第11話 転生者、最初の試練(前編)
五月。桜は月を跨ぐこともなく早々に散り、青々とした葉だけを残していた。
雨天も増え、ひっそりと梅雨の気配が近づいてきている。
そんな中、私たち転生者―――もとい〝モブ推し同好会〟は、定例会を開くことを決定した。
この世界のことや、ほんの少しでも異変を感じたら報告し合う。
という名目のハズだったのだが……。
「じゃーん! 見て見て!! 学生時代にやりたいことリスト!!」
「おお…」
そう言うと御倉さんは、談話室のローテーブルの上にノートを広げた。
開かれたページに羅列された文字を、先頭から目で追っていく。
花火大会。海。肝試し。文化祭。修学旅行。クリスマス会。バレンタイン……現実世界でもゲームでも定番といえる行事が書き連ねられていた。カムロ*トロイカにも、すべてイベントとして網羅されていたはずだ。
「あたしも佐士くん誘うからさ、アカリんも八重垣くん誘っておいでよ。ていうかミツルんが呼んで来な!」
「俺アテにすんなよ…」
それに返したのは、草薙光留くんだ。
正しく絵に描いたようなイケメンだというのに、肩を竦める仕草から、どことなく我々と同じニオイがするのが面白い。オタクのニオイだ。
草薙光留といえば、カムロ*トロイカのメインヒーローでもある攻略対象キャラだが、彼は本来の草薙光留ではない。
私たちと同じ、転生者である。
「そういえば、草薙くんは……これからは何て呼べばいい?」
「まー、今のままで大丈夫だよ。元の名前覚えてないし」
「ネームドキャラに転生すると大変だねぇ…」
他人事のように喋っているが、何を隠そう私も、ある種のネームドキャラ―――主人公の大姫アカリに成り代わった転生者だ。
「……てか、あんまりイレギュラーなことやっちゃうと、こう……この異世界のコトワリ的なモノに引っかかるんじゃねぇの?」
「立ち絵すらないモブAが好き勝手動いてるから大丈夫だと思うよ」
「確かに……」
「まーまー、この世界が今後どうなるか分かんないけど、今は楽しも!!」
そういっていつものテンションで御倉さん。モブに転生するとしがらみがなくて楽しそうだなぁ。
「そういえばこのノート、体育大会のこと書いてないけど……」
そう指摘すると、ハイテンションな御倉さんの瞳から光が消えた。と同時に、隣の草薙くんも真顔になる。
流石ゲーマーたち。運動系のイベントはガン無視だ。もちろん、この世の全員のゲーマーが運動が苦手というわけではないが。
「その前に…」
先日、ホームルームで大節先生からアナウンスされたことを思い出し、私達はがっくりと肩を落とした。
「中間テストぉ……」
運動は苦手、では勉強は得意かというと、全くそんなことはないのが私達だ。
転生者は、元の世界の年齢層の割合的に、元の世界で学生だった可能性は低い。ついていけるだろうか、現役高校生たちの授業に……。
やっぱり、ゲームは楽でいいなぁ。ただボタンを押して数値を上げれば良いだけだから……。
そういえば…確か良い成績を取ると、各攻略対象の好感度が上がるんだっけ? で、特に上がるのが、確か……
「―――あ!」
私の思考を遮って、不意に御倉さんが声を上げた。
「思い出した! テストの後、二者面談もある!」
ゲーム内ではこの時期、中間テストの後に二者面談がある。
ただし、あくまで恋愛がメインのゲームなので、用意されているのは、進学か就職かの極めて簡略化された二択。
だが、この現実とそう違わない世界では、流石にもう少し深掘りされるだろう。
「先生に怪しまれないようにしないとね……」
「違う違う! そっちじゃなくて!」
御倉さんは大袈裟にかぶりを振ってから、こう言った。
「二者面談、選択肢を全部クリアしたら先生の隠しルートに入っちゃうんだよ!」
そこで先程の答えも思い出した。
ツブヤイターで見た記憶がある。中間テストと二者面談、選択肢を正解すると、隠し攻略対象の大節契先生のルートに入ってしまうのだ。
実際に見たことは無いため、詳細は知らないが―――流石はゲーム。教師と生徒の恋愛なんて現実世界では倫理的に大問題だ。
…もし、この現実世界と何ら変わらないカムロ*トロイカの世界で彼のルートに入ったら、どんな展開になるのだろう…? 気になるけど、お試し感覚でそんな真似はできないな。
そしてそれ以前に、一つ別の問題がある。
―――誰もその選択肢の正誤を知らないのである!!
「どうしよ、俺先生のルート入ったら……」
私の代わりに、草薙くんが冗談っぽく項垂れている。
「攻略したいキャラ居ないなら良いんじゃなーい?」
「イヤ何でそうなるんだよ……」
……正解が分からないから、ルートに入ったかどうかすら判別できない……。
何が起こるか分からないこの異世界。なるべく他の攻略対象の好感度は上げたくない。あぁ、まさかここで単純なゲームの知識不足が響いてくるなんて……。
「ねーねー草薙くん、八重垣くんの好感度上がりそうな選択肢知らない?」
「俺だって知らねぇよ。てかそんなこと聞くな―――」
私の軽口にマジレスしようとした草薙くんだったが、ふと何かを思い出したかのようにハッと静止すると、うってかわって、おずおずとこんな話を切り出した。
「……あとその……八重垣についてなんだが……」
*




