第5話 異世界オフ会(前編)
「いやー! まさか大アカさんまで転生してるとはね~!」
午前授業を終え、暇を持て余した学生がたむろする中庭で、大きな声がこだまする。
慌てて「声のボリューム下げて!」と彼女をなだめる。転生だなんて非現実的な話、訊かれたらまずい。
あの後、私は八重垣くんと草薙くんに「急用ができて一緒に帰れない」と謝って別れてから、彼女と中庭へと移動してきた。
彼女は――私と同じ、転生者だ。
ハンドルネームはぶぶぜらさん。ツブヤイターという短文投稿SNSで知り合った、『カムイ*トロイカ』のファンにして、私と同じモブ推しだ。
彼女の推しは、野球部のエース・佐士くん。
彼も、立ち絵こそあれど下の名前は判明しておらず、CVも付いていないモブキャラだ。匂坂くんのシナリオにほんの少し顔を出す程度。
彼のことは、それこそ彼女経由で見知っていたのだ。
「…それにしても、だいぶ好き勝手やってるみたいですね…」
「そうそう! 運良くモブ女Aに転生できてラッキー☆って感じです!」
「くっ……羨ましい……!!」
こちとら、しがらみまみれのヒロインなんですが…!!
きっと転生するならヒロインが良い、という人もいるだろう。はたまた悪役令嬢的なライバル的立ち位置のキャラクターか…。
でも、私もモブが良かったなぁ。モブだったら、のびのびと八重垣くんと日常を過ごせるのに…。
……いや、でも草薙くんが居てくれるから八重垣くんと友達になれたんだよな。
私一人じゃ多分、彼に話しかけすらできない…。一生ストーカー。いや、ストーカーする勇気すらない。
ありがとう草薙くん…。
コンマ数秒の間に心の中で彼に感謝をしてから、御倉さんとの会話を再開する。
「まぁ、原作ではモブですらないキャラだけど……あ、名前はちゃんとありますよ。御倉田菜っていうみたいです」
「……ハンドルネームで呼び合うのは目立つので、名前で呼びあいましょうか…」
「そうね。じゃあ、大姫さん……」
今後、彼女の呼び名は「御倉さん」とすることにした。
…あの訳の分からない名前で呼ばれるのは恥ずかしい…。なんであんな訳の分からない名前にしたんだろう。
「それにしても…大姫さん、ねー。まさかヒロインも転生者だなんて…」
「他にいないんですかねー、転生者って」
「トモちゃんとかどんな感じです?」
「あぁ、あの子はしっかりNPC…というか、この異世界の住民っぽいんですよね」
委員長にして主人公の親友のトモちゃん。彼女は我々と違い転生者ではなく、この世界で生きている普通の人間のよう…な、気がする。あくまで推測だが。
私のように隠している可能性もあるけど…これまでの徹底した委員長振りからして、恐らくその可能性は低い。あんな生真面目キャラ、突然転生した直後に徹底して守るのは難しいだろう。
他に居るとすれば……いや、考え付かないな。今のところ、変な素振りをしているモブキャラはいない。モブキャラの練習をガチ応援していたこの人を除いて。
「ていうか、御倉さんって確か………あれ」
SNSでの交流していた頃の話題を振ろうとして、私は言葉を詰まらせた。
…SNSのこと、全く覚えてない。
このゲーム以外の話題。ほんの些細な日常的な投稿…。
…それどころか、このゲームに関わる記憶以外が、すっぽりと頭から抜け落ちている。
自分の本名。年齢。家族構成。交友関係。境遇……。
何も、覚えていない…。
推しを目前にして興奮してしまって、有耶無耶になっていたわけではない。そもそも、思い出せないのだ。
私が失っていたのは、転生直前の記憶だけじゃなかったのか。
現実世界に戻りたい、という思考が浮かばなかったのもこの所為だろうか?
茫然とする私を見て、御倉さんは何かを察したように呟く。
「大姫さんもか…」
「え?」
「覚えてないんでしょ、転生前のこと」
やはり。御倉さんもそうだったらしい。
彼女は続けて「大姫さんのことを覚えていたのは、ツブヤイターでこのゲームの話をしていたからだと思う」と語った。
SNS上でゲームについて語り合った私は、辛うじて〝このゲームに関わる記憶〟として振り分けられたのではないかと。
御倉さんが不安げに頬を掻く。先程佐士くんを応援していたときの勢いは、見る影も無い。
心配になって顔を覗き込んでいると、不意に御倉さんが私に向き直った。
「でも大姫さん、これからどうするんですか…?」
「え? 何が?」
より一層、御倉さんが神妙な面持ちになる。
そして彼女は、私ですら忘れていたこのゲームの仕組みを、ゆっくりと告げた。
「このゲーム……攻略対象の誰かとエンディング迎えないと、夢オチになって初日から強制ループになりますよ」