修行のはじまり(1)
鳥の声で目が覚めた。
「……」
しばらく天井を見つめる。見慣れない木の天井。
窓から朝の光が差し込んでいる。そこでやっと思い出した。
「……あ」
ここは孤児院じゃない。ヴァルクの家だ。
僕はゆっくり起き上がる。
窓の外を見ると、森の朝霧が静かに流れていた。
循環の森。
昨日歩いてきた森の名前だ。なんとなく空気が澄んでいる気がする。僕は服を整えて部屋を出た。廊下は静かだった。木の床が小さく軋む。リビングに行くと、ヴァルクはすでに起きていた。机の上に地図を広げている。
「起きたか」
「は、はい!」
僕は慌てて背筋を伸ばす。ヴァルクはちらりとこちらを見る。
「朝飯を食え」
机の上にパンとスープが置いてあった。
「え……」
思わず驚く。ヴァルクは椅子に座ったまま言う。
「修行は体力がいる」
「空腹で倒れられても困る」
僕は慌てて椅子に座った。
「いただきます」
温かいスープを飲む。それだけなのに、体が少し落ち着いた。食べ終わるとヴァルクが立ち上がる。
「来い」
家の裏へ歩き出す。僕も急いでついていった。扉を開けると、そこには小さな広場のような場所があった。地面は踏み固められており、周囲を木々が囲んでいる。そして地面の一部には薄く消えかけた魔法陣の跡。
僕は思わずそれを見る。
「ここで修行する」
ヴァルクが言った。
僕は緊張してうなずく。
「はい」
ヴァルクは腕を組む。
「まず聞く。お前、魔法は何が使える」
僕は少し困った顔をした。
「……全部、少しだけです」
ヴァルクの眉がわずかに動く。
「光も?」
「はい」
「闇もか」
「できます、たぶん」
ヴァルクは少し黙る。
そして短く言った。
「出してみろ」
僕は地面に手を向ける。
何を出せばいいのか分からない。頭の中で魔力を探す。その時、体の奥でなにかが揺れた。自然と、頭に浮かぶ。
……光
僕の手のひらの上に小さな光の粒が生まれた。
暖かい光だった。朝日みたいに優しい光。
ヴァルクの目がわずかに細くなる。だが次の瞬間、その光がゆらりと揺れた。そして、光の影から黒い霧のような魔力がにじみ出た。
「……闇?」
僕自身が驚く。
光の隣に小さな黒い球が浮かんでいた。まるで影の塊。光と闇が同じ手の上に浮かんでいる。森の空気が静まり返る。ヴァルクは一歩だけ近づいた。その目が鋭くなる。
「……もういい」
低い声だった。
僕は慌てて魔法を消す。光も闇も霧のように消えていった。
2人の間には沈黙が流れた。……それだけだった。小さな魔法しか出せない僕はまた、恥ずかしくなる。
「……すみません」
「いや、予想以上だ。」
予想外の言葉に僕は驚く。でも、その声は少しだけ重かった。
ヴァルクは視線を落とす。リオの手の甲。灰色の痣がほんのわずかに光っていた。すぐにリオの不安と驚きの顔をじっと見つめ、答える。
「流れがバラバラだ」
そう言って地面に円を描いた。
「魔力は流れだ。流れが整えば強くなる」
僕は真剣に聞く。ヴァルクは指を立てる。
「まずは一つ。火だけ使え。それから何を使うか最初は言葉にしろ。」
「え?」
「全部使おうとするな。声に出すことで何を使いたいかを確信でき、より集中できる。」
僕はうなずく。
「はい」
ヴァルクは心の中で呟いた。
カイル...お前がこれを見たら何と言っただろうな。
光と闇。本来共存することのない力。
それが今ちっぽけな少年が簡単にやってのけた。
この少年はまだ知らない。自分がどれほど異常な存在なのか。
2人が真剣に修行をしているとき、家の窓から風が吹いた。リオが使っていいと言われた部屋の窓。
その机の引き出しがカタッと小さく揺れる。中には古い紙が入っていた。そこに書かれている言葉。
「灰色の魔力」
「魔力循環」
そして
小さな署名。
「K.S」
風が森を抜ける。循環の森の静かな朝。
少年の修行が今、始まった。




