マンション編15
○ちょっと、泣き声が小さくなってきたけど、美咲ちゃん、大丈夫かな?
優子さんに背中を撫でられながら、美咲ちゃんは少しずつ落ち着いてきたみたいだ。
我ながら、美咲ちゃんにひどいことをしてしまった。あまり、近づくと美咲ちゃんが怖がるので、見るだけにする。
そのまま、しばらくすると美咲ちゃんは泣きつかれたのか、優子さんの胸で眠ってしまった。うん、あの胸は気持ちいいからね。気持ちはわかるよ。でも、そこはすでに売約済みだよ。今は貸してあげるけどね。
眠った美咲ちゃんを起こさないように、膝の上に移動させた優子さんが小声で言う。
「ひとつだけ、安全かもしれないとこがあるの」
美咲ちゃんの頭を撫でながら、優子さんが小声で説明してくれる。
そこは、優子さんが勤めていた病院の先代院長の自宅だ。優子さんは、そこへ何度かお邪魔したことがあるそうだ。
今の院長は、病院近くの高層マンションに住んでいるのだが、引退した先代は郊外の屋敷で奥さんとお孫さんと生活している。もっとも、奥さんは数年前に他界されたそうだ。
優子さんがなぜ知っているかと言うと、他界した奥さんも看護師で、優子さんのお母さんの指導者のような人だったらしい。
お屋敷は、周囲を高い塀に囲まれた洋風の邸宅だそうだ。
豪快な先代は、病院の経営者的な今の院長と考えが合わず、よく衝突していたらしい。
お孫さんは成人しているが、すこ~し変わった人物で先代と仲が良く、一緒に住んでいる。
場所は、ここから車で2時間ぐらいのさらに山奥にあるそうだ。
オレは、優子さんから聞いた情報を吟味する。
いいんじゃないだろうか。
そこでずっと生活することは難しいかもしれないが、ここより安全そうだ。
山奥にあるなら、人口密度は低い。つまり、ゴブリンの数も少ない。周囲の高い壁は防犯用だろうから、入り口と裏口を閉鎖すれば、ゴブリンも生存者も簡単には入ってこれないだろう。
さらに、広い庭は小さな畑ぐらいにはなるかもしれない。農業なんてしたことは無いが、今後、必要になってくるのは確実だ。なら、そこで練習させてもらえるとありがたい。山中なら、猪などの動物もいるだろうから、それらを捕ってもいい。
もちろん、そんなにうまくいかないだろうが、現状より事態は好転する。なにより、先がありそうだ。
美咲ちゃんが起きたら、美咲ちゃんとも相談してみよう。自分の未来だ。美咲ちゃんの意見も聞きたい。
車で2時間なら、最悪歩いてでも移動はできるかな?準備にどれぐらいかかるだろう。持っていくべき必要な物資はなんだろう。市街地はあちこちに車が停まっているので車の確保は出来そうだが、その屋敷まで車での移動は可能だろうか?車で移動するとゴブリンが寄って来るかもしれないな。
いろいろ、考えないといけない。万全の準備は出来ないだろう。しかし、リスクをゼロにする事は出来なくても、安全性を高める事は出来る。
まずは、優子さんと難しいだろうが美咲ちゃんにも自衛手段がほしい。もちろん、全力でオレが守るが、万が一の場合は、自分で自分を守れた方がいいだろう。
う~ん、警察署にでも侵入して、拳銃を探してみるか?それか、銃砲店?近くにそんな店あったっけ?オレも海外で体験したぐらいしか無いが、銃はかなり有効だろう。
ネットが使えれば、一発で検索できるだろうが、仕方ない。銃が必要な場合は警察署に行こう。他の生存者がすでに奪っているかもしれないが・・・
銃砲店の場所は分からないが、ホームセンターやアウトドアショップには役にたつ物があるだろう。
オレが、いろいろ考えてい優子さんにつつかれた。
ん?優子さん、ちょっと、顔色がおかしいよ?
「おトイレ行きたいの」
そういえば、美咲ちゃんが眠って軽く1時間はたつな。
「おトイレ!」
優子さんが小さな声で怒鳴る。器用だな~。美咲ちゃんの顔をそっと覗いてみると、安心したのか、よく眠っている。いつの間に体勢を変えたのか、優子さんの腰にがっちり手を廻して寝てる。うん、これじゃ優子さんは動けないね。仕方ない。優子さん、がまんして。こんな幸せに寝てる子供を起こすなんて、オレには出来ない。
「真人!」
あっ、冗談じゃすまなくなってきてる。仕方ない、起きてもらおう。
「優子さん、起こしてよ」
「なんで」
「いや、男のオレが起こすと美咲ちゃん怖がるよ」
「私だってイヤよ。せっかく寝てるんだから」
「んじゃ、がまんして」
「ムリ!」
回答が早かったなぁ。
「どうすればいいの?」
「なんとかして」
んな、無茶な。
オレ達が小声で会話してると美咲ちゃんがもぞもぞ動き始めた。おっ、チャンス!
「優子さん、ちょっと、動いてみて。美咲ちゃん、体勢変えてくれるかも」
「動けない~」
仕方ないなぁ。オレは、優子さんの体をちょっと持ち上げてみる。
優子さんの腰に廻った美咲ちゃんの手が離れる!
・・・そして、素早く優子さんのジーンズを掴んだ。
ダメじゃないかな?これは。
「諦めないで~」
そんな泣きそうな声で言わんでも。ん~、
「優子さん、下、脱いだら?」
ごそごそ、ジーンズを脱ぐ優子さんをごぼう抜きにする。
おっ、抜けた。
優子さんは、ダッシュでトイレに向かう。走るとあぶないよ、優子さん。
優子さんを見送って、美咲ちゃんに視線を戻すと美咲ちゃんと視線があった・・・
そりゃ、あんだけばたばたしたら、起きるよね。
無言で見つめあう、二人。え~と、
「おはよう」
「・・・おはようございます」
おぉ、ちゃんと会話できた。
「起こして、ごめんね」
「・・・いえ」
「・・・」
続かないけどね。
「優子さん、すぐに戻ってくるからね」
「・・・はい」
「・・・」
「・・・あの」
「ん、なに?」
「・・・助けてくれて、ありがとうございます」
「知ってるの?」
「・・・優子さんが、お風呂で教えてくれました」
「そっか」
「・・・はい」
「ん~、美咲ちゃんががんばったから、オレは、オレと優子さんは、美咲ちゃんを助けられた。美咲ちゃん、ありがとう」
美咲ちゃんがあのギリギリの状況でがんばってくれたからこそ、オレと優子さんは美咲ちゃんを救出できた。もし、美咲ちゃんが諦めてしまっていたら、オレと優子さんは美咲ちゃんを助けられなかった。この件で一番がんばったのは、間違いなく、美咲ちゃんだ。
ところで、
「優子さん、いつまで見てるの?」
「あっ、気づいてた?」
「わかるよ」
戻ってきた優子さんは、オレの隣に座る。
「言ったでしょ。真人は、絶対に美咲ちゃんを傷つけない。もう、大丈夫」
「・・・はい」
「真人の部屋に行こうか」
「・・・はい」
オレ達は、6階に向かう。




