第12話「変わった日常」
昨日、アイセラが僕を変えてくれた。
今まで引きこもっていた間も、ずっと僕を待っていてくれたらしい。
息抜きに二人で買い物をしようと誘ってもらったので、僕達は転移魔法で街へ向かった。
「ここがギルドの街として有名な石の鍛冶場ですか!」
こうして人の笑顔を目の前で見るのは久しぶりだな。
日差しが更にアイセラを照らしてくれる。
「見てください、あそこに魔術教本が沢山!」
「本当ですね、少し見てみましょうか」
今まで魔術の勉強はラクロが持っていた本だけでしていたから少し興味がある。
いやめっちゃ興味ある。
ドアノブを捻ると懐かしい鈴の音が聞こえた。
「それじゃあ見てみましょう」
アイセラの言葉で鈴の音の事はきっぱり忘れた。
それにしても、ここには魔術教本だけでなく。
この世界の地図や階級、魔人のことに関しても少しだけ書かれている。
「とりあえず、何冊か買ってみますか」
この世界に立ち読みの概念があるのかは分からないが、多分悪いことなので表紙を見て買うことにした。
彼女は魔術教本を手に取った。
「それ、買いますか?」
彼女は首を横に振った、本に目が釘付けだ。
一言も喋らずに僕へ本を差し出した。
紙の擦れる感触は苦手なんだが、僕は本を受け取った。
あれ、全く擦れる感覚がない。
とても滑らかだ。
そして魔力が増えているような感覚に苛まれる。
ただし重量がかなりあった、産まれたての赤子程だ。
アイセラは買わなくていいと言っていたが、僕が興味を持ったので買うことにした。
他にも4冊ほど手に取りレジへと向かった。
「すみません、この本を下さい」
ダメだ、人の顔が見れない。
まだ引きこもりから完全に脱却出来てないのか......
「お会計2350月です」
2350月......
あれ、僕この世界でのお金持ってないよな。
フィリアにお金の管理を。
今何してるんだろ。
「私が出しますね」
微笑む彼女を見ていたら全てどうでも良くなってくる。
このまま彼女に払わせて良いのか?
払わせたら男としての何かが壊れる気がする。
甘えたいけど甘えたくない。
ポケットにお金は入ってないか、探せばあるはずだ!
「ありがとうございましたー」
デートで女の子に奢らせる男......か
人生で一番惨めかも。
僕が選んで彼女が買ったのは魔術教本3冊、世界地図一つ、魔人に関する本を一冊。
魔術教本の一冊が古びていて、和式の家の匂いがしたのでかなり良い物だと思う。
マルドアロイド書店っと
「何書いてるんですか?」
「店の名前をメモしとこうと思って」
店の名前をメモしておくのは前世からの癖だ。
書いておくと後々役立つかもしれない。
それにしてもこの街は衣服、武器、本、食料。
何でも売っている、それにギルドも異例の4軒。
ギルドの街と言われるのも納得だ。
今日は全てを忘れて彼女と遊び尽くそうと思う。
焼きたてのパンの匂い、賑やかな街の声、綺麗な街並み。
五感全てがこの街へ誘う。
そうして歩き始めた僕達は何も喋らなかった。
心の中で通じ合ったかのように、僕達の足は自然とパン屋へ向かっていた。
こんな甘い匂いが鼻に入ったら誰でも向かってしまうだろう。
そうしてついたパン屋はとても人気だった。
それにたくさん種類がある、パンごとに説明が書いてあるのも好感だ。
一つずつ読んでみよう。
山の吹雪
・天から落ちてくる塩水を加工してサラサラになるまですり潰した。
・パンは魔力ではなく、洞窟から採れる石炭でカリカリになるまでじっくり焼いた。
・値段1000月
獣肉のサンド
・生きたまま捕獲した獣を調理10分前に焼いて熱々の状態で提供。
・値段1250月
努力の蜜
・最近生態が判明した"蜂"という生き物の巣に運ばれた蜜を砂糖と共に煮込んでパンに塗る。
・値段1000月
他は海水の塩か砂糖で味付けされた500月のパンのみ。
ネーミングセンスは少し痛いが、とてもこだわっているのがすぐ分かる。
しっかり見た目も美味そうだ。
「アイセラはどれが良いですか?」
少し首を傾げて悩んだアイセラはすぐに口を開いた。
「そうですね、この努力の蜜というのが美味しそうです」
甘い物好き、とても可愛い。
プロポーズしようかな。
「ノルディアはどのパンが良いですか?」
うむ、どのパンも美味そうだ。
同じ甘いパンを買うのもいい、それか他のを買ってアイセラと半分こを……
「私のために選ばなくてもいいですからね?」
考えはバレバレだった。
それじゃあ山の吹雪がいいかな、今は塩っぱい物の気分だ。
「山の吹雪にします」
というか、当たり前のように自分の物を選んでいた事に自分自身でもドン引きする。
今度ちゃんと返そう、利子もつけて。
――
パンを買った、買ってもらった。
魔力で塗装された茶紙でパンを包んでくれるらしい。
飲食店は全てこの紙でいいんだけどなぁ。
茶色が一番唆られる色だろう。
そして何よりもこのカリカリボデー!!
蒸気がまだ出ている、熱々すぎて二人とも手をつけられていない。
それにしてもアイセラが可愛い、両手でパンを持って必死に冷まそうとしている。
これが"恋"か。
前世では体験できなかった恋心を抱けてとても感激だ。
......目が合ってしまった。
そりゃあずっと見てたらそうなりますよね。
「何か顔についていますでしょうか?」
もうこのまま死んでも悔いはない。
本当にそうだろうか、まだフィリアはどこかにいるはずだ。
彼女を見ないふりするのは心が痛む。
もちろんアイセラが側にいても別の意味で心が痛むが、それを上回る責任感。
「アイセラ、明日からギルドで依頼を受けませんか?」
彼女は微笑んで話を受け入れてくれた。
きっとアイセラもフィリアの事は片隅に居たんだろう。
今日のデートも僕の気持ちの整理をさせるためだろう、無理をさせるのも良くない。
なら今日はここら辺で終わりにして、明日に備えて部屋で休もう。
そう思い席から立ち上がった時だった、アイセラが僕の服を掴んだ。
「もう少しだけ、この街を歩きませんか」
悲しそうな表情をしている。
パンは冷め切っていた。
「分かりました、もう少しデートしましょうか」
「はい......デート?」
間違えた。
――
あの後、武器屋や他の飲食店見たりして結構歩いた。
疲れてはいたが、アイセラのおかげでまだ元気だ。
息子のことではない。
そしてこれから山のてっぺんに向かって有名な観光スポットへと向かおうとしていた。
病院の本を読んでからずっと気になっていたんだとか。
転移魔法は使わない、こういうのは歩いて登るから達成感があるし、感動する物だ。
坂を5分ほど歩いた時だった、疲労度が限界に達していた僕達の体はヘトヘトでもう歩く事が困難になってきた。
もう感動がどうとか関係ない。
とにかくてっぺんで休みたい。
「転移......しますか」
アイセラは食い気味に首を縦に振った。
僕達は山の頂上まで転移した。
罪悪感もあるが爽快感もあった、これで良かったんだ。
僕はすぐにベンチに転がり込んだが、すぐにアイセラが声を上げた。
「見てください、私達が歩いてきた街がこんなに小さいですよ」
僕は向かい風に逆らいながらアイセラの元へ駆け寄った。
「これは――」
とても美しかった。
人々の生気を感じる街並みに、夕日に照らされる向かいの山。
僕たちの影ははっきりと後ろに描かれた。
今まで見てきた景色で一番美しい。
景色に見惚れていた僕の背後からアイセラが抱きついた。
「少し、このままでも良いですか」
アイセラからの願いを断る訳がない。
「甘えたいんですか?」
そんな冗談を放ったらアイセラさんは結構マジになってしまったらしく。
「違います、寒いんです!」
そう言い訳をしてさらに抱きしめる力を強くした。
そして彼女は口をもう一度開いた。
「フィリアさんを助けたら、伝えたい事があります」
きっと僕と同じことを思っているだろう。
そうじゃなかったらここまで待っていなかっただろうし。
「僕もです」
まだこの想いを言葉にするのは出来ない。
全てが解決したら、その時は彼女に伝えよう。
このままずっと過ごしていたい、何もしないで。
彼女と、静かに。
太陽が完全に落ちた。
辺りも段々と暗くなっている。
アイセラは僕から離れた。
少し寂しかった気もする、この子が消えてしまうような気がした。
そんな事考えたくない、考えるのはやめよう。
「一緒にいきましょうか」
僕は彼女に近づいて、キスをした。
照れる彼女を見るのが好きだからだ、少し唐突過ぎるかもしれないけれど。
今この時間を噛み締めたかった。
ただのパーティーメンバーだった、突然出会って。
少し冒険を共にしただけの。
それなのに彼女は待っていてくれた。
彼女を離したくなかったんだ。
一生離れない。
そう誓った。
――
僕達は病院に戻り、彼のお土産にと買った短剣を側に置いて。
起こさないように部屋を出た。
「それじゃあ、また明日ギルドで」
彼女の匂いを忘れないように心の奥底へ記憶して、部屋に戻った。
壊れていた扉も、病院の人が代わりに直してくれたらしい。
まだ人と顔を合わせるのは苦手だけれど、少し成長した気がする。
この調子で前へ進んでいこう。
暗い部屋の天井を眺めながら、この日は終わった。
目を開けた。
いつも通りの天井を見て起きる、けれど変わった物もある。
僕はもう死にたいなんて思ってない。
心のどこにもそんな想いは残っていなかった。
部屋から飛び起きた僕は久しぶりの筋肉痛にも挨拶をして外へと出た。
今日は一段と天気が良い。
きっと僕を応援してくれているんだろう、そんな冗談を心の中で披露してギルドへと向かう。
それにしてもここら辺には何もない。
砂漠と草原の境目のような場所だ、風も障害物にぶつからずに流れ込んでくるので結構寒い。
風が強いだけで災難なのだが、砂漠側から風が流れ込んでくる時があるので草原側の今日はラッキーだ。
そしてある事に気がついた。
ギルドがかなり遠い、もう一度石の鍛冶場へと向かわないと行けない。
「アイセラは転移魔法を使えなかったはず......」
結局僕はアイセラを迎えに部屋へと向かった。
扉をノックした。
返事はない、もう出かけてしまったのだろうか。
そう思い部屋を開けた、普通に寝ていた。
可愛らしい表情に心が奪われながらも地面に座り込んで起きるのを待った。
――数十分後
流石に起きなさ過ぎるので無理やり起こした。
彼女は眠そうな表情をしながらも起き上がった。
きっと昨日の坂道で疲れてしまったんだろう、仕方がない。
昔読んだ本で、女の子は睡眠時間が男よりも長いと聞いたこともあるしな。
そうして目が覚めた彼女は当たり前のように側に立っている僕を困惑した表情で見つめていた。
「起きましたか?」
状況を理解した彼女は布団を引っ張り口を隠した。
顔を赤くしながらも言葉を発した。
「おはようございます」
そうして彼女が準備をしている間、外で待っていた。
ドアを開けた彼女は昨日買ったローブを着て笑顔で口を開いた。
「行きましょうか」
これから何が起きるのかはまだ分からないが、目標は決まっている。
フィリアを助ける。
その後、彼女に想いを伝えよう。
そう決意して、ギルドへと向かった。
これにて第二章のストーリー自体は終わりです、第三章からも是非見ていってください!




