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獏の夢結び  作者: 夢咲 紅玲朱


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13/21

現世 咲紀

流血表現あります。


一方、場所は夢幻の世界から下界へ、夢夜が生まれ育った村へと移る。

生贄を途中で死亡させ、あろうことか逆らった村人を刺殺した村長は、当然のごとく、村人たちの反感を買っていた。

この村には、五人の村長がいる。互いに相談しあった上で、大事を決めていたのだ。独断は許されず、必ず多数決で決めると掟で決まっている。

咲紀の嫁入り――生贄の儀式の参加は、五人の村長により可決された事。替え玉をたてる事は秘密裏に行われたことだったのだ。

「加担した者は追放。娘可愛さに、主祭神の大蛇様をたばっかた貴様は、鞭打ち二百回だ」

四人の村長たちが下した決断は、非情なものだった。

村長と咲紀は、広場へ引きずり出された。咲紀は(つた)で縛り上げられ、父親は地面に十の字に置かれた板に縛り付けられる。

咲紀の眼前で、鞭を手にした男が、ぱらりと束ねていた紐を解いた。

この鞭は、夢夜が振るわれていた竹製の(むち)とはわけが違う。先端が鉄でできており、強い力で当たれば、骨が砕ける恐ろしいものだ。つまり、咲紀の父親は事実上、処刑される。

夢夜が死んだ日から、大蛇の怒りを物語るように、雨はやまない。土砂降りの雨に打たれ、体を泥へ投げ出された親子は、恐怖で怒声を上げた。

「待って! お父さまを傷つけるものは許さないっ!!」

咲紀は声が枯れそうなほど懇願した。

殺してやる。

こんな事、この私が許さない!!

しかし小娘がどれほど恨みを込めて睨みつけようと、老齢の村長たちには全く効果がなかった。

「泉は氾濫し、村の半分は浸水してしまった。家を失ったもの、洪水で死んだ者たちにどう言い訳するつもりだ?」

「それは私達のせいじゃないわ! 途中で死んだ、あの奴婢が悪いのよ!!」

咲紀は怒りの矛先を、夢夜へ向けた。

「それは違う。そもそも奴婢を身代わりに仕立て上げた時点で、万死に値する罪だ。・・・愚か者共が。五十年前、だれの犠牲のおかげで、ぬくぬくと贅沢な暮らしができたと?」

「・・・・・・私に、(めい)など、いない」

重い口を開いたのは、咲紀の父親だ。村長たちは、それぞれ「呆れた奴め」と(ののし)った。

「そなたの顔を立てて、譲葉の娘たちへの仕打ちに目をつぶっていたが、もはやその必要すらない」

――やれ!

鞭が重低音をたて、うなる。それは男の肉を裂き、骨を砕いた。

男のうめき声と、娘の絶叫が同時にほとばしる。

しばらく雨空へ轟いた父親の絶叫は、次第に弱まり、やがて止まった。娘の恫喝が残るのみだった。




その日のうちに、咲紀は花嫁衣装も着せられぬまま例の生贄を運ぶ神輿へ、体を縛り上げられ押し込められる。

顔は隠していないから、大蛇はすぐに咲紀だとわかるだろう。

自害せぬよう、口に猿轡(さるぐつわ)を噛ませられ、恨み言も吐けない咲紀は、誰もかばうものがいない現実に絶望した。

以前、生贄に出される間際、夢夜が言った言葉。

『咲紀。あなたは〈ほんとうの意味で〉誰にも愛されないわ。今までも。この先も』

悪夢だ。

咲紀は神輿の担ぎ手の頭を蹴飛ばした。


(夢だ 夢だ 夢だ 夢だ 夢だァ!!)


喉から声を絞り出し、(わめ)き散らす。

「なにしやがる! てめぇはもう、村長の娘でもなんでもねぇんだぞ!?」

当然のごとく、蹴られた担ぎ手は怒り、平手打ちした。バチン、という音、生まれて初めて殴られた咲紀の頬はじんじんとしたミミズ腫れの痛みが広がる。

(――・・・これは夢なのよ)

急におとなしくなった咲紀。その血走った瞳から、ぽろりと一滴の涙がこぼれた。

(・・・・・・いったい、私はどこで間違えた?)

思い返せども、答えは一向に見つからない。

(奴婢を身代わりにしたから? なによ、今まで黙認してきたくせに。自分たちもあの女を見下して、踏みつけにしてきたくせに。私だけじゃなかったのに!!)

なぜ自分だけ? なぜこんな目に合うの? 父親は打ち殺された。私はあの奴婢で遊んでいただけ。粗相をしても、命までは取らないでやった。いつだって、地面を這いつくばって謝れば許してやった。

なのに、なぜ? それを遥かに上回る仕打ちを受けねばならない? 

(ああ、こんなことなら、あの病気の母親を殺してやればよかった)

咲紀の歪んだ笑みは、この世のどの化け物よりも恐ろしいものだった。

(じっくりいたぶるなんて、面倒なことはしない。あの母娘も村の連中も、その首を私の手で切り落とす。その返り血の雨を、この豪雨に混ぜて、村中に振らせてやる!)

女の恨みは蛇よりも恐ろしい。特に、この咲紀という娘はそら恐ろしい狂気を生まれながらに秘めていた。

(後悔させてやる・・・!)

咲紀は揺れる神輿の中、近づいてくる大蛇(おろち)の巣穴である洞穴を血走った目でギンッと睨んだ。

(私は死なない。死んでたまるものか!)

咲紀の恐ろしい恨み言が聞こえぬ村人と村長たちは、黙々と山を登る。

断崖絶壁の岩山を登り、やがて洞穴までたどり着いた。ゆっくり、神輿をおろす。・・・幸い、ここに至るまで、大雨に立ち往生せずにすんだ。つまり、大蛇が許したということだ。

洞穴の入り口。村長四人を先頭に、巣穴へ向かって、いっせいに深く平身低頭する。真っ暗な洞穴からは砂埃とともに、ゴォッと生暖かい風が吹く。外は豪雨が岩場を打ち付けているが、洞穴の中は乾燥している。

「大蛇さま。生贄をすり替えたこと、平に、平にお詫び申し上げます」

村長は、震えをこらえて、はっきりと言葉にする事を意識した。これ以上無礼を働けば、命はない。

すると、身の毛のそそけ立つような、生き物の動く気配が洞穴の奥から響いてきた。


ズリッ。

ズル・・・。


体を地面に擦りつける音。地を這う生き物の、チロチロと長い舌が舌なめずりする気配。

咲紀は体が石のように動かなくなった。それは他の村人も同様だ。ここ百年、大蛇の姿を直接見たものはいなかったのだから。

つるりとした尊顔が、暗闇からぬっと現れた。白と思われた体は、ガラガラヘビのように(よこしま)な模様。毒蛇が、そのまま巨大化したような風体だ。

「ひぃっ!?」

村の男の一人が、顔を上げてしまった。蛇の姿を間近で見て、耐えきれず腰を抜かす。

『フフ。我が(みにく)いか?』

大蛇は男へ、その何倍も巨大な顔を近づける。真っ赤な舌で男をべろりと舐め上げた。

シャッ!!

蛇はガバリと大口を開けた。残像を残すほどの速さで、獲物めがけ喰らいつく。

男は悲鳴をあげる暇もあたえられない。頭からアグアグと、丸呑みにされた。飲み込まれる途中に長い牙が皮膚を裂く。滴り落ちた真っ赤な鮮血は、乾いた地面の砂を染めた。

「――・・・!」

村長と他の村人たちは、身動ぎすらせず、ひたすら岩になった気持ちで耐えた。頭上から、男の骨が砕けるゾッとする音、降りそそぐ血の雨を、酸っぱいつばを飲み下して耐える。

それは咲紀も同様だった。

(わ、わたし、は、今から、こいつと同じ目に・・・?)

冗談じゃない。

咲紀はガタガタと震えが止まらなかった。この蛇は『次はお前の番だ』と言っているのだ。

跡形も残らず、すっぽりと飲み込まれた人間は、蛇の長い食道をぽこりと膨らませている。恐怖を通り越し、気が狂いそうな光景に、人間たちは声すら出せなかった。

やがて蛇は、ぬらり、鎌首をもたげ、神輿に隠れる咲紀へ顔を向けた。

『待ちかねたぞ、ユズリハ・・・』

「っ!?」

咲紀は身をすくめた。

(なにを、言っているの・・・? 私は咲紀よ)

しかし蛇はぬっと顔を近づけると、血生臭い息を吐きかける。今しがた喰った獲物のせいだ。うっと、こみ上げる強烈な吐き気をこらえ、咲紀は顔をそらした。

逃げたいが、縛られているから身動きも取れない。

蛇は、幸いにも今すぐ生贄を喰う気はなさそうだった。先に村人を喰ったからかもしれない。長い舌で咲紀をベロベロと舐め回す。こみ上げる恐怖と絶望を必死に咲紀は耐える。

やがて蛇の舌は、咲紀が愛用している桃色の衣を舐め始めた。

『これぞまさしく、天女の羽衣・・・』

蛇は舌を引っ込めると、咲紀へ黄色い目玉を向けた。

『だがお前は、ユズリハではないな?』

「っ」

咲紀は低く問われた。慌てて村人の一人が猿轡を外す。ようやく話せるようになった咲紀は、まくし立てた。

「ゆ、譲葉は、もういない。五十年前よ・・・覚えてないの!?」

無礼な物言いだったが、蛇は(とが)めることなく『ふうん。そうだったかな?』と首を傾げた。

(この記憶力のなさ。どうやら、知能はあまり高くないようね・・・)

もしかしたら、と咲紀はひらめいた。

(この蛇を言いくるめられたら、助かるかもしれない。それどころか、父を殺した連中へ復習さえ可能だわ!)

貪欲に生を求める女は、獣のようにギラギラと目を光らせた。目の悪い蛇へ、おとなしい娘を装った口調で続ける。

「こ、この衣は、父からもらったものよ。・・・その譲葉という女の血を引く者は、先日ここに嫁ぎに来る途中、事故で死んだわ。でも、村から消えたもう一人の女がいるわ。病気がちの死にぞこないだけど、生きているかもしれない。あなたが直接、探しに出たら?」

『・・・我は巣穴から離れられぬ。その女の顔を知っているのなら、お前が探しにゆくのだ、我妻(わがつま)よ』

『我妻』――そう呼ばれた咲紀は、ほくそ笑んだ。

(どうやら、私は当分、死なずにすむようね)

蛇の脳裏には、先日巣穴の近くで死んだ娘と、それを連れ帰る獏の姿が浮かんだ。

「その死んだはずの娘は生きている。母子ともにな。ユズリハの縁者と知っていればあの場で喰らっていたが・・・・・・」

奴婢の娘が生きている。咲紀は目を丸くし、村人はざわめき立った。

(ほら。運が向いてきた)

嫌な予感で怪訝な顔の村長たちへ、咲紀は凄まじい殺気を込めて笑ってみせた。



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