第3話 学文路岐高校(後編)
「そういえば大姫さん、あの桜の木の話、知ってる?」
思案中、突如として八重垣くんから話を振られる。
八重垣くんから話を振られたこと、その話題が今まさに考えていた桜の木だったことに驚いて、しどろもどろになりながらも何とか言葉を返す。
「ええと……あの下で告白したら、未来永劫結ばれる…ってヤツ?」
「おー。流石に知ってたか。でもそっちじゃないんだな」
焼きそばが二本しか残っていないコッペパンを食べ切って、八重垣くんは何故か得意げに語った。愛らしい。
「あの桜の木、幽霊が憑りついてるらしいぜ」
「幽霊…?」
語尾に疑問符をつけて返答して、暫くしてからやっと、桜の木にまつわるもう一つの逸話を思い出した。
あの木には、学校の七不思議的な側面もあるのだ。現に学文路岐高校の七不思議の一つに数えられていたはず…。
八重垣くんはこう続けた。
「昔、一緒になれなかった二年生のカップルが、あの桜の下で心中したんだってさ」
…何で高校生が一緒になれなくて命を絶つんだよ、決断早まりすぎだろ、なんて野暮なツッコミはナシだ。
そういえばそんな話もあったなぁ、と思わずしみじみ。
これは別に、八重垣くんが適当を言っているわけでも、聞き間違えているわけでもない。実際にそんな言い伝えがあるのだ。
実はこの桜にはこれ以外にも様々な言い伝えがあり、口伝の過程で尾ひれがついたり、その全てがごちゃ混ぜになっているらしいのだ。
結果、どの逸話も荒唐無稽な内容に仕上がっているという有様。
私はその噂の全貌を知らないままゲームを終えてしまったので、しばらくはシナリオの齟齬かと思っていた。
草薙くんを間に挟んだ状態で、八重垣くんと怪談話に花を咲かせる。
暫くすると、草薙くんが堪えかねた様子で、自ら会話に加わってきた。
「……オイ八重垣、アカリに変なこと吹き込むなよ…?」
…食事に誘ってくれた本人なのに、草薙くんを会話の輪から外してしまっていた。
ついでのようになってしまって申し訳ないが、次は彼に話しかけることにする。
転生初日からずっと八重垣くんとばかり話をしているし、いい加減不審に思われてしまうかもしれない。いや、好感度を下げるにはこうした方が良いのかな…?
「確か小さい頃、草薙くんとあの桜の木の下に行きたいね~って話、したよね。小学生だったから、高校の敷地内に入れなかったけど…」
「え? あ、あー……よく覚えてるな」
突如投げられたパスに、困惑した様子で草薙くんが返答してきた。
…しまった、現時点でするべき話じゃなかったかもしれない。
この手の転生モノでは既知の攻略情報で無双するのがお決まりなんだろうなと思うが、あいにく私はそこまで草薙くんルートをやり込んでいない。他の攻略対象キャラのルートなんか尚のことだ。
二人に話しかけるために身を乗り出して、あることに気付く。
草薙くんはまだ弁当を食べている最中だったが、八重垣くんは既に食事を終えていた。
…まさか彼の昼食は、あの手の平サイズの焼きそばパンだけなんだろうか?
お昼の焼きそばパンは定番……とはいえこの量は、育ち盛りの高校二年生の食事にしてはあまりに少なすぎる気がする…。
余計な老婆心と、八重垣くんと話したいという若干の下心で、そのことについて指摘してみた。
「八重垣くん、もうごはん終わり…?」
「うん。いっつもこんなモンよ、俺。朝もゼリーだったし」
「ええ!?」
確か八重垣くんは、草薙くんと同じくらいの身長と体型だ。そしてその草薙くんは、トモちゃん調べによると身長178cm。それなりにでかい。
それで、朝ゼリーに昼焼きそばパン……男子高校生らしいとは言えど、あまりに不健康すぎる。
それに今日は確か昼以降に体育の授業が控えていたはず。体力的にも大丈夫なのか…?
…そういえば、朝食に買ったおにぎりが余ってたな…。
そのことを思い出してからは早かった。
「朝食に食べ損ねたおにぎりあるから、良かったらこれも食べて」
「えっ!? 良いよ良いよ、大丈夫だよ」
「良いから! 私、このお弁当だけで足りるから…」
私のお節介な申し出に、彼は遠慮がちに手を振って固辞する。
しかし私が引かない様子を感じ取って、渋々と、でも顔ははにかみながら、コンビニのおにぎりを受け取った。
「ありがとね、大姫さん」
「ううん。気にしないで!」
これで好感度アップ……なんて、下卑た思考が出てきてしまうのがゲーマーの悪い所。
この世界に、というかそもそも八重垣くんに好感度なんてあるのか分からないけど。
彼が喜んでくれるだけで、こちらも嬉しくなってくる。
好感度とか攻略なんて良いから、彼が嬉しそうに笑うところを、これからもずっと見ていたいな…。
「……お前ら、俺挟んでなにイチャついてんだ?」
「あ、ごめん!!」
そうだった。私たち二人は間に草薙くんを挟んでいたんだった。完全に(恐らく私の中では)二人きりの世界になってしまっていた…。
ただそれよりも、草薙くん、つまり第三者からの〝イチャついている〟認定にニヤニヤが止まらない。
…いやいやいやいや。まだそんな仲じゃないし。これから仲良くなりたいとは思ってるけども……
―――ぐううう。
…頭の中で否定しようとしたところで、私たちのすぐ間近から、地響きのような音が鳴った。
……私のお腹からだ。
そんなにお腹減ってたのか、私……。
しかもちょうど風が凪いでいて、周囲のグループが奇跡的に同時に静まった瞬間に鳴りやがった。
周囲の他の生徒に聴かれる分には良い…。
恐らく、いや確実に、八重垣くんにも聴かれてしまった。
「…やっぱ、おにぎり返そうか?」
「だ、大丈夫だから! 気にしないで食べて!!」
からかい半分で心配する八重垣くんに、私は顔を真っ赤にして慌てておにぎりを突き返す。もちろん草薙くんを間に挟んだままで。
数分後、草薙くんの仲裁をもっておにぎりの押し付け合いは幕を閉じ、おにぎりは八重垣くんの最終的に手の中に渡ることになった。
なんてことない日常。
だけどきっと、誰しもが求めて焦がれていた青春の形なのだろうなと思う。
…八重垣くんの攻略について考えるのは、まだしばらく先で良いかな、と思う。
しばらくは、このなんてことない日常を堪能していたい。そう、強く思った。
――そんな日常も、数日後には跡形もなく崩れ去ってしまうことを、この時の私は、まだ知らない。