お屋敷編9
○その夜、オレとマスターは優子ちゃん強化計画(命名・マスター)を考える。
なんでこうなったんだろう?
優子さんは、今お風呂に入っている。
お風呂はオレとマスターの力作だ。
といっても、ドラム缶で沸かしたお湯を屋敷の浴槽に鉄パイプで流せるようにしただけだが。
しかし、それによって浴室でお風呂に入ることができる。
ドラム缶風呂だと野外になっちゃうからね。
ちょっと惜しい気がするのは内緒だ。
優子ちゃん強化計画の基本は弓の技術の向上と接近しての武器の扱い方。
それに隠れ方や相手の死角からの襲撃法などなど。
優子さんを暗殺者にするんじゃないよね。
しかし、マスターは基本的に優子さんの味方をしてるような気がする。ありがたいけど。
今回の件も必要だったけど、優子さんの希望に沿うように考えている。
他の女性と優子さんへの態度が違いすぎる。
じっとマスターを見ていると諦めたのかマスターが話し始めた。
「優子ちゃんはあたしの弟の元カノジョなのよ」
つまりマスターの弟さんが優子さんの亡くなった元彼氏ってことか。
マスターは、元々オレでも名前を知っている会社の社長令息だった。
しかし、父親に反発していたマスターは家を出て自衛隊に入隊した。
そこでなにがあったかは知らないが、マスターは真実の自分に目覚めた。
結果、父親の期待は弟さんに集中することになった。
マスターの父親はかなりの艷福家で何度も再婚を繰り返していたらしい。
マスターの父親なら間違いなくイケメンだったから、さぞモテただろう。
弟さんが事故にあった時も愛人のとこにいたらしい。
「あたしが駆けつけた時はひどかったわ。あのエロ親父は継母と愛人になじられて必死に言い訳して、弟はほったらかし。優子ちゃん一人で弟の看病をしてたの」
う~ん、マスターの父親だがひどいな。
「その後、弟が亡くなってからの優子ちゃんは見てられなかったわ。このまま、後追い自殺でもしちゃうんじゃないかって」
想像できるな。優子さんならかなり落ち込んだだろう。
「あたしはあたしで隊での立場が微妙になってたから、隊を辞めて店をやることにしたのよ」
この街でバーをしてたのは優子さんのためなのか。
「それだけでも無いわよ。生まれ故郷だし、知り合いも多かったからね。さとるちゃんも応援してくれたし」
でも、やっぱり優子さんの存在は頭にあったのだろう。
優子さんは開店準備に奔走するマスターを手伝い、少しずつ回復していった。
マスターは徐々に優子さんから距離を取った。
自分は優子さんに弟を思い出させてしまうと考えてだ。
優子さんは立派な看護師になり働いていた。
そこにゴブリンウイルスが襲いかかった。
マスターは優子さんの自宅に行ったが、優子さんは当時病院で働いており会えなかった。
ひとまず、マスターはさとるさんの屋敷に避難することにした。
さとるさんと大先生が変異してマスターは屋敷から動けなくなった。
そこに心配していた優子さんが現れた。
オレを伴って。
最初の頃マスターによく見られていたが、マスターはこっそりオレの心の声を聞いてオレを値踏みしていてそうだ。
「ごめんなさい、真人ちゃんがどういう人か分からなかったの」
なるほどね。
でも結構、簡単に認められたような?
「最初に門で会った時、真人ちゃん、あたしが銃を持ってたのが分かったのに、優子ちゃんの前に立って守ってたでしょ」
そうだっけ?でもオレの体ならなんとかなるって思うよ。
「それでも体をはって優子ちゃんを守ってたわ。それだけでも合格よ」
そしてマスターのお眼鏡にかなったオレを優子さんが逃がさないように今度は優子さんにアドバイスをしはじめた。
最初にこの屋敷に泊まった時、オレと優子さんは大人の時間を楽しんだ。
その時、優子さんはえらく積極的になっていた。
オレは優子さんが大胆に乱れるのが嬉しくてあまり考えていなかった。優子さん年上だしね。
あれはマスターのアドバイスを受けた優子さんが精一杯がんばっていたのだ。
「なんてアドバイスしたの?」
「いつまでも膜付きみたいな真似してたら、あたしが取っちゃうわよって言ったのよ」
膜付きってマスターらしいなぁ。
それからも優子さんはがんばってくれてたのかな?
「そうじゃないでしょ。真人ちゃんと相性が良かったのと、ほら年増が覚えるとスゴいって言うじゃない」
マスターは冗談で言ったのだろうが、オレはマスターから目をそらして無関係をアピールする。
「あら?」
オレの反応にマスターが不審がる。
「どうせ年増だもん」
「あ、あら、優子ちゃんお風呂早かったわね。いつもは1時間は入ってるのに」
「これからの事を話すって言うから急いで入ったの」
優子さんがにっこり笑う。
うん、優子さん、忍び足は合格だね。
「私も気持ち良かったし、真人が喜ぶのがうれしかったから、やっただけだもん。私も少しは興味はあったし」
うん。優子さん、分かったからマスターを解放しよう。
人間の腕はそっちには曲がらないよ。
優子さんはマスターに脇固めみたいな技をかけながら拗ねてる。
優子さんの気持ちがとてもうれしい。
マスターから苦悶の声が出てるので、雰囲気は微妙だが・・・
あっ指まで固めた。いつの間にそんな高度な技を!
「まっ真人ちゃん、助けて~」
やだよ。こっちにとばっちりがきたら困る。
「真人ちゃんが欲しがってたあたしのナイフあげるから」
う~ん、ナイフだけ?
「くっチタンマグもつけるわ」
あの蓋付きのマグか。密かに狙っていたのだ。
仕方ない。
オレは優子さんを後ろから抱き締める。
「オレは優子さんが喜んでくれてうれしい。優子さんがオレが喜んでるのを見て喜んでくれるのがうれしい」
優子さんからゆっくり力が抜ける。
「私、がんばったけどそれだけじゃないよ。私もしたかったの」
優子さんがオレにもたれながらささやく。
「真人、私と美咲ちゃんを守ろうってマンションでいつもがんばってくれてたから」
あのマンションに居た時は、オレが二人を守らなきゃって無駄に気合いが入ってたからなぁ。
「真人、いつも一生懸命で。でも、いつもギリギリしてた」
うん、あの頃は全部自分でやろうとしてたからね。
あのままマンションにいたらどうなっただろう。
食料を集めながらゴブリンや生存者から二人を守る。
ここに来た今なら分かるが、不可能だ。
遠からず限界を迎えオレ達の生活は破綻しただろう。
あのときに優子さんがこの屋敷の事を教えてくれた。
そして、マスターやさとるさんに会えた。
美咲ちゃんは大先生という甘えられる大人の存在を得た。
オレが優子さんと出会ってなかったらどうなっただろう?
美咲ちゃんを助ける事も出来なかったかもしれない。
マスターたちとも出会ってなかっただろう。
オレと優子さんはたまたまあのマンションの6階と4階に住んでいた。
お互いに住んでいたことも知らなかった。
全てが優子さんと出会ったことで始まった。
全てが偶然だった。
最初に優子さんと出会ったことをオレは感謝している。
ゴブリンウイルスで世界が崩壊した。
それは悲しむべきことだろう。
だが、オレは優子さんと出会った。
そのことはウイルスに感謝してもいい。
そんなとりとめもない話しを優子さんにする。
「優子さんはオレの幸運の女神だね」
優子さんの頭をなでなでしながら言う。
「じゃあ真人は白馬の王子さま?」
優子さんが笑いながら言う。
ちょっと目に涙が浮かんでいるが。
うん、オレも白馬は似合わんと思うよ。
どっちかというと黒くてデカイ馬じゃない?
オレと優子さんは笑いながら軽い、しかし真剣なキスをした。
「た、たすけて〜」
なんだろう。なんか空耳が聞こえる。




