目のない来訪者
裏庭…と言うにはおこがましいが、自室の外には確かにわずかなスペースがある。裏の家との境界を示すブロック塀と自室の窓との間の、ほんのわずかなスペース。しかし、確かに裏庭ではある。小学生の頃はここで、朝顔だの、キュウリだのトマトだのを育てていたこともあるぐらいだ。だが、いつしかそんなものも育てなくなると、夏に雑草がはびこっては冬には雪に埋もれるだけの存在と成り果てた。
長いことほったらかしにされたスペースだった。だが、つい数年前程に、雨が降るたびにぬかるんだ泥が跳ねて窓を汚すようになり、ブロック塀や窓の掃除をしなければならなくなった。ぬかるんだ泥の掃除に嫌気がさした私は、近所のホームセンターにいって、玉砂利を数袋買い込み敷き詰めた。一回に買い込んだ量ではまったく足りなくて、何度か買い足す羽目になったが…。
ともかく、玉砂利をこれでもかと敷き詰めた裏庭もどきは、泥が跳ねることがなくなり、副次効果として雑草も生えにくくなり、部屋に入り込む虫も多少は減った。今では夏が来る前に塩をまくことで、比較的綺麗な状態を維持している。つまりは、玉砂利が敷き詰められたこの裏庭もどきには、ミミズだのカエルだのナメクジなどは、あまりわかないのである。せいぜいは文字通り「石に苔むす」ことがあるぐらいだ。
そんな裏庭に仰向けの状態で半身を出した私は、ふと、なにかに見つめられているような気がした。視線を感じるという言葉があるだろう。まさになんというか、そんな感じがしたのだ。仰向けの状態から、上体を起こし、窓の外を見る。だが当然、誰もいる訳がない。気のせいだと自分を納得させ、ついでだからと地面に視線を下ろす。「雑草が生えていれば、塩ぐらいまいてやるか。」という程度の軽い考えだった。
その瞬間、目があった気がした。いや、ソイツには目が無い。だから、物理的にそんなことはありえない。パッと見は、ミミズだった。そいつは今にも干からびてしまいそうで弱々しかった。もはや蠢く気力も無い感じだ。だが、こいつはミミズじゃない。
「…お前、どっからやってきたんだ。死にそうじゃねぇか。」
ダンジョンに出現するやつとしておなじみ、触手である。といっても、どうやってここまでたどり着いたのか、ちぎれちぎれになったのだろう。今はまるでミミズのように、玉砂利の上で焼かれるのを待つばかりである。カラスにでもやられたか、野良猫にでもやられたか。
まぁ別にこのままほっといても死ぬだろう。所詮は一応モンスターの分類ではあるし、このまま叩き潰してもいいだろう。この程度の大きさなら、大抵は害は無い。…日差しが更に強くなってきた。何匹もの蝉の鳴き声が、何重にも重なって、ただただ煩く響く。そんな異質な空間に、私と干からびかけた触手だけがいる。
そんな来訪者をみていたら、ふと、自室の押し入れに、ホコリを被ったクーラーボックスがあることを思い出す。買ったはいいけど、どんどんとインドア派…いや、カッコつけるのはやめよう。陰キャのオタクになっていったので、外で遊ばなくなり、キャンプや釣りにもいかなくなって、押し入れに押し込んだ、ただの思い出の残骸でしか無い。外で遊びたくはないのに、思い出をいつかまた使いたいという願いが、色褪せたシールとともに、ボロボロと崩れて、わずかにのこった残滓。そんなモノを思い出した。
「…飼ってみるか。」
口から出た言葉は、自分でも意外だった。
始めての感想を頂きました。まじか…自分の作品に感想がつくなんて…。
本当にありがとうございますっ…!