第11話 転生者、最初の試練(後編)
「もしかしてアカリちゃん、ミツルと付き合い始めた?」
昼休み。窓ガラスに打ち付ける雨音にまぎれて、八重垣くんがそんな指摘をしてきた。
私は思わずお昼のお供に飲んでいたジュースをこぼしてしまう。……危うく制服にこぼれてしまうところだった。
前日に草薙くんから事前に知らされていたとはいえ、本人から直接聞かれるのはやはり堪える。
隣に座っている当の本人の草薙くんも青い顔をしていた。
八重垣くんはどうやら……草薙くんと私の距離が近くなったので、付き合い出したと勘違いしているらしい。
モブ推し同士の転生者だと分かってから、御倉さんと一緒に変なノリで遊んでいたのがまずかったのだろう。
私は慌てて草薙くんと一緒になって否定する。
「だーかーら! ただの幼馴染だっつの!!」
「ちちち違う!! いやそう! 幼馴染! 恋愛感情とかないから―――」
そこまで言いかけて、即座に後悔する。
……これ図星なヤツの反応だ。
「へー」
案の定、お似合いだとでも言いたげに八重垣くんは細い目を更に細め、にやにやと笑い始めた。
ゲーム中でも草薙くんをからかうときによく見られる顔だ。ただ、このリアルな世界で見るのは初。
それがかわいくて、でも勘違いされているのが悲しくて、私は居たたまれなくなってしまう。
「く…草薙くんのバカ!」
「俺!?」
「痴話喧嘩かー?」
「あっホラ! 余計勘違いしてるって!」
思わず草薙くんを罵って、その拍子に席を立って教室を出ていく。
「八重垣! 追っかけろ!」
「え俺が!? なんで!?」
突然そんな指示をする草薙くん、それに困惑する八重垣くんの声が背後から飛んできた。
廊下の端っこに辿り着くと、ますます雨脚が強くなってきた。突き当りの窓ガラス一面に滝のような雨が流れていく。
まるで私の心模様……だなんてポエミーな文章が頭に浮かぶがそれどころではない。
このままでは草薙くんルート一直線だ…!
まずこの世界にルートとかそういう概念があるのかは分からないけど、少なくとも周囲からは付き合っている認識になってしまいかねない。
まさか、中間テストと二者面談の前にこんな大問題が立ちはだかろうとは……。
「お、大姫さ~ん……?」
項垂れていると、背後からおずおずと声を掛けられる。
肩を落としたまま振り返ると、そこには八重垣くんが立っていた。先程聞こえた草薙くんの指示通り追ってきてくれたようだ。
「や、八重垣くん、なんで」
「何でか追っかけろって草薙がしつこくて……」
グッジョブ草薙くん。
まあ彼の命令でやってきただけで、別にロマンチックな展開ではないんだけど……恋愛モノのような展開で、なんだかテンションが上がってきてしまった。
そのせいで、思わず口が滑ってしまう。
「あのね、八重垣くん。私はね、草薙くんじゃなくて……」
そう。私は、八重垣くんが。
草薙くんみたいなメインヒーローじゃない、モブキャラのあなたが……
「八重垣くんのほうが……好」
―――ドガン!!!!
学校の外が真っ白に瞬き、間を置かず炸裂音が鳴り響いた。
……雷だ。
(―――良いところでラブコメ展開すんじゃねー!!!!)
その後周囲を包んだのは、他の生徒たちの騒ぎ声だった。教室にいた生徒たちまで廊下にぞろぞろと出てきて「めっちゃ近くに落ちた!」と驚喜している。
八重垣くんも八重垣くんで「びっくりしたぁ……」と窓の方を眺めていた。それからしばらくして、やっと私のことを思い出したらしく、慌てた様子で会話を戻してきた。
「あーえっと……で、何だっけ……?」
「……と…ともかく! 草薙くんは幼馴染で特別な感情は一切ないの!!」
八重垣くんの方向に居直り、赤面しながら早口でまくしたてる。
彼はそれを呆気に取られた様子で聞き遂げ、少し間を置いてから―――なぜかホッとした様子で「ああ、なら良かった」と言葉をこぼし、破顔した。
な、なんだその反応。
まさか。それって……私のこと―――
「アイツの追っかけファン、めっちゃくちゃ怖いからな……」
「……た、確かに…」
あまり覚えていないけど、なんかそういうイベントもあったような気がする……
八重垣くんは「他の子にも勘違いしないよう伝えとくわ」と言って頭を掻いた。
こうして、あくまで私の中でだけ大きくなっていた大姫草薙付き合ってる騒動は、こじんまりと鎮火したのだった。
フライングで告白してしまわなくて良かった。こんな短期間で好きになったなんて、気味悪がられるに決まっている。
私にとっての八重垣くんは主役だけど、彼にとっての私はまだまだモブキャラだろうから。
でも……後になって思うと、この時、彼に告白が届いていれば良かったかもしれないと感じる。
いや、届けるべきだった。そう断言できる。
そうでなければ、私も、みんなも―――いや、〝八重垣くん以外のみんな〟が、時間を無駄にすることはなかったから。




