に濡れた孤児院の屋根が轟音の中で揺れている。
ドラゴンの咆哮が、まるで空まで裂くかのように響き渡る。
――あの子は……リオは……
セレフィーナ・ヴェイル―私は胸を締め付けられながら息を整えた。
この世界で人間は基本的に1属性の魔法しか使えない。魔力の強い貴族たちは時々2属性、強い者になると3属性の使い手が稀に存在する。
だが、灰色の瞳を持つあの小さな少年、リオは生まれたときから特別な存在だった。人々はリオの髪の目の色を気味悪がるが、彼らは知らない。
リオはこの世に類稀なる全属性の力を秘める子だと――魔法の全属性は伝説と言われる。いや、伝説と言われるほどだから、誰もそんな人間がこの世にいるなんて考えもしない。
リオの瞳は灰色だが、昔から物事を深く考えたり感情が大きく揺さぶられると灰色の瞳の中にちらりと色を増した。それは赤だったり青だったり、時には虹色だったり様々だ。だが、周りの者たちはリオを気味悪がってその瞳をしっかり見たことはないのだろう。
だから私は周りや本人には知らせるつもりはない。教えれば悪い大人がリオを引き取り、悪用する可能性もあるからだ。
思い返す。赤ん坊のリオを抱いたあの日――リオは小さな手で私の手を握り、泣きながらも不思議な安らぎをくれた。私を見るとわんわん泣いていた赤ん坊はぴたっと涙を止め、私に笑いかけた。
あの時から私は誓った――「この子を守る」と。
しかし今、目の前に迫るドラゴンは容赦しない。
私が真っ先にリオを抱き上げて街へ逃げれば、それを見た誰かがその力に気づき、あの子を直接狙うかもしれない。だから、あえて――見捨てるように見せるしかない。
「みんな、街の中へ!」
声を張り上げ、同時に敵から身を守る大きなシールドを上空に放ち、混乱の中で子どもたちを導く。
この巨大な力を持ったドラゴンが私の結界を破るのも時間の問題だ。
「ヴァルク様、来て―」
ドラゴンの混乱に乗じて、私は密かに彼を呼び寄せる呪文を放つ。
呪文を放ったあとすぐにドラゴンの爪が孤児院の壁を叩き、瓦礫が舞う。結界の一部が破られたのだ。
その瞬間、リオと確実に目があった。
リオの目は信じられた者に裏切られたであろう悲しい目をしていた。何故あんなに幼い子供を駆け寄って助けてあげられないのだろう。私の力は弱すぎる。むしろかえってあの人の邪魔になるだけだ。私の胸は張り裂けそうだった。
リオはまだ取り残されているが、絶対に大丈夫。あの人は必ずくる。
私は胸の奥でつぶやく。
「リオ、あなたを見捨てるように見せるのは……すべてあなたのため。わかってほしいなんて言わない。私よりももっと強い人のもとで守ってもらって幸せになってほしい。」
ドラゴンがリオを見つけて攻撃しようとしたとき、空からあの人が現れリオをドラゴンから守った。
リオは一瞬、恐怖と驚きで固まった。少し泣きそうな顔は私が彼が赤ん坊のときから知る面影を残している――その瞬間、胸が締め付けられ、涙がこぼれそうになる。
私は他の子どもたちと共に孤児院の反対側から逃げる。
孤児院に残る影に、心の奥でリオに誓う。
――いつか、灰色の瞳の少年が、自分の力で世界を切り開く日が来ることを、私は知っている。
そして、私はその日まで――見えなくても、リオを守り続ける。
夕暮れの雨がやみ、孤児院に差し込む光が虹となる。
リオの灰色の瞳にはまだ届かないが、いつか理解するだろう――リオ。あなたは世界で特別な存在。
そして、私の一番大切な愛しい子。




