バイト
俺と雫は今、バイトをしている。
「すいません、ハラミ3人前とロース2人前とレバー2人前ください」
「分かりました、では繰り返させていただきますね。ハラミ3人前、ロース2人前、レバー2人前でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではすぐにお持ちしますね」
俺はお客様にそう言いキッチンに戻る。
「ハラミ3人前、ロース2人前、レバー2人前です」
「分かりました。南根さん、そこはそう切ってくださいね」
「はい、分かりました」
「高野さん、これを持っていってください」
そう言って愛有さんは肉が入ったトレーを渡してくる。
「分かりました」
俺はそれを持ってさっき注文を取ったお客さんの下へ向かう。
「お待たせしました。こちらハラミ3人前、ロース2人前、レバー2人前になります」
トレーをテーブルの上に置く。
「では追加のご注文があればお呼びくださいませ」
俺がそう言い終わると店のドアが開く。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました」
そこには面白いものを見る目で見てくるお姉ちゃんと親父と誠華がいた。
「いらっしゃってやったぞ」
「いらっしゃった」
「ええっと所持金がないのですか。そうですか。ではお引き取りください」
「お客様は神様だぞ。さっさとテーブルに案内しろ。金ならあるんだよ」
クソが。
俺は泣く泣くこいつらをテーブルに案内する。
「ご注文が決まり次第そこの呼び鈴でお呼びくださいませ」
「はーい、お呼びしてやるよ」
誠華はテーブルに肘を着く。
ていうかなんで誠華がお姉ちゃん達と来てんだよ。
俺は厨房に戻る。
「南根さん、人が多くなってきたので注文を取って来てくれませんか?」
「分かりました」
雫は俺の近くにやってくる。
「どうしたの竜?」
「まずいことが起きた」
「本当にどうしたの?」
俺はヤツらが来たことを言おうとしたがピンポンの音が鳴る。
「あ、私行きます」
雫はヤツらの下へ向かう。
「え?なんで誠華達が?とりあえずご注文はなんですか?」
「そうだね、ラムネと上ロース3人前、ハラミ2人前、タン塩4人前…ほか何かある?」
「生1つ」
「オレンジジュースとそうだな。なにか1つおまかせで」
「誠華は今日の夜覚えておいてね。繰り返します。ラムネ、生ビール、オレンジジュースがそれぞれ1つずつ、上ロース3人前、ハラミ2人前、タン塩4人前ですね」
「じゃよろしくぅ」
雫は厨房へと戻ってくる。
「竜、やばい事が起きた」
「知っとるわ。俺がさっき言おうとしてただろ」
「あぁそういうことね。まぁいいや。ラムネと生とオレンジジュース1つずつで上ロース3人前、ハラミ2人前、タン塩4人前よろしくお願いします」
俺はオレンジジュースをコップに入れ2つの空きグラスとラムネとビールの瓶と共に持っていく。
「お待たせしました。お先にお飲み物を用意しました」
「竜、注いでくれよ」
「当店はセルフサービスとなっております」
俺は満面の作り笑顔をする。
「では追加のご注文の際は呼び鈴を押してくださいませ」
全く、イタズラ感覚で人のバイト先にまで来ないで欲しい物である。
俺が厨房に戻ろうとすると呼び鈴がなる。
あいつらの席からの。
「ご注文はなんでしょうか」
俺は引きつった笑顔で聞く。
「すいませーん、ライス注文するの忘れてました」
絶対ワザとだな。
誠華、お前今日の夜覚えとけよ。
「サイズは何にされますでしょうか」
「並で」
「私も並で」
「俺は――」
「ご注文は以上ですね。すぐお持ちします」
「父親なのに扱い酷くね?いや、引越しの件については謝ったじゃん。誠心誠意込めてさ」
確かに謝られたけど大阪でできた友達と離れちゃったんだぞ。
スマホもその時は持ってなかったから通信できないし。
「じゃあサイズはなんですか?」
「じゃあって酷いなぁ。まぁ並で。最近そんなに運動してないし」
おっさんの癖に体型を気にするなよ。
おっさんで体型を気にしていいのはイケおじだけだ。
「ではすぐにお持ちしますね」
(竜が私達に敬語使ってる所見るの最高に楽しいね)
(そうですね。いつもちょっと強気なあいつが下手に出てる所がいいんですよね)
コソコソ話聞こえてんぞ。
俺は厨房に戻る。
「ライス並が3入りました」
「了解。高野君、これをあそこの席の人に運んでくれ。それと南根さん、これを高野君が行く席にに運んでおいてくれ」
「「はい分かりました」」
俺達はアイツらがいる席へと向かう。
「お待たせしました。ライス並が3個とタン塩4人前、ハラミ2人前、上ロース3人前そして当店オススメの特上カルビ3人前です」
「…無駄に高い物を持ってきてない?」
「当店オススメです」
「絶対ただ高いのを持ってきた――」
「当店オススメです」
俺達は見事なまでの笑顔で言う。
「えー。まぁいいか。お金払うのお父さんだし」
「え!?全部俺なの?」
「いいでしょ別に。お金に関してはお父さんよりお母さんの方が稼いでるんだから。お金だって生活費として私達の学費以外で毎月3、40万貰ってるじゃん」
「そりゃそうだけどさ」
(竜の家って金持ちだったの?)
(金持ちって言うほど金持ちじゃないよ。共働きの値段を合わせたら結構稼いでるけど)
(そうなんだ)
(まぁお姉ちゃんの学費でまぁまぁ減ってるけどね。博士課程にも金はかかるのだ)
(それと竜の学費を合わせれば結構減ってるんだね)
そういう事。
誠華みたいな金持ちじゃないんだ。
お父さんは社長、お母さんは海外勤務なお嬢様なんてまれだよ、まれ。
「ではお呼びでしたらお越しくださいませ」
「毎朝スタバでコーヒー飲むのを辞めればいけるか」
「おっさんがオシャレなルーティーンをするな」
「お父さんに対しての扱い酷くない?」
それが許されるのはイケおじだけだ。
それ以外は許さん。
俺と雫は厨房に戻る。
「あいつらやってんな」
「誠華まで来るとは思わなかったよ」
バイトとしてあいつらにイタズラはできないものか。
「ワザとジュースをこぼすか」
「竜って酷いやつだね」
「で、お前は?」
「もちろん賛成」
「ホイ来た」
分かってるねぇ。
次にドリンクの注文来たらやるか。
俺はあいつらからドリンクの注文があったので持って行っている。
全員白い服では無いからシミを作るのは無理そうだけど嫌がらせレベルなら余裕だ。
「お待たせしました。ブドウジュースとラムネになりま…うわっ!」
俺は何かに足が引っかかったかの様に転ぶ。
そしてブドウジュースは綺麗な軌道を描き誠華の服にかかる。
まずワンキル。
「す、すいませーん」
「竜、絶対わざとだろ」
「ス、スイマセーン」
「絶対わざとだろ!ったく。4月はまだまだ冷えるんだぞ」
タイミングを計ったかのように雫がやってくる。
「すいませーんうちの授業員が」
雫はそう言いながらタオルで誠華の服を拭く。
「おい、後が広がるだろ」
「スイマセンネ」
「お前もわざとか」
当たり前だろ。
「ほら竜、頭下げて」
「本当に申し訳ございませんでした」
俺は満足した顔で頭を下げる。
「お前、今日の夜覚えておけよ。PvP系のゲームでボコしてやる」
「本当に申し訳ございませんでした」
誠華にPvPで勝てた事なんて1度もないんだぞ。
俺が下手なんじゃないこいつが上手すぎるだけだ。
「そ、それでは」
誠華に睨まれてる気がするがスッキリしたのでいいとしよう。
「今日はここまででいいわ。次からもよろしくね」
「「お疲れ様でした」」
「お疲れ様」
仕事自体は別に苦痛にならない程度だしこれなら続けてられるな。
俺達が裏口から店を出ようとするとエロゲに出てきそうなおっさんが話しかけてくる。
「おい、お前ら」
「どうしました?」
「よくもお客さんにジュースをかけてくれたな。来てくれなくなったらどうすんだよ」
こんなやつ従業員でいたっけ?
「俺がジジババに寄生してる時にかかる金が無くなるだろうが」
「「働けゴミクズ」」
俺はおっさんを無視し裏口のドアノブに触れる。
「俺が生きていけなくなったらお前らのせいだからな」
「クソニート」
「ちょっとは働いたらどう?」
俺達は裏口から外に出る。
「お前ら絶対許さ――」
俺は思いっきりドアを閉める。
「よぉ、竜アーンド雫」
「誠華ちゃんが待っときたいって言うから」
「もうお母さんそんなに可愛いのやめてくれよ。俺以外のやつが見ちまうだろ」
親父は車の中で寝ているようだ。
お姉ちゃんに運転させるつもりなのは見ていて分かってたが。
「竜、よくも服にジュースをかけてくれたな」
「そんだけの事でこんな時間まで待ってたのかよ」
「流石にそんな訳ないだろ。家まで車で一緒に帰ろって言ってんだよ」
「ツンデレだね」
「べ、別にあんたらのためにやったんじゃないんだからね、じゃないんだ」
俺達はサッと車に乗る。
「実は私車酔い激しいんだよね」
「え?」
「やばい気持ち悪い」
「なんで乗ったんだよ」
「ちょっと窓開けるね」
お姉ちゃんは気を利かせて車の窓を開ける。
「吐きそう」
「堪えろ。後数分だ」
「お姉ちゃんバケツバケツ」
「ある訳ないでしょ。バケツ常備してる車なんてキャンブ行くやつか花火をするやつかエトセトラだけに決まってるでしょ」
「そのエトセトラに入っとけ」
俺達の初バイトは無事汚い物を見て終わった。
「オロロロロロロロ」
「雫ー!」