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下 『いざ、カレーライスを作ろう!』

それから、3日後。

のえみが住んでいる下宿に、手紙が来た。


▫▫▫


拝啓 桜ヶ崎のえみ様


美乃里屋の桐道(きりどう)君からの連絡をいただいた

料理人の篠田泰堂(しのだたいどう)と申す


カレーライスの件でレシピが知りたいと聞いたので

明後日(みょうごにち)にそちらへお伺いするとしましょう


あなた様に出逢えることを

楽しみにして(そうろう)


▫▫▫


こう書かれていた。


篠田泰堂氏と言えば、雑誌に料理を掲載している『超有名料理人』だ。

まさかここまで話が大きくなる、そう思わなかった。


「んまぁ、いい機会だと思えば……」

手紙をまじまじ見ながら、のえみはそう呟いた。


▫▫▫


その頃だが、達美のばっちゃんが体調を崩したって話を聞いた。

随分前から喘息を再発して咳き込んでいたし、心配している。

当然だが、店は臨時閉店。

働き場が一時的にないのえみは、チノさんの機転で下宿先の料理番を任されていた。


「なっ、カレーライスの話はどうなったん?」


同じ料理番を任されている、ミチルが聞く。

事の経緯を、話す。


「……ええ!篠田さんに教えて貰うんかぁ!ええなあ、ええなあ!」

そうミチルが言いながら、身体のあちこちを叩く。


「こら、ミチル。声小さくしな」


舌を少し出しながら、ミチルは「ごめん、ごめん」と言った。

「でもまぁ、教えを講じるまで達美のばっちゃんが元気になればえぇな」


「そうだね」


『二人ともー?夕飯の下準備は出来たかね』

二階から、チノさんの声がする。


「あ、はい!出来ましたァ」

ミチルが応える。


『ほんだら、退去した部屋の掃除を手伝ってぇな』


「「はぁーい」」


二人は手を洗って、台所を出た。


▪▪▪


それから、また3日後。

下宿先に、篠田さんが来た。

(なお、下宿の台所を間借りして、教わることになった)


「ほ、本日はよろしくお願いいたします」

割烹着(かっぽうぎ)に着替え終え、のえみがそう言った。


「そう堅くならずに、楽しく料理をしましょう」


強面だから、怖い人と勝手に思っていた。

……が、実際にはかなり親しみやすいお方だとのえみは思った。


ちなみに、今回使う食材は態々(わざわざ)篠田さんが調達してきたらしい。

下宿の厨房にあるものを、と言ったのだがそれでも使ってほしいとの事だ。


「カレーライスをお店で出したい。そう思っているのであれば、何のこれしきですよ」

そう、彼が言っていた。


「それでは、始めましょうぞ」


▫▫▫


料理が始まった。

篠田さんが用意したレシピを参考にしながら、作っていく。


「……手際が良くて、驚いたよ。何処かで働いているのかね?」


最中(さいちゅう)、篠田さんが聞いてきた。

食事処で長らく働いていて、料理人を目指していると話した。


「なるほどな。そりゃあ手際が良いわけだな」

本家の人からそう言われて、素直に嬉しいな。


「……あ、でも。分からんことが、あります。肉の匂いがたまぁに残っている事があるんです。何か処理とか、せんといけないんでしょうか」


「それは、だな。生姜や酢がいいな」


「はあ、生姜や酢がいいと……」


煮込んでいる中、聞きたいことは聞いた。

篠田さんは、何でも応えてくれた。


―――そんな、こんなで。


カレーライスが出来上がった。

食堂に運ばれて、チノさんや、ミチル、下宿生の何人かでもてなした。


「「いただきます!」」


皆、一斉に食べ始めた。

のえみはどう反応するか、緊張しながら待っている。


「……お、おいしい」

一言目は、ミチルだ。


「ええセンスしとるんと、ちゃう?美味しいで」

チノさんも言う。


下宿生の皆も、笑顔で「おいしい」と言ってくれた。


「……あとは、食事処の奥さまに食べさせて貰いたいですな」


篠田さんがそう言った時、電報員の人が玄関先から呼び掛けた。


「はいはい、行きますよ」

チノさんが対応する。


「のえみちゃん、ちょっとええか」

戻ってきたチノさんは、顔色が曇りかけている。


「どしたんですか」


電報紙を、貰う。

そこには『キイエタツミ ジュウトクナリ』、そう書かれていた。


▪▪▪


のえみは、達美が入院している病院に急いで向かった。

看護師さんに事情を話し、病室へ案内して貰った。


「ばっちゃん!」


部屋に入ると、先生とベットに横たわっている達美が居る。


「……ああ、のえみさん」

先生がお辞儀をする。


「ばっちゃんが、き、重篤っちゅう話を聞いたんですが」


のえみが言うと、先生は達美に目を落とす。

「……手を施したのですが、持ってあと……日の出位でしょう」 

そう、呟くように言った。


「そ、そんなあ……」


のえみが、言葉を失った。

自分自身、あんなこと言わなきゃ良かった……そう、後悔した。


「で、のえみさんに樹家さんから」

先生は(ふところ)から、手紙を取り出した。


「……それでは」


先生は、部屋を出た。


▪▪▪


のえみは、椅子に座り込んだ。

そして、渡された手紙を出して読み始めた。


▫▫▫


のえみへ


もう、歳じゃから、もう無理と悟っての

あのお店を、のえみに託そうと思うてな


新しい食事を出したい、そう言った時の顔な

昔の自分とかなさった部分があった


じゃからこそ、作ってこいと背中を押したのじゃ


作った料理は、食べれんと思うけど――

その分、みんなに食べて貰いたいと思っとる


頑張りなさい


▫▫▫


















あの出来事から、半世紀。

のえみもすっかり、歳を重ねた。


チイナメ食屋も、次世代に継ぐのが決まっている。

『カレーライスの歴史』も、一緒に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新しい食事を出したい、というのえみの熱意が、篠田さんとの繋がりをつくり、そしておいしいカレーライスを作って。 達美さんからの手紙にあった、昔の自分とかさなった、頑張りなさい、という言葉に…
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