灰色の魔力(ヴァルク視点)
森は静かだった。月明かりが木々の隙間から差し込み、夜の空気を銀色に染めている。後ろから足音が聞こえる。
...軽い。
...そして遅い。
ヴァルクは小さく息を吐いた。
振り返ると、灰色の瞳の少年が必死に走ってきている。
リオ。孤児院で出会った少年。息を切らしながらも、必死についてくる。
「弟子にしてください」
あの時の言葉が頭をよぎる。
ヴァルクは歩くのを止めた。森の少し開けた場所。ここならいい。
「ここでいい」
少年が驚いた顔をする。
「え?」
「魔法を使え」
短く言う。少年は戸惑った顔をした。
しかしすぐに小さな炎が生まれる。
弱い。弱すぎる。すぐに消えた。次に風。
落ち葉がわずかに動くだけ。そして水も、少ししか出ない。少年は俯く。
「……すみません」
ヴァルクは黙っていた。だが、確実に驚いていた。
この少年の近くにいた赤い髪の少年もそうだが、まずこの年齢で魔法なんて普通は使えない。
さらに使えるのは貴族の者たちがほとんどだ。
それなのに逃げ惑う中、あの孤児院の子供達のほとんどから魔力を感じた。
この少年も魔法を使うのが当たり前だと思っている。しかも今使おうとしただけで3属性。
世界的に見ても3属性が使える魔導士は世界に数人だ。
さらにこの世界で魔法を無詠唱で使える魔導士はほとんどいないだろう。この少年の年齢にして考えれば、おそらく世界でこの子供だけだ。
それからこの何とも言えない違和感が消えない。孤児院で見た時からだ。3属性も使えるのに魔力が感じられない灰色の瞳に髪。
そして――あのドラゴンは初めからこの少年を狙っていた。
ヴァルクは言った。
「瞳を見せろ」
少年が近づく。月明かりの下、その瞳を見る。
灰色。だが――ただの灰色ではない。深い。
底が見えない。
「……灰色」
ヴァルクは小さく呟いた。ありえない。
「手を出せ」
少年の手を取る。
手の甲。そこにある灰色の痣。
ヴァルクの目が細くなる。
これは……
ただの傷ではない。痣の奥にうっすらと、目を凝らしてやっと見えるくらいの見たこともない魔法陣が隠れている。しかも古い。非常に古い。
ヴァルクは指で軽く触れる。その瞬間、少年が息を呑む。
「っ……!」
痣が一瞬光る。ヴァルクの胸がわずかに揺れた。
やはり……
数年前、セレナからの伝書があった。そこには短く書かれていた。
「世界は変わる」
その意味をヴァルクはずっと考えていた。
だが今、確信に近づく。
魔力が……
ヴァルクは少年を見る。弱い魔法。少ない魔力。普通ならそう見える。だが違う。ヴァルクには分かる。
...多すぎる。
魔力が体の中でぶつかり合っている。まるで複数の川が無理やり一つの場所を流れているようだ。ヴァルクは言う。
「お前、魔力が少ないと思っているな」
少年がうなずく。
「……はい」
「違う」
少年が驚く。
「多すぎる」
少年の目が見開かれる。当然だ。理解できるはずがない。ヴァルクは空を見る。
(セレナ……お前は最初から知っていたのか)
灰色の瞳。魔法陣の痣。異常な魔力。偶然とは思えない。だが今答えを出す必要はない。ヴァルクは立ち上がる。
「明日から修行だ」
少年が驚く。
「え?」
「まず魔力を整える」
それが出来なければこの少年はいつか壊れる。
ヴァルクは背を向ける。歩き出す。
「あの、名前...!」
「ヴァルクだ。」
「ヴァルク...」
後ろで少年が小さく呟いた。
ヴァルクは少しだけ空を見た。月が雲から出る、静かな夜。その時だった。後ろからわずかな魔力が揺れる。ヴァルクが振り向く。少年の手の甲。痣が一瞬だけ光った。ほんのわずか。だが確かに。ヴァルクの目が細くなる。
心の中で呟く。
面白い。
ヴァルクは久しぶりに笑った。




