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クッキーせんべいチョコレート  作者: 風薙流音♪


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2/3

side B [boy says]

 聞こえるのは、ただ柔らかな風の音と、せんべいを噛み砕く豪快な音だけだった。


 草原のようにだだっ広い土地の芝生はきれいに刈り揃えられていて、等間隔に整然と並ぶ三十センチ四方の石の群れ――墓石を見ても、そこが広大な墓苑であるとはなかなか納得できない。なんだろう、ここに来るのが何度目なのかわからないが、何度来ても新手のアスレチック公園のように見えてしまってしょうがない。

 前方に、畳にして半畳ほどのビニールシートを広げて座り、墓石を睨みつけながらせんべいを食ってる幼なじみが見えるものだから、余計にしょうがない。

 今日も僕は、待ち合わせ一時間前に先に来ては一人で泣くだけ泣いて、僕が来る前には普段通りに戻ってしまおうという幼なじみの作戦を邪魔しないために、ギリギリ彼女の姿が確認できるところで約束の時間が来るのを待っていたのだ。彼女は僕に、弱いところをまるで見せてくれない。

 たぶん、僕が所詮ただの幼なじみ、だから。


 ようやく落ち着いたであろう時を見計らって、僕は場違いなビニールシートに歩みを進める。そして、毎度のように、彼女が豪快にせんべいを噛み砕く音が聞こえてくるのだ。

「久しぶり、ナッツ」

 僕は二年ぶりに会う幼なじみである女性に声をかける。なるべく、親しみをこめて。

 一心不乱とでもいうような真剣な様子で墓石とにらめっこを続けながらも、せんべいを噛み砕くことを忘れない、横顔の凛々しい女性は、これまた毎度のごとく僕に鋭い視線を突き刺し、そのまま目線で空いてるところに座れと言ってくる。

 彼女の目が赤いことには、もちろん僕は気づかなかったことにしておく。

 僕は言われるがままに腰を下ろすと、まずは墓石の主に挨拶する。せんべいを、口に運びながら。

「おじいちゃん、また来たよ。もう、おじいちゃんが死んでから十年も経ったんだね。あの頃はまだ十歳で何もわからなかった僕だったけど、今ではもう二十歳になったよ。少しは、あの頃より成長できたかな」

「しゅうはまだまだガキよー」

 隣からとんがった言葉が飛んでくる。いつものように。

「どうせまた女の子に告白して付き合って二週間もしないうちに別れてきたんでしょ?」

「ナッツは十年前から相変わらずだよね……。まぁ、こないだ三日目で振られたんだけど」

 せんべいとの格闘を中断して僕にちゃちゃを入れていた容赦のない幼なじみは、一瞬のフリーズを経て大爆笑した。


 ただ気持ちよく風が流れる草原のような墓苑で、彼女の澄んだ声は何よりもよく響き渡る。おじいちゃんに、自分が楽しく笑えていることを伝えているのかもしれない。

「ははっ、しゅうったら、はっ、本当に、相変わらずだわっ。何でそんなに早く別れるの?」

 彼女は目元を手の甲で拭うようにして涙をふいて、なお、盛大に笑い続けている。理由を、彼女の前では言うわけにはいかない。

 あまりに笑われすぎてばつが悪くなってくる。ついつい、せんべいに手を伸ばすペースが上がってしまう。

 しばらくの間、そうして他愛のない会話と、せんべいを二人して噛み砕く音が、青い空の下で響くこととなった。

 せんべいをいれていた一斗缶がついに空っぽになって、僕たちはシートの上でそれぞれ仰向けになる。今日も、青い空が視界いっぱいに限りなく広がっている。気持ちのいい風が、もうすぐ夏が来るよと告げている。隣には、ナツがいる。

「ねぇ、しゅう。おじいちゃんがくれたお土産のチョコレートは、どうしてあんなにおいしかったのかしら」

 空に向かって言えば、おじいちゃんが答えてくれるとでも思っているのだろうか。僕は彼女の目が”何”を見ているのか確かめるのが怖くて、空を見上げたままで答える。風が僕と彼女の頬をやさしく撫でていく。

「僕がいつももらっていたクッキーも、今までの人生で一番の味だった。いまだに、あのクッキー以上のものは焼き上げられたことがないんだ」

 呟くように、確かめるように、僕は言った。

「魔法使い、だったのかもね、おじいちゃんは」

「……そうかもね」

 そうか。美しいお姫様の心を縛るのは、魔法使いの残した魔法なのかもしれない。僕にとってそれは、まるで魔物の残した呪いのように、見えてしまうのだけど。

 そのおかげで僕は、好きでもない女の子に告白し、付き合って、でも、嘘をつくことができずに、結局言ってしまうんだ。


「……ずっと好きな子がいるんだ……」

「ん? 今、なんか言った?」

「空が広いな大きいな、だよ」

「あ、そう」

 何か憮然とした様子を残しつつも、それ以上は聞いてこなかった。口の中で、ワインを転がすように、告白の言葉を転がす。口から零れるか否か、ギリギリの声量で、風の流れを読んで、歌うように。彼女の耳には、届かぬように。

「あ、そういえば……」

 呟きが風にさらわれる前に、彼女は跳ねるように身体を起こして座り直すと、目を好奇心に光らせて僕の目を見ながら問うてくる。

「ねぇ、だいぶ前の話だけどさ、あの言葉って、どういう意味だったの? ほら、小六の時にさ、やけに真剣な顔で言ってたやつよ!」

 忘れるわけがない。僕の最初の告白だ。

 そして――最初の失恋だ。


「たしかさ、おじいちゃんが死んじゃってからちょうど一周忌じゃなかった? 『僕がナッちゃんのおじいちゃんになるよ』だっけ? あたしさ、一周忌に散々けなすのも『女の子は優しさも大事だ』って言ってたおじいちゃんに怒られちゃうかなと思って、精一杯笑いどころを探したんだけどね、全然思いつかなかったのよ。だから仕方なく『ごめんなさい』って謝ることにしたんだけど。未だにどういうギャグだったのか見当もつかないのよね、アレは」

 何ですと?

「それに中三のときのも覚えてるかなぁ」

 忘れるわけがない。失恋を忘れるために女の子にどんどん告白しにいって、でも、ナッツ以外の女の子にはやっぱり好きだって言えなくて、もう一度だけ、と悲痛な覚悟で料理まで勉強して、ナッツの大好物を作って二度目の告白をしたんだ。

 そして――二度目の失恋だった。


「そのときにも真剣な顔でさ、もう、鬼気迫る勢いってやつであたしの前に来て、『これからは僕がナッツのためだけにココナッツ入りチョコレートを作るよ』ってさ。まぁ、ありきたりなギャグだったけどね、そのチョコレートってのとココナッツの歯ごたえってところが良かったんだけど、あたしナッツなんて呼ばれ方が気に食わなかったからさ、つい睨みつけながら『黙れ小僧』って言っちゃたのよ。そしたら凄いスピードでチョコ持って帰っちゃうんだもん。本当に腹っ立ったなぁ、あの時は。そもそもバレンタインでもないし、ましてや男のしゅうが何であの時、チョコなんて作って持ってきたのかずっとわからなくて」

 何ですと? というか、

「呼ばれ方嫌だったんなら早く言えよっ! もう五年前だろっ!」

 思わず身体を起こして彼女の方に向き直る。するとなんでもないように答えが返ってくる。

「だって、そんな機会なかったじゃない。それにココナッツは好きだったから、我慢してたのよ、チョコのために。ナッツって呼んでるうちに、また作ってこないかな、と思って。でも、あれから何もくれないんだもん。ケチになっちゃったなぁ、って」

「食いたいならそう言えってば!」

 知らず知らず声のボリュームが上がってしまう。頭がくらくらする。


 待て待て待て。何か大変な失敗をやらかしていたのかしらこの僕は。

 両耳を塞ぐようなポーズをしつつ、ナツはまた睨むようにして口を開いた。

「もうっ! そういうのを逆ギレって言うのよ! まったく、少しは反省しなさいよ」

 反省。深呼吸を一つ。すう、はぁ。

 目の前の、成長した幼なじみを見つめる。

 彼我の距離、およそ一メートル。

「……ちなみに、質問してもよろしいでしょうか?」

 腕を組み、こちらを見下ろすスタイルの彼女にお伺いをたてる。

「もしかして、もう一つ、似たような疑問があったりするの?」

 彼女は瞬時に答える。

「えぇ、もしかしなくてももう一つ。最後は二年前。高三の時のやつ」

 忘れるわけがない。忘れられるはずがない。あれは、付き合ってもいつも結局は嘘をつき通せずに別れることになってしまうこの僕が、人生を賭けた最後の告白だった。

 そして――永遠の失恋だった。


 ……はずなんだけど。

「しゅうは例のごとく怖い顔で、『ナッツ、二十歳になったら、僕と一緒に…来てくれ』なんて言ったのよ。だから『どこに?』って聞いたのに、しゅうは『一緒に』なんて真顔で言うんだもん。卒業式の準備諸々で忙しかったのにさ、ギャグとしてのレベルも低いし、何が言いたいの?、みたいな感じだったから、『付き合っていられないわ』って返したのよ」

 『僕と、一緒に生きてくれ』って言ったんだよっ! 

 プロポーズだよっ! 気づけよっ! 

 頭の中は半パニック。今までの寝ずに考えた名告白の数々がことごとくギャグにされていたと?

 …………告白だとすら伝わってない!?


「結局、全部、一ミリどころか、一ナノ、いいえ、一ピコの面白さも含まれていない、くだらないギャグだったの?」

 いぶかしむような、品定めするような、あるいはもっと別の答えを待っているような、そんな表情で、僕の瞳を真っ直ぐに見つめて、彼女は問い掛けてきた。

 もう、頭の中が真っ白で。どうしたもんだか。笑うしかないとは、このことか。

 あはははは。

 でも、砕けてしまうには、まだ早い。だろ? おじいちゃん。

「ところで、ある少年が次から次へと女の子と付き合っては、ことごとくあっさりと振られる理由って何だかわかる?」

「へ? それってしゅうのこと?」

 一瞬キョトンとした後で、毎度の凶悪さを内に秘めたような笑みを浮かべて(でも可愛いんだよなぁ)、自信たっぷりに答えた。

「そうね、きっとその少年は幼い頃に不幸にも近所の気のいいおじいさんから骨の髄まで親父ギャグを叩き込まれてしまったのよ。だからね、まるで『今日はいい天気ですね』とでもいうような調子でギャグを浴びせられる女の子はすぐにストレスで参っちゃうわけよ」

 ずいっと、体を寄せて、人差し指を僕の額に突き立てながら、

「図星でしょ? 女の子に振られてばっかりの少年くん♪」

 間違いないでしょ? そんな調子で天然ボケ(自覚症状無し)幼なじみは楽しそうに額を何度も突っついてくる。痛いってば。

 僕は自分の十年間のあれこれを走馬灯のように思い出し、がっくりとうなだれた。


「ん? どしたの? 図星過ぎて立ち直れなくなったのかな~」

 明らかに僕をおちょくって楽しんでいる。肩までのショートヘアを垂らすようにして僕の顔を下から覗き込んでくる。

「ん? どしたどした? 図星だったんでしょう? 白状しなさいなこのナツお姉さまに! それともあたしが久しぶりにしゅうのギャグを判定してあげようか?」

 顔のすぐ直下、言葉が行き交うだけの空気以外には、僕とナツとの間に、何も無い。

 その、想い人のあまりの近さに、僕は、ドキリとする。

 懐かしい、三人であの縁側に座っていた時よりも、おじいちゃんの分だけさらに近い。

「ほれほれ!」

 悪乗りするのも昔から変わらない。

 何でこんなにも、彼女は無防備なのだろうか?

 何でこんなにも近くに彼女はいるのだろうか?

「へ?」

 刹那の時間が過ぎて、一つの驚きの声が上がり、僕たちは再びシートの上に寝そべっていた。


 太陽の光からナツを隠すようにして、僕は彼女の頭の横に両手をついて自分を支えている。僕の体はナツの上にあって、ナツの体は僕の下に組み敷かれている。

 …………やっちまった。

 ナツはその口をパクパクと金魚のように開け閉めしながら、目を真ん丸くしている。

 いつものように、一晩寝ずに口説き文句を考える時間は無い。

 ただ真っ直ぐに、ナツの、澄みきった、真ん丸に見開かれたままの瞳を見つめて告げた。

 大きく振りかぶって、球は直球、一球入魂。

「えぇと、僕、ナツのことが好きなんだ。十年前、あの縁側で出会ったときから今まで、ずっと。ずっとナツだけのことが、好きだったんだ」

2006.3.26

※字下げと空行の追加を行ったメモ。2026.1.11

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