冷たい井戸水
無事クーラーボックスは乾いた。嫌な匂いもしない。中にちょろっと井戸水をいれてやって、その中にコップに避難していた触手をいれてやる。うっすらと溜まった水の上で、ぴちぴちと触手が動きはじめた。とりあえずはこれでよさそうだ。冷たい水の上で気持ちよさそう?にしている。…コップはあとで洗っとくか。さすがに。
ようやく取り戻した扇風機ではあるが、正直あまりにも暑い。気持ちよさそうにしている触手を見ていたら、私も冷えた水をあたまからかぶりたくなってきた。…ちょうど水はクーラーボックスにいれるために、ピッチャーに汲んできたやつがある。風呂場までいくのには面倒くさいとなると、やることは一つだった。触手を見つけた時にやろうとしたことと同じだ。
閉めていた網戸をあけて、裏庭もどきに頭をだす。そして、ピッチャーの蓋を外して、ひと思いに頭からかぶる。火照った頭に、汲みたての水がなんとも言えないほどに気持ちがよい。ちょうどよく吹いていくる風が、また心地よい。地面の玉砂利も水に濡れて、まるでぴかぴかと光っているようだ。わずかに苔むしたやつがたまにまじっていて、その苔も、今しがたぶちまけた水を吸って、やや緑を帯びはじめたかのように見える。その水も数十分たば、また何事もなかったかのように、乾いてしまうだろう。
「…もうこんなに時間がたってたのか。」
少し横になっている間に、太陽が沈み始めようとしていた。夕焼けというにはまだ早いが、あんなに眩しかった日差しが、少しずつ柔らかいものにかわっていた。あとそんな時間もしないうちに、日が沈むことだろう。夕飯の時間だが、なんとなく食べる気がしない。
私は自室のPCを立ち上げて、拾った触手の種類について調べ始める。これがわからないと、育てることができないからだ。ちぎれちぎれになって、干からびかけていたが、それなりに元の姿を取り戻した触手からは、模様が見えとれる。かなり特徴的だ。薄いピンクの地に、白線と茶色の模様。なんとなくではあるが、水生種かそれに近いやつじゃないかと思っている。
調べてたところ、やはり、水性種であることが確認できる。餌は特にあたえなくても水につけておけばよい。たまに水草あたりなんかを与えておけば、勝手に増えるタイプだ。へぇ。空気は不要と。細かい種類までは特定できないが、とりあえずは水さえ汲んで与えてやればよさそうだ。
「…確かにうちは川辺だが、なおさらなんで、裏庭なんかにコイツは落ちてたんだ?」
まぁそれはそうと、追加で汲んできた井戸水を、クーラボックスに注いでやる。溺れる心配がないとわかったので、今度はある程度水かさがでるまでいれてやるのと、最初にいれた水がぬるくなっていたので、少しだけ氷をいれてやった。目に見えて先ほどとは違い、元気になっていく。特に氷が気に入ったようで、ぴったりと体をつけて涼んでいる。
…その姿をみていたら、少しだけお腹がすいてきた。今の時間なら、まだ近所のスーパーがやっていたはずだ。麺類。そうめんかそば辺りなら食べれるだろう。そういえば、この間よった時、茶そばを安く売っていたのを思い出した。それぐらいなら今の私の財布にも優しい。…買ってくるか。
ピッチャーにわずかに残っていた井戸水を、そのまま飲み干して、私は立ち上がった。いつしかあれだけうるさかった蝉は、死んでしまったかのように静かだった。もう、日が落ちそうだ。