生物ならば抗えない、絶対の。…そして明滅。
パーティーと分断された上に、触手によって引きずられている。正直私だけの戦闘力はゴミみたいなものだし、そもそもちゃんとした戦闘経験は今日が初である。概ね詰んでいる状態だがこの状況から入れる保険があれば、是非紹介してもらいたい。はっきりいって、現実味がなさすぎて現実の理解を放棄しそうだ。だが、受け入れないとこのままただ死ぬだけだ。
唯一希望としては、触手それ自体には害意が感じられない。だが、現実として触手は私の足にしっかりがっちりと巻き付いて私を引きずっている。幸い触手の上を引きずられているので、全身ぬめぬめになっているだけだがダメージは軽微だ。せいぜい絡みつかれている足が痛いぐらいだが、水流に巻き付かれるのに比べればどうということはない。
…随分触手に詳しくなったなぁ。
さて、現実の方は引きずり込まれた小部屋の入口に、触手が殺到して閉じていく光景が見える。ふっとばされた扉の大きさを、みるみるうちに触手が塞いでしまった。まず、砂塚と神埼がすぐに私を助けるのは無理だろう。はっきり言えば手遅れだ。ヘルメットにライトを付けていなければ、今頃真っ暗な空間で絶望していたはずだ。
一方で、私を引っ張っている触手の出どころを確認すると、やはり水に浸かっている触手から生えてきている。ただ、入口から見たときと同様に、その触手には意思があるようには見えない。水流と土流を見てきたから分かる。…っていうかこのままだと私、水の中に引きずり込まれるんじゃないか?それはまずいな。人間は水中で呼吸はできない。このまま引きずり込まれたら、流石に最後だな。
そう思っていたのだが、ギリギリで水の中に引きずり込まれるのは回避。地面…いや、触手の上に投げ飛ばされる。よくよく見れば、地面も壁も天井も擬態しているだけで全部触手だ。で、その中心部があの入口からも見えた塊。水中はよく見えないが、見える範囲ではそれなりに水中に広がっている。おそらくあの先が湖に繋がっているはずだ。
天井から滴る粘液がヘルメットへと垂れてくるが、既に全身ぬるぬるである。…まぁ、実際としてはそんな事にかまっている暇はないんだけど。あまり意味はないが、呼吸の確保のために顔をスーツの袖で拭う。そのスーツもべったべたなのだが、やらないよりはマシだ。
「はぁ。」
足首に巻き付かれてから舌を噛まないように、それから口に粘液が入らないようにずっと閉じていたし、呼吸も我慢していたのでようやく息を吐き出せた。正直本気で死ぬかと思ったが、まだそこまで行ってない。不運なのか幸運なのかは微妙なところだ。まぁ、殺すつもりならそのまま四肢をバラバラに引き裂かれるか、水の中に引き込まれていただろう。
「つまり、まだ殺すつもりはないと。」
まぁ、後で殺されるかもしれないけど。とりあえず、腰から棍棒を引き抜く。それと同時に、触手の塊から、一本、明らかに違う色の触手がびゅっと飛び出してくる。赤褐色と茶褐色の触手の塊から生えてきたそれは、緑と黄緑のシマシマで大きな黄色い目がついている。その開かれた眼はじーっと私の事を興味深そうに見つめているが…こいつからは害意を感じる。おそらくコイツが原因だ。
ぎょろぎょろと動く瞳が、死ぬほど気持ち悪い。
流石に発声器官は存在しないようで、瞳で見つめてくるだけだ。だが、これもやはり自宅の触手たちとの生活が長いからか。「コイツか」みたいな嘲りを感じる。触手が何を考えているか分かるのが役に立つ時が来るとは、人生何があるか分から無いものだ。
「あん?今日はアイツは一緒じゃないのかって?…水流の事か?…家で留守番だぞ。」
なんとなく、そう聞かれている感じがするので回答してやる。その瞬間、明らかな落胆の色が見える。…コイツ。触手本体じゃ無いな?触手には意思が無いように思えたが、間近で観察してようやく分かった。触手とこのギョロ目、別モノだ。…黄緑と緑のシマシマ…そうか、こいつ寄生虫だ。こいつが触手をコントロールしているんだ。だが、視覚がこの本体にしかないから私を見る為だけに、出てきたんだ。
つまり、今、油断して出てきている間に、この本体を討伐するしか勝機が無い!
明らかに相手は、舐めている。実際、跳んできた触手を迎撃することもできなかったし、自分の戦闘力は大したことはない。ぶっちゃけ、既に恐怖で足はガクガクだ。だが、今、ここでやらねば、死ぬだけだ。黄色い瞳を見据えながら、棍棒を持つ手とは反対の手で頭のライトに手を伸ばす。私はわざと頭のライトのレベルを下げる。ギリギリやつの瞳と本体が、どのあたりにあるか分かる程度にまで光量を落とす。はっきり言って暗い。本来ならば、自分の首を締める行為だ。
反撃する事もできないと、恐怖で動けないと舐め腐っている今、油断している今しかない。暗い洞窟の中で、瞳孔が最大まで開いている黄色い不気味な目を睨み返す。
「…人間を、舐めるな。」
返ってくるのは明らかな嘲笑。私のことを馬鹿にしまくっている。いいぞ、そのまま時間を無駄に使え。この暗闇に目を慣らしてしまえ。ヤツが近づくのに合わせて、更にライトの光量を落としていく。今コイツには、私がなんでこんなことをしているのかを注意深く考える気は、さらさら無いはずだ。
「寄生虫のくせに、瞳だけはでかいんだな。」
強がりだ。だが、いまので、ちょっと癇に障ったのか、その瞳をこちらに近づけてくる。ギョロギョロした感じから、ギロリとした感じへと変わっていく。もう、本当に目と鼻の先まで、やつの瞳が近づく。…それを確認した私は、頭のライトの調節をやめてヤツの死角になる腰のポーチに手を伸ばす。そして、それのダイヤルをMAXに調節する。
「それとも、お前も誰かにおんぶ抱っこじゃないと、何も出来ないんだな。…あぁ、つまり私と同じ役立たずか。」
ヤツがキレて大きな瞳を、コレ以上無いというぐらい、かっと開く。わかりやすい間抜けめ。
「馬鹿め!」
腰から予備のハンドライトを、しかも洞窟用のフラッシュライトを、本来もっと広域を照らすものを狭い範囲に調節した上に、バッテリーを馬鹿食いするぐらいに最大光量に調節したものを、本来、ケイビングの装備だから不要だが、ポーチから外すのがめんどくさいのと、なにかに使えるかもしれないという心配性から、そのまま持ってきた——
まず、間違いなく、直視すれば網膜が焼ける——光、光を黄色の瞳に押し付ける。
本来、こんな目なんてなくても、コイツは周りの状況ぐらいわかるだろう。だが、視覚情報とは、それだけの情報量がある。そのセンサーがいきなり一つ、焼け付いたらどうなるか?そう、本来できる動きもできなくなる。それが生物の感覚器官であり、脳の情報処理であり、生物特有の反射行動——
生物であるかぎり、避けられぬ致命的な反応。フラッシュライトは、そのまま黄色の瞳に突き刺してくれてやり、片手持ちにしていた棍棒を両手で構え直す。そしてそのまま渾身の正真正銘、全力のスイングを振り抜いて叩きつける。
——次の瞬間、腹部に衝撃を感じたのと同時に、視界が明滅した。
別作あり〼
愛用のクッションがどうもなにか変
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青空設置しました。
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