マンション編9
北村さんといろいろ話しているとあっという間に日が沈む時間になる。
電気が止まっているので、暗くなると寝るしかない。懐中電灯はあるが、今後のことを考えるとできるだけ、使用は控えるべきだろう。
北村さんは、隣の部屋に移動しようとする。北村さんと出会えて、ちょっと浮かれてるな、オレ。調子に乗って、失礼がないように気をつけよう。
北村さんは、ドアの前で少し躊躇している。ん?どうしたんだろう?
「どうしました?」
「うん、安全だとわかっているけど、廊下に出るのがちょっと怖くて」
北村さんが、小さく笑う。
そりゃそうだ。オレだって、最初廊下に出るのは怖かった。ましてや、北村さんは女性だ。怖くて当たり前だろう。配慮が足りないなぁ、オレは。
北村さんにちょっと、待ってもらって、ベランダの隣との仕切りが外れないか、確認してみる。確か、マンションの仕切りは、非常事態に備えて外れるようになっているはず。確認してみると、仕切りを外すのではなく、仕切りを壊して隣室のベランダに移動できるようになっているようだ。
少し、考えて、仕切りがはまっている金属の枠をこちら側に引っ張って、折り曲げる。大丈夫。曲がる。そのまま、金属の枠を二つ折りにして、簡易的な通路を作る。床に、バスタオルでも置けば、四つん這いになるけど移動できるだろう。オレにはちょっときついけど、スリムな北村さんなら大丈夫だろう。
試しに北村さんに移動してもらう。うん、大丈夫。移動できる。
でも、移動する時に後ろから確認しているとつい見てしまう。スタイルいいんだよね、北村さん。・・・何を考えてるんだ、オレは。さっき、失礼がないように注意しようと思ったばかりなの・・・反省。
北村さんに渡していた鍵を借りて、廊下から隣室に入り、ダイニングの窓を開け北村さんを招き入れる。これで、オレの部屋と北村さんの部屋は廊下に出ることなく移動できる。
なんなら、北村さんにはオレの部屋から外に出るようにしてもらって、北村さん側の部屋の玄関は荷物で封鎖してしまった方がいいかもしれない。
提案してみると、北村さんもその方が安心するとのこと。とりあえず、601号室からベッドを持ってきて玄関に立て掛ける。これだけでは、ちょっと軽くて不安なので、中身のはいったタンスも持ってくる。ちょうど、玄関の上がり框に引っ掛かってくれた。これなら、大丈夫だろう。
オレが玄関の封鎖をしている間に、北村さんには、空のペットボトルを10本ほど渡して、風呂から水を汲んでもらう。
北村さんは遠慮したけど、トイレや体を拭くのに必要なはずだ。それに、未開封の2リットルペットボトルの水を2本と新しいカセットボンベ。これで、部屋でお茶ぐらいは飲めるだろう。北村さんが、まだ遠慮するので、マンションの安全が確認できたら、近所の湧き水を汲みに行くつもりであること説明する。
北村さんは心配したけど、水は必要だし、余裕のあるうちに確保しておきたい。その辺りの相談は明日することにして、今日は、もう休むことにする。
北村さんに、念のため、ベランダの鍵はきちんとするように言うと、
「ん〜、開けてる方が安心するのだけど・・・」
と、北村さんは言うがなんとか説得して鍵をしてもらう。
どうも、この身体になってから視力だけでは無く五感が少し良くなっているみたいなのだ。二人きりで部屋にいるといい匂いがして正直、理性がキツい。
こんな状況だから、オレが野獣になっても誰も助けになんか来ないだろうし、北村さんなんか、いっぱつでむちゃくちゃになってしまうぞ!
いや、やらんけどね。せっかく、北村さんと良好な関係が築けそうなのに、こんなことで、その関係を壊したくない。ヘタレと言いたければ、言うといい。笑いたければ、笑うといいさ!
オレは誰に言っているんだろう?
明日から、北村さんがこの部屋に出入りするのは、確実なのでまずは、寝室を片付けよ・・・
●私が廊下に出ることを躊躇っていると、立花くんが、ベランダの仕切りを折り曲げて、専用の通路を作ってくれた。すごい力!金属の枠が簡単に曲がってしまった。
立花くんが、下にバスタオルを敷いてくれたので、試しに、移動してみる。大丈夫。四つん這いにならないといけないけど、充分に余裕がある。立花くんだとつっかえそうだけど。
立花くんが私から鍵を受け取り、中から、ベランダの窓を開けてくれる。
立花くんからの提案で、立花くんのお部屋から外に出入りすることにさせてもらって、私の部屋の玄関は封鎖してもらう。
立花くんが、他の部屋から玄関をふさぐものを取りにいっている間に、私は立花くんのお風呂から、お水を分けてもらう。遠慮したけど、立花くんは必要だから問題ないと、空のペットボトルを大量に渡される。
確かにトイレや体を拭く水があるのは、ありがたい。感謝しながら、お水を汲ましてもらう。こんな状況で会ったばかりの他人に優しくできる立花くんはすごいと思う。
立花くんが玄関を封鎖してくれて、二人で、私の新しい部屋に汲んだお水を運ぶ。立花くん、ちょっと、ベランダの通路につっかえそうだったけど、なんとか大丈夫だった。運び終えると、立花くんは、さらに、未開封のお水を2本と新しいカセットボンベをくれた。
さすがに、これは貰いすぎだと思ったので、遠慮すると、立花くんは、近くに湧き水があるので、汲みに行くつもりと説明してくれた。
でも、大丈夫なのだろうか?地上には危険があるはずだ。
湧き水を汲みに行くかは、明日、相談することにする。
自分のお部屋に戻る立花くんから、きちんとベランダの鍵をするように注意される。
ここは、最上階だし、私の耳は、かなり、高性能なので、大丈夫な感じがする。もちろん、鍵はするつもりだけど。
ちょっとした、いたずら心で、立花くんをからかってみる。
「あら、夜這いでもされちゃうのかしら?」
言ってから、かなり過激な冗談だと気がついて、焦ってしまった。
でも、立花くんの方が、慌てて、自分の部屋に帰って行った。慌てていたから、ちょっと、ベランダの枠に引っ掛かってた。
慌てた立花くんを初めて見たような感じがする。ちょっと、いや、かなり、可愛く感じた。でも、そこまで慌てるのは、どういう意味なのだろう?ひょっとして、私、嫌われている?たしかにかわいげがないけど…
ひとまず、お茶でも飲んで、落ち着こう。
ケトルにもらったペットボトルのお水をいれて、カセットコンロで沸かす。その間に、洗面器にちょっとお水を入れて、タオルを浸して絞る。沸いたお湯でお茶を入れて、熱くなったケトルに絞ったタオルを巻き付ける。これで、タオルも温まる。
それを待ちながら、これからのことを考える。というか、立花くんのことを考える。
私は、立花くんのことが嫌いだろうか?
即答できる。
嫌いではない。
こんな状況だからこそ、人は真実の姿が現れると思う。
立花くんは、化け物のような外見になってしまったと思っているようだが、私から見ると、決してひどい外見ではない。野性的で、かなりいいと思う。
私と立花くんは、今後、どうなるのだろう?
まだ、わからない。って言うか、立花くんって独身なのかな?いろいろ話したけど、さすがに、そんな話はしてなかった。
温かくなったタオルで体を拭く。立花くんのことを考えていたので、少し、体が熱いような気がする。
私は手早く、体を拭いて、服を着替える。
ちょっと、ぬるくなったお茶を飲む。
私は立花くんに会えて良かった。
こんな状況でも人に優しくできる人に出会えて良かった。
立花くんの部屋から、物音がする。この感じだと、寝室を片付けているようだ。
うん、ちゃんと片付けた方がいいよね。
こんな状況では、食料やお水、安全と引き換えにいろんなことを要求する人もいるだろう。
でも、立花くんは、なにも要求していない。
私は、それに甘えている。
暗くなってきたので、寝室に移動する。
4階の部屋から持ってきた懐中電灯で、灯りを確保する。
ふと、持っている懐中電灯を観察する。
立花くんのこれより大きいんじゃないだろうか?私のは裂けるんじゃないだろうか?
ハッ、いけない。私は相当混乱しているみたいだ。
これ以上、考えるとなんだか、大変な事態になりそうなので、もう、寝ることにしよう。
おやすみなさい、立花くん。…私、年上だけど、そんなに上級者じゃないので、もしもの時は優しくお願いします。…今度、機会があったら、立花くんに彼女、奥さんがいないか、確認しよう。
私は、翌朝、もちろん、無事に目が覚めた。
なんだか、すごく、久しぶりに眠ったような気がする。これまでは、怖くて、体力の限界で、失神するように寝ていたのに。
隣から立花くんの気配を感じていたからか、すごく安心して、眠れた。
立花くんは、まだ、寝ているようだ。
立花くんが起きたら、お部屋に行って、今日のことを話し合おう。そして、それとなく、探ってみよう。




