森の隠れ家
孤児院を離れてから、どれくらい森の中を歩いただろう。もう随分と森の奥にきた。高い木々が空を覆い、葉の間から落ちる月明かりは地面にまだら模様を作っている。
僕は前を歩くヴァルクの背中を必死で追いかけていた。
「……はぁ……」
もうずっと歩いてくたくただ。息もずっと上がっている。でも、弱音は言いたくない。
ヴァルクは振り返らずに歩いている。まるで森の中の道をすべて知っているみたいだ。そうしてしばらく歩いたところで、彼がふいに口を開いた。
「ここは循環の森だ」
「え?」
僕は少し驚く。ヴァルクは歩きながら続ける。
「魔力が集まりやすい森だ。昔から魔導士が研究に使っていた」
僕は周りを見る。普通の森に見える。
でも――なんとなく空気が違う気がした。風が吹くたびに、森全体が呼吸しているみたいだった。
「……もうすぐだ」
ヴァルクがそう言った。その直後、森が少し開けた。そこにあったのは小さな家。石と木で作られた古い家だった。屋根には煙突が生え、びっしりと苔とツルで覆われていた。
周りには木の柵。そしてその外側に奇妙な石が円形に並んでいる。ヴァルクは柵の門を開けた。
「入れ」
僕は少し緊張しながら中に入る。その瞬間だった。
ピリッ
手の甲に痛みが走った。
「っ……」
思わず手を見る。灰色の痣が、ほんの少しだけ
じんわり熱を持っていた。
「どうした」
「い、いえ……」
僕は慌てて首を振る。ヴァルクは石の方を指した。
「結界だ」
「結界?」
「魔物避けの魔法陣」
石を見ると、表面に細かい文字のような模様が刻まれている。
「ここには魔物も来る。だから守ってる。石を踏むなよ。」
ヴァルクは淡々と言った。
僕は少しだけ背筋が寒くなる。魔物。孤児院を襲ったあの存在が頭をよぎる。ヴァルクは扉を開けた。家の中は思ったより広かった。
木の机。椅子。暖炉。そして―...壁一面の本棚。
「……すごい」
思わず声が出る。本がぎっしり並んでいる。
魔法書だろうか。地図や古い巻物も見える。
ヴァルクはコートを椅子にかけた。
「今日からここに住め」
僕は目を丸くする。
「え、いいんですか?」
ヴァルクは短く答える。
「嫌なら帰れ」
「い、いえ!住みます!」
僕は慌てて言った。ヴァルクは少しだけ息を吐く。そして廊下の奥を指した。
「部屋はそこだ」
小さな扉がある。僕はゆっくり近づき、扉を開けた。中は質素な部屋だった。ベッド。机。小さな本棚。窓から森が見える。
でも、なぜか少しだけ古い感じがした。
机には細かな傷。
壁にも、何かがぶつかったような跡。僕は机に手を触れる。その瞬間。
ズキッ
手の甲の痣が痛んだ。
「……?」
不思議に思って手を見る。痣はの痛みはもうなかった。
「どうした」
背後からヴァルクの声。
僕は振り返る。
「いえ……なんでもないです」
ヴァルクは少しだけ部屋を見る。ほんの一瞬だけ表情が変わった。でもすぐ元に戻る。
「今日は休め。修行は明日からだ」
僕はうなずいた。
「はい」
ヴァルクは部屋を出ていく。扉が静かに閉まる。部屋は静かだった。僕はベッドに寝転び窓の外に目を向ける。森の奥、風が葉を揺らしている。
孤児院、ライル、セレナ院長、ドラゴン...
今日はいろんなことがありすぎて、身体はくたくたですぐに深い眠りに落ちた。
家の別の部屋でヴァルクは窓の外を見ていた。静かな森。小さく呟く。
「……カイル」
視線をリオの部屋の方に向ける。
「あいつの部屋を使わせることになるとはな...」
その声にはどこか複雑な感情が混じっていた。
森の奥で深い夜がゆっくり降りてくる。
そして誰も知らないまま物語は静かに動き始めていた。




