冒険者編10
○はぁ、なんか考えすぎたような気がする。
まずは香織さんの気持ちを確かめないとなにも始まらないな。
この依頼を達成したら香織さんとゆっくり話してみよう。
すっきりしたのでオレは立ち上がる。
スコップを使い痕跡を埋める。
シャベルのが良かったか?
まぁ、健康の証だ。
空を見ると、だいぶ明るくなってきた。
戻ったら香織さんたちを起こして追跡再開だ。
みんなのところに戻る途中、オレは何気なく上を見上げた。
すると頭上の木の枝が折れているのを見つけた。
かなり高い位置で、オレが手を伸ばしても届かない。
なんであんなとこの枝が折れているんだろう?
少し疑問に思いながら焚き火がある岩影まで戻る。
そこでは香織さんと京子さんがきゃいきゃい言い争いをしている。
もう1人がそれをほとんど無視している事からそんなに深刻な問題ではないのだろう。
オレはわざと足音をさせてみんなのところに近づいていく。
「あっおかえりなさい」
「おかえり~たくさん出ました?」
ふむ、2人とも暗い顔はしてないし、大丈夫そうだな。
オレはさっき見た折れた枝の事を話す。
「トロールでしょうか?」
「う~ん、どうだろう?トロールが近づいたなら誰かが気づくと思うんだけどね」
トロールはそれほど頭がいいと思わない。
静かに行動なんて出来るんだろうか?
「この辺に猿とかっていましたっけ?」
なるほど、京子さんは木に登って折ったと考えたのか。
猿ってたまに人里に出没して世間を騒がしていたけど、この辺にいるんだろうか?
「なにが枝を折ったか確認しますか?」
そこが問題だよね。
オレたちは現在ホブゴブリンを追跡中だ。夜目が効かないホブゴブリンは夜間はほとんど動く事が無いけど、日が昇れば移動を開始するだろう。
枝を折った存在を探していると逃がしてしまうかもしれない。
しかし、枝を折った存在を無視して背後から襲われるのも危険だ。
みんなで相談して香織さんたち3人には、このままホブゴブリンを追跡してもらう事にした。
香織さんたち3人ならホブゴブリンを倒す事はそんなに難しくない。
オレはこの辺りを探索して枝を折った存在を探してみる。
しばらく探して見つからなかったら、香織さんたちを追いかける。
「真人さん1人で大丈夫ですか?」
最後までオレが1人で残る事に反対していた香織さんが心配そうな顔で訪ねてくる。
トロールが相手なら以前倒した個体が極端に弱いなんて事がなければ、なんとか出来ると思う。
あの時は事情があったので正面から闘い倒したが、不意打ち奇襲などなんでもありならもっと簡単に倒す事が出来るだろう。
問題は相手がオレより極端に小さく素早かった時だ。
オレもニブい方じゃないと思うが、追跡する者と追跡される者との間にあまり大きな体格差があると逃げられるかもしれない。
「いえ、そうじゃなくてわたしたちを迷子にならずにちゃんと1人で追って来れますか?」
・・・あぁ、そっちの心配か。
「大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
オレが胸を張って自信満々に答えると香織さんだけじゃなく京子さんたちまでが疑いの眼差しを向けてきた。
なんで?オレ、そんなに方向音痴のイメージがあるの?
「ワタシたちが移動した跡を出来るだけつけて行こう」
「こんな事になるんなら長~い紐でも用意するんでしたね」
香織さんと京子さんが話し合ってる。
大丈夫だと思うんだけどなぁ。
「いいかい。迷子になったら無理をせずに基地に1人で帰るんだよ」
あのね~京子さん。
「基地が分からなかったら大きな声で呼んでくださいね。迎えに行きますから」
いや、だから、大丈夫だって。
「真人さん、ここから一番近い集落はどっちか指差してみてくれるかな?念のために」
京子さんに言われてオレは少し憮然として集落を指差す。
京子さんたちの顔が引きつった。
「真人さん、集落はこっちです」
香織さんが泣きそうな顔で指差すのは、オレの指先とほんの少しずれていた。
「90度以上のずれは少しじゃないと思うよ」
京子さんがため息をつきながら呟いた。
香織さんたちは不安そうな表情で何度も振り返りながら、ホブゴブリンを追って行った。
オレはそれを笑顔で見送る。
集落、あっちじゃなかったのか。
まぁ、大丈夫だよね。少しぐらいずれてもどこかにはたどり着くだろうし。
オレは気を取り直して、枝を折った存在を探し始めた。
まずは折れた枝の断面を観察してみる。
下からだと見えにくいがそんなに時間は経ってないと思う。
精々、昨夜に折られたのだろう。
次に折れた枝のある木の周辺を探してみるが、足跡などは見つからなかった。
本当に猿みたいに木の上を移動していったのだろうか?
それとも、本当に猿が住んでいるのだろうか?
野生でも人に飼われていた猿でもそれなら問題は無いだろう。
畑を荒らしたりはするかもしれないが、積極的に人を襲うとは思えない。
問題はこれまで見たことの無い変異体だった場合だ。
その時は危険が無いかを確認して危険なら倒さないといけない。
オレは周辺になにか痕跡がないかを探した。
すると、木から少し離れたとこに奇妙な痕跡を見つけた。
これまで見たことの無い痕跡だ。
しいて似たものをあげるならタイヤの跡だろうか。
でも、こんな森の中に車が入ってくるとは思えないし、バイクなどだったとしてもオレたちが気づいただろう。
それにタイヤのような跡は蛇行している。
・・・蛇行?蛇が這いずった跡なのか?これ。
しかし、蛇にするとえらくでかい個体になるぞ。
全長は分からないが太さは1メートルを越すんじゃないだろうか?
オレは槍を握り、慎重に蛇?の痕跡を追った。
日本にこんなサイズの蛇はいないはずだ。
アマゾンとかにならアナコンダとかいうでかい蛇がいるそうだが、あんなのは日本にはいない。
動物園やちょっと変わったペットショップから逃げた個体が野生化したんだろうか?
それとも変異したなにものなのだろうか?
痕跡は香織さんが進んだ方向とは少し違う方向に向かっているように感じる。
こっちは集落がある方向じゃないかな?
・・・自信はないけど。
そのまま、オレは半日以上痕跡を追った。
所々でとぐろを巻いたような痕跡があるから休憩しながら移動しているようだ。
それならかなり近づいたと思うんだけど、まだ謎の蛇の姿は見えない。
しばらく進むと水の音が聞こえてきた。
どうやら川にでたようだ。
まずいなぁ。蛇って泳げるよね。
川の中を移動されたら追跡するのは不可能になる。
こんな存在を確認せずに逃がすのは危険すぎる。
オレは足を早めて川に向かった。
オレは川に出ると痕跡を探した。
痕跡は川沿いを上流に向かって移動している。
良かった。川には入っていない。
だが、いつ川に入って移動するか分からない。
オレは急いで上流を目指した。
かなり上流まで来た。川原には大きな岩があり痕跡を追うのがかなり難しい。
結構なスピードで追ってるつもりなのだが、相手もかなりのスピードで移動しているのだろう。
追われているのに気づいているのだろうか?
オレは待ち伏せに注意しながら大きな岩の上に飛び乗った。
ここならかなり遠くまで見る事が出来る。
オレは目をこらすが大きな蛇の姿は見えない。
逃がしたか?
オレはそう思って視線を下げた。
オレが乗った岩の向こうは川の水が緩やかに流れ込んでいて小さな泉のようになっていた。
そこにぽかんとした顔の女性がこちらを見上げていた。
そりゃ、突然、大岩の上に槍を持った大男が現れたら驚くよな。
「あっすいません」
オレはぺこりと頭を下げる。
「あっいえ、こちらこそお見苦しいモノを」
女性はどうやら岩影で肉体を洗っていたようだ。
オレはその姿を観察した。
女性は腕でその豊かな胸を隠し、下半身は水中でとぐろを巻いているようだ。
・・・とぐろ?
オレと女性が見つめ合う。
「・・・きゃあぁぁぁ~!」
女性の悲鳴が山中にこだました。
オレは大岩から慌てて女性の反対側に飛び降りた。
「いや、覗くつもりは断じて無かった。申し訳ない」
「きゃぁぁぁ!」
「許してください。すいませんでした」
オレは岩の向こうの女性に必死で謝った。
「まさか、こんなところで女の人が1人で肉体を洗っているとは思わなかったんです。本当にごめんなさい」
「きゃあぁぁぁ、あ?」
オレの必死の謝罪が伝わったのか女性の悲鳴が止まる。
良かった。痴漢もしくは覗き魔扱いされる事は回避したようだ。
そんな事になったら優子さんやギルドのみんなに会わせる顔が無い。
「あっあの~ちょっとそこで待っててもらってもいいですか?」
岩の向こうから女性が声をかける。
「もちろんです。絶対に動きません。神に誓います」
なんなら優子さんにも誓います。
「は、はぁ。それではお言葉に甘えさせてもらいます」
岩の向こうからごそごそ音が聞こえる。
川から上がった女性が体を拭いて服を着ているのだろう。
「あの~今からそっちに行きますけど、驚かないでもらえますか?」
おそるおそるといった感じで女性が岩の向こうから顔をのぞかせる。
「はい。もちろん。大丈夫です」
オレの言葉を聞いた女性がゆっくりとこちらに這ってくる。
「あ、あの~どうですか?大丈夫ですか?」
女性がこちらを探るようにオレを見ている。
「オレは立花 真人です。はじめまして」
「あ、はい。こちらこそはじめましてです」
オレと彼女はお互いに頭を下げる。
「うっ、うわぁぁぁぁぁん!」
彼女は頭を下げたまま、いきなり泣き出した。
まぁ、気持ちは分からないでもない。
下半身、蛇だもんなぁ~
これってメデューサってのかな?ラミアか。
結論から言うと枝を折ったのは彼女だった。
山の中で1人、隠れ住んでいた彼女は夜に焚き火の火を見つけ確かめる為に木に登ってこちらを観察していたのだ。
こちらから距離を取ろうとして降りる時、手をかけていた枝が折れてしまったのだ。
「みんな怖がって逃げるばっかりだったんです~」
彼女は涙を流しながらこれまでの事を話してくれた。
あのパニックの最中、自宅に避難していた彼女はオレたちと同じように激しい痛みで気を失った。
数日後、目を覚ますと下半身が蛇に変異していたそうだ。
ショックでしばらくの期間、彼女は呆然としたそうだ。
無理もない。起きたら下半身、蛇だもん。
相当、ショックだっただろう。
しかし、室内の食料も尽きたので彼女は意を決して外の世界に飛び出した。
「でも、車の運転も出来ないし、人に会うと逃げられるばっかりだったんです~」
下半身、蛇だと車の運転は無理だろうなぁ。
そこで、彼女は街で食料などをかき集め山まで逃げたのだった。
「よくゴブリンとかに襲われなかったね」
街の食料が残っている時期ならゴブリンも相当、多かったはずだ。
「あっ、尻尾を一振りしたらみんな飛んでいきましたよ~」
な、なるほどね。
山の中に小屋を見つけた彼女はこれまでそこで暮らしてきたそうだ。
「よくこれまで1人で生きてこれたね」
「えへへ~、慣れるとこの肉体すごく暮らしやすいんですよ。走る?のも早いし、キック?すれば大抵なんとかなりました」
見た感じ、この下半身、まるで筋肉の固まりだもんなぁ。鱗も固そうだもんなぁ。
鉄製のこん棒をフルスイングするようなもんか。
「でも、ずっと1人ですっごく寂しかったんです~」
彼女はまた泣き始めた。
なかなかインパクトのある変異をしたようだが、悪い人じゃなさそうだ。
オレはオレたちがやっているギルドの事を彼女に説明した。
ギルド設立は変異者の保護も目的だ。
彼女をギルドに連れ帰っても問題は無いだろう。
見た目のインパクトもみんななら問題なく受け入れられると思う。
「本当に自分なんかが行っても大丈夫でしょうか~?」
彼女は期待するような不安するような顔でオレを見ている。
「絶対に大丈夫だよ。疑うんなら確かめてみたら?」
オレはこっちに走ってくる3人の女性を指差した。
さっきの悲鳴、すごい音量だったもんなぁ。




