第4話 存在してはいけないもの
早いもので、転生してから五日が経とうとしていた。
転生初日の入学式は月曜日で、今日は金曜日。明日はキリよく休日だ。
加えて、今日は午前で授業が終わり。
これまでは授業と転入にまつわる事務で手一杯だったので、休日の間に、私は私自身…つまり、このゲームのヒロイン、大姫アカリの近辺の調査をしようと考えている。
親、お金の出どころ、転生以前は何をしていたのか。知りたいことはたくさんある。
今日の午後も調査に取り掛かりたいところだが、あいにく、今から強制発生のイベントがあるのだ。
「アカリ」
午前最後の授業を終え、下校のために教科書を整理していると、またも聴き慣れた声優さんの声が聞こえてきた。
顔を上げると、そこには黒髪のイケメンが。
……草薙 光留くんだ。
本作のパッケージ等でセンターを飾っている、いわゆるメインヒーロー。
同級生兼幼馴染ポジションの攻略対象の男子生徒である。
俺様キャラで、学校全体にファンがいる。ギャルゲーで言えば正ヒロイン、そして学校のマドンナ的存在だ。
入学式後の一週間は部活が無いらしく、から、連日下校に誘われている。
さて、何故突然おさらいをしたのかと言うと……
今から、キャラ紹介を兼ねているであろう攻略対象たちの初登場イベントが発生するからだ。
ゲーム本編に倣って、草薙くんのことを改めて紹介してみた。
「今日さ、学文路岐を見て回らないか?」
脳内で勝手に他己紹介を繰り広げる私をよそに、草薙くんは記憶にある通り、ヒロインを遊びに誘う。
他のキャラに絡んでいくつもりはないけど、実在の彼らがどんな感じなのか興味があるし、行ってみようかな。
それに……。
それとなく、あくまで自然に、視線を隣に向けてみる。
(いた!)
彼を隔てて、私の隣に―――八重垣 紡くんがいる!
今回のイベントには登場しないハズだが、どうやら着いてきてくれるらしい。
説明不要。私の最愛の最推しである。
原作ではモブキャラクターだが、この異世界は最早私にとっては現実世界と何ら変わりない。彼もこの世界を生きる、実在する人物だ。
…まだ何のイベントも始まっていないけど、既にとても楽しい。
キャラ紹介を兼ねた淡白なイベントが、推しがそばに居るだけでここまで心躍るものになるとは…。
「うん! 行こ行こ!!」
「おお、乗り気だな……」
教室を出て、昇降口へ向かうために廊下の角を曲がった。
…と同時に、死角から曲がってきた誰かとぶつかってしまう。
「おっと――」
「あっ…すみません!」
大きな影が振ってきて、よろけながらも私は見上げた。
そこに居たのは、攻略対象の一人、真経津 鏡介さんだった。
彼は先輩ポジションのキャラクターだ。
体格の良い金髪の男子で、見た目通り中身も不良。草薙くんとは対照的な理由で知名度があり、恐れられている。
ただ、見た目ほどオラついた性格ではなく、一般生徒にはもちろん手を出すことはない。
余談だが、公式の集計ではカレシにしているプレイヤーが最も多い、一番人気のキャラだとか何とか…。
彼は今年で卒業してしまうため、三年生の卒業までがタイムリミットとなる。
卒業式で強制的にいずれかの告白イベントに突入するわけだが、私はそこまで至っていないので、それ以降の展開を知らない。
「すみません先輩、よそ見をしてました…」
「そうか。悪ぃな」
それだけ言い残すと、真経津先輩は早々に私たちの隣を通り過ぎて、校舎内へと戻っていってしまった。
確かここ、私にぶつかって怒った草薙くんと先輩がバチバチやりあうイベントがあった気がするんだけど、発生しないな……八重垣くんも居るから? それとも、私が怯えることなく普通に対応したからだろうか?
「大姫さん、大丈夫?」
「えっ!? あー、だいじょぶだよ!!」
代わりに八重垣くんが私を気遣ってくれて、先輩とぶつかったときよりも遥かに狼狽えてしまう。
それから早口に「早く行こ!」と彼らを諭して、私たちは昇降口を後にして、グラウンドが見える開けた場所に出た。
グラウンドでは野球部が練習をしているようだった。
端々では女子生徒たちが歓声を上げていて、単なる練習にしては異様な盛り上がりを見せている。
三人でその場に立ち止まり、窪地にあるグラウンドを見下ろす。
どうやら、あそこにもう一人の攻略対象キャラがいるらしい。
「キャー!! ケイくーん!!!!」
「がんばってー!!」
黄色い歓声の渦の中にいる男子……勾坂 瓊くんだ。
一年後輩の攻略対象。入学前から学文路岐では有名な天才スポーツ少年で、これからは帰宅部のまま色んな部活に引っ張りだこになる。現時点ではまだ入学して日も浅いというのに、野球部の練習に駆り出されているらしい。
何もただの練習に付き合わせなくても良いんじゃないか…?
と思ったが、制作陣としては彼のキャラクターを強調しつつ、一つのイベントにまとめて攻略対象を登場させたかったのだろう。
二人がそれとなくグラウンドへと近づいていくので、私もその後を追ってグラウンドへと降りていった。
「せんぱーい、応援ありがとー!」
「キャー!!!! かわいいー!!!!」
「ありがとね~!!」
耳が痛くなるような女子生徒からの歓声に、大きな声で何度も答える匂坂くん。
律儀な人だなぁ…なんて関心していると、その歓声の中に、一つだけ、彼に向けたものではない声が紛れていることに気付く。
「佐ー士ーくーん!! がんばれー!!!! かっこいいよ――!!!!!!」
可愛らしい黄色い歓声とは一味違う、ガチな応援だ。ただの練習だぞ、今。
…というか、佐士くん…って誰だっけ?
聞いたことはあるけど、確か彼もモブキャラだったような。
ほんの少しの違和感を抱いて、私は女子生徒の集団の中から声の主を探す。
飛球対策で張り巡らされたフェンスの向こう。
その中で私は――存在してはいけないものを、見つけてしまった。
明らかに手作りの、だが作り慣れたうちわを掲げた女子生徒が、いた。
…おかしい。あんな目立つNPCが居るわけがない。いや居てたまるか。
八重垣くんたちも彼女に気付いたようで、その不可解さに首を傾げていた。
「なんか…スゲー目立つ女子生徒いるな……」
「……おい? アカリ、どうした?」
彼女のもとへ駆け寄る私。
気付いた草薙くんに呼び止められるが、それを振り切って彼女のもとへ向かった。
……恐らく私は、彼女のことを知っている。
驚いた。この世界にこんな存在がいるなんて。
彼女も〝このゲームのヒロイン〟が〝ただのモブでしかない一女子生徒〟の目の前に立ち塞がってきて、心底驚いている様子だった。
私は息を切らしたまま、恐る恐る、彼女の名前を呼んだ。
「あなた……ぶぶぜら@坊主萌えさん………?」
「………もしかして、大納言アカガエルさん……!?」
口にすることがやや憚られるSNSのハンドルネームを言い当てたのは、ほぼ同じタイミングだった。