マンション編13
○ガラスの割れる音を聞いたオレは、全力で階段を駆け上がった。
階段に嵌めてたベッドは蹴り飛ばす。
とにかく、速く!
一気に6階まで駆け上がる。
オレの部屋のドアを開けると、そこには、ダイニングの床に倒れた北村さんの上に乗り掛かかる男の姿が見えた。
その瞬間、オレの理性が弾けた。
生まれて初めて、怒りで意識が消え去った。
オレは、北村さんの背中に馬乗りになり、北村さんの頭を抑えているモノの頭を握り絞める。
モノは、北村さんの頭を抑えていた手で、オレの腕を外そうと、もがいている。
オレは構わずに掌に力を込めていく。
モノが何かを喚いているが、知るか!
こいつは、北村さんを襲ったのだ。
断じて、許さん!必ず、壊してやる。
オレは、モノの頭に加える力を強めていく。
喚いていたモノの口から舌が出てくる。
ハハッ静かになった。
だが、オレは力を加え続ける。
手がヌルヌルと濡れてくる。
だが、オレは力を加え続ける。
手の中でギシギシと音がする。
だが、オレは力を加え続ける。
手の中で何かが潰れた。
だが、オレは力を加え続ける。
オレの手に暖かい何かが触れた。
オレは、少しずつ力を抜いていく。
オレの首に何かが回される。
オレは、抵抗せずに受け入れる。
オレの口に何かが触れる。
オレは、抵抗せずに受け入れる。
オレの目の前に北村さんの顔がある。なんだか気持ちいい。とっても気持ちいい。
オレと北村さんはキスをしていた。
暴走してしまったオレを止めてくれたんだろうけど、また、オレは暴走する。ただし、今度はきちんと意識を保ったままで。それは、暴走じゃない?だって、覚えてないなんて、もったいないだろう。
○オレの腕の中で、ぐったりしている優子さんの頭を撫でる。ちょっと、無理させてしまった。反省しないと。
いや、オレもいろいろ溜まっていたんだよ。ストレスとかショックとか、それに色々とかが・・・
色々はかなり発散されたけど。
優子さんが襲われていた姿を見たときは、我を忘れてしまった。こんなに、感情に支配されたことは無い。激怒で頭の中が真っ赤になっていた。ヤツを殺したことに後悔はないが、気をつけないと、優子さんまで傷つけたかもしれない。大反省。
ヤツは、いったいなんだったんだろう?人間なのか?それとも、オレ達のように変異をしていたのか?1階で人を解体して喰っていたのはヤツなのか?それとも、違う存在がいるのか?
ん?1階?あっ!写真の子供のこと、忘れてた!
いきなり、立ち上がったオレに優子さんが驚いている。
「1階で人間やゴブリンが解体されて喰われてる部屋があったんだけど、その部屋に子供も住んでたみたいなんだ」
オレは優子さんに事情を説明する。優子さんが、ポカンとしている。うん、いきなりで理解できないよね。
「1階に子供がいたの?」
さすが、優子さん。大事なとこは理解してくれた。
「いや、写真があっただけなんだけど」
「その子は?」
そこにつっこまれるとツラい。
「…忘れてた」
「もう!なんで忘れるの!そんな大事なこと!」
「いや・・・色々とあったので・・・」
優子さんは、色々の部分が判ったのだろう。顔どころか耳まで赤い。
「とにかく、すぐに探しに行こ!」
立ち上がる優子さんに言いにくいことを言う。
「その前に服を着ないと」
今の優子さんの姿は、なんというか、かなりセクシーなお姿だ。しかも、シャツ以外はオレがボロボロにしてしまった。オレも似たような姿だが・・・
優子さんも自分の姿が想像できたのだろう。今度は、首筋まで真っ赤だ。
「真人はすぐに服を着なさい!私も着替えてくるから!」
「はい!ただちに」
優子さんは体にシーツを巻いて、寝室を出ていく。ダイニングには、まだ、死体があるけど、優子さんはあっさり無視してベランダから自分の部屋に行った。
オレは、慌てて服を着ながら、これって、かかあ天下ってやつの始まりなの?とか考えていた。
着替えたオレと優子さんは、急いで1階に向かった。所々、階段が壊れてる。オレが全力疾走した余波だろう。あのときは夢中で、気がつかなかった。このマンションのオーナーさん、ごめんなさい。見たことないけど。
1階の例の部屋に、オレと優子さんは入る。そういえば、ガラスが割れる音を聞いて、すぐに飛び出したので、ちゃんと部屋の確認してないや。危険かもしれない。
「優子さん、この部屋、ちゃんと調べてないから、注意して」
オレが優子さんに注意すると、優子さんは唇に指を当て、静かにするように指示された。
やっぱり、かかあ天下になってない?
「寝室にだれかいる」
優子さんを背後に守りながら、オレは、ゆっくり寝室に向かう。
「たぶん、一人。すごく震えてるみたい」
寝室に鍵はかかっていない。オレは寝室の扉を開ける。中には、手足を縛られた女の子がいた。
「真人は少し待ってて」
「でも」
いくら、子供でも優子さんと二人っきりにするのは、躊躇われる。
「大丈夫。あの子しかいないから」
優子さんが自分の耳を指しながら言う。優子さんの耳には、この子供の反応しか無いのだろう。まだ、オレが躊躇っていると、
「お願い。お話したいの」
優子さんが視線で子供の下半身を示す。
・・・なるほど。あんなのがトイレなんか考える訳無いよな。
「ダイニングにいるから、なにかあったら、すぐに呼んで」
なぜ、あの子が殺されていないのか、少し疑問だったけど、理解した。
おそらく、この部屋に巣食っていたヤツはあの子を非常食のように考えたのだろう。
心底、殺して良かった。
歪んでいるかもしれないが、オレの本心である。
しかし、あの子の事、これからどうすればいいんだ。これが、世界が崩壊する前なら警察や病院、専門機関に通報しなくていけないだろう。しかし、現状でそれは不可能だ。
それに、チラッと見ただけなので確信はないが、あの子、変異してないのでは無いだろうか?つまり、いつ変異、どんな変異をするのか分からないという事になってしまう。
本当に、どうすればいいんだろう?
寝室から優子さんの声が聞こえる。あの子に話しかけているのだろう。しかし、あの子の声は聞こえない。
ショックだろうなぁ。
こんな時に、オレは無力だ。
あの子を救いたいが、どうすれば、救えるのか?それがオレには分からない。
1時間ほど経っただろうか、寝室の扉が開き、優子さんが出てくる。
「どう?優子さん」
「うん、少し落ち着いてくれたと思う。それで、あの子をきれいにしてあげたいんだけど、できたら、4階の私の部屋で」
なるほど。オレの部屋には、まだヤツの死体が転がっている。そこにあの子を連れて行くのは、まずいだろう。
「私の部屋なら、まだお風呂にお水があるし、タオルとかもあるから」
それが、一番いいだろう。
「うん、そうしよう」
ダイニングで待っていると、毛布で体をつつんだ子供が優子さんと出てきた。
子供はオレとは視線を合わせない。
「真人お兄ちゃんは大丈夫だからね」
優子さんが子供に説明してくれる。
オレは、子供を見つめながら、優しく微笑んでみる。
子供が息を飲んだ。
「あ~、真人は笑わない方がいいよ」
なんでだ?
オレ達は、3人でゆっくり4階に進む。かなりの期間、拘束されていたのだろう、女の子の足腰は弱っているようだ。
オレが抱えて運べば早いのだろうが、男性が触れるのは酷だろう。
「この人は、604号室、このマンションの一番上の部屋に住んでる、立花真人さん。顔はちょっと怖いけど、優しい人だよ」
優子さんが階段で、女の子にオレのことを説明してくれる。そんなにオレの顔、怖いかなぁ?・・・怖いな。
少し時間がかかったが、4階の優子さんの部屋についた。
「真人はここでおとなしく待ってて」
「ごゆっくり」
優子さんと女の子がバスルームに向かう。もちろん、先にオレが安全確認をしている。
さて、これからのことを考えよう、特に、あの子のことを。
食料は大丈夫だ。少し、消費量が増えるが、今日明日に無くなる量じゃない。
ヤツの死体も、あとで、他の使っていない部屋か遺体がある部屋に置いてこよう。
あの子、変異してないのかな?先程も、毛布を被っていたので確認できなかった。今、優子さんがお風呂で確認しているだろう。変異してなかったら・・・
これは、優子さんの確認を待ってから考えよう。
しかし、このマンションから移動したくなってきた。いくらなんでも、死体が多すぎる。いくつかは、オレが原因だが。
この近くに適当な移動先はないだろうか?ずっと住めなくてもいいから、ある程度、頑丈で侵入されにくい安全な建物。
う~ん、学校や病院などは侵入しやすいので除外。一般家屋も侵入されやすいだろう。倉庫とかはどうだろう?搬入用のシャッターが閉まっていれば、侵入はしにくいかも知れない。あとは、刑務所とか?侵入されにくそうだが、近所にはないな。
どこか適当な場所はないかな?




