第7話 知らないイベント(後編)
辿り着いた昇降口。靴に履き替えるがすぐには外に出ず、玄関先で待ちぼうける。
それから私は手持ち無沙汰にスマートフォンを開き、何度も何度もメッセージを確認した。
一昨日の朝に送ったメッセージだ。
『もし良かったら、これから昼休みも一緒にいていい?』
『大姫さんが良いなら大丈夫だよ』
見間違いはない。そこには、確かに彼とのやり取りが記録されている。
逸る鼓動を抑えて、スマートフォンを閉じる。
またしばらくして間が持てなくなり、メッセージを確認しようと思ったら、背後から息の上がった声が飛んできた。
「ごめん大姫さん、お待たせ!」
八重垣くんだ。
彼は肩で呼吸しながら靴を履き替え、私の隣にやってくる。
それから、まだ慣れない校内を二人で並んで歩き始めた。
あれから私は、放課後は八重垣くんと帰るようになっていた。
一昨日、意を決して昼休みも誘ってみたら、すぐにOKの返信があった。
彼と昼休みを過ごすのは、今日で三日目。
だが、それ以降は自分からグイグイ行くのもはばかられて、一切の進展ナシ。
休日にばったり出くわした時のように、何かキッカケでもあればいいんだけど…。
こんな時、良いきっかけを作ってくれるのは草薙くんだ。
「オイ、俺も居るんだが?」
俺様キャラらしく、主張強めに自己アピールする草薙くん。
実は言及していなかっただけで、先程から八重垣くんの隣にいた。
「あ、ごめん」
「何がゴメンだ! 教室から一緒に行けば良いのに、わざわざ現地集合なんて手間かかることしやがって……」
「あんまり教室で草薙くんが動いちゃうと、私が独り占めしてるって女の子が嫉妬しちゃうんだよ~」
「……まぁ、それもそうだな」
草薙くんルートから外れるための適当な理由付けのように聞こえるかもしれないが、これが実際の理由だった。
草薙くんは学校の女子生徒の憧れの存在。
ゲーム内では陰湿な展開は無かったけど、この世界ではどうなるか分からない。やっかみからの陰口、いじめ、エトセトラ……。
王子様に一人だけ特別扱いされて嬉しい――なんていうのはフィクションの中だけ。
現実世界では波風立てずに生きていきたいものだ……。
「じゃ、行くぞ大姫」
そのついでに、私のことは苗字で呼んでもらうようにした。理由は前述のものと同じ。
俺様キャラな彼のことだから、無理にでも名前呼びを通してくるかと思ったが、そんなことはなかった。ゲームではそうだったと思うけど、やっぱり完全に原作に沿った内容というわけでもないようだ。
それから私たちは、三人で中庭を目指した。
が。
「……なんだ、今日はいっぱいだな……」
緑があり、綺麗なベンチがあり、ロケーション抜群な中庭。
今日のように天気が良く、風も穏やかな日は、学生たちの格好のたまり場となってしまうのだ。
中庭全体をぐるりと見渡すが、昼食を取れそうなちょうど良いスペースは見当たらない。
道はもちろん空いているが、そこを陣取ってご飯を食べる気は流石にない。
「佐士くーん! あーん♡」
「マジでやめろ」
生徒の中に何やらやたらと目立っているモブの女の子が居るが、見なかったことにしよう。……用事ってこれかよ。
私は二人に見つかる前に踵を返す。
「あれ、あの子は知り合いじゃなかったのか?」
「今は邪魔しちゃ悪いから……」
……私もあれくらいグイグイ行ければ良いんだけどなぁ。
そんなこんなで私たちは、校舎内にとんぼ返りすることになる。
「わり、戻ったついでに俺トイレ行ってくるわ」
すると更に不運が重なり、八重垣くんがお手洗いのために離席してしまうことになった。
そんな彼に対して、草薙くんが呆れたように言う。
「お前なぁ……女子の前でそれ言うかよ」
「ごめんごめーん。そんじゃ」
適当に済ませて、男子トイレに向かう八重垣くん。
私と草薙くんは、屋上出入り口前の人気のない踊り場で彼を待つことにした。
八重垣くんを見送ってから、改めて草薙くんの王子っぷりに感服する。
女子の前ではしたない言葉遣いをするな、なんて男子高校生、果たしているだろうか? まぁゲームの世界だからいるんだけど。
なら、彼本人は何て言うんだろう。お手洗いとかお花摘みとか? もしかして「雉撃ちしてくる」とか言っちゃうんじゃなかろうか。
正直こちらとしては、普通にトイレだと言ってもらって構わないんだけど……。
それにしても、本当に八重垣くんは普通に男子高校生!って感じでいいなぁ。
最近自分でやっと気付いたが、私のあらゆる思考は、最終的には必ず八重垣くんに収束するらしい。
「あのさ、……大姫」
すると完全に意識の外に追いやっていた草薙くんが、何やら神妙な面持ちで尋ねてきた。
しまった。お手洗いに向かう男子高校生の背中をニヤニヤと見つめるものではなかった。
緩み切った顔はそのままに、「何~?」と草薙くんに返答する。
それからこちらに返ってきた言葉は、予期せぬものだった。
「なんかお前、変わったよな」
「へ?」
「何かあった?」
ここで初めて、草薙くんの顔を見遣る。彼の表情は、今まで見たことがないほど真剣だった。
変わったって、いつからだろう。幼少期から? それとも、最近の私のこと……?
だとするとまずい。八重垣くんに好意を寄せていることがバレてしまう。一応、あまりデレデレしないように気を付けていたつもりだけど……。
私は内心焦りながらも、努めて平静を保ちながら口を開いた。
「えーと……具体的には……どんな感じ?」
この後、尋ねたのはまずかったと後悔することになる。
草薙くんは、言いづらそうにしながらも、こう率直に切り出してきたのだ。
「だ、誰かに恋してる、とかさ……」
「恋ィ―――!?」
思わず叫んでしまった口を自ら塞ぎ、私は首を大きく振って周囲を見回した。幸いにも近くに人はいない。最悪聞かれていても、私だと判明しないことを願う。
草薙くんも私の絶叫に驚いたのか、目を大きく見開いて私を見ていた。その顔には、ありありと困惑の色が浮かんでいる。変わったのはそういうところだ、と言いたげだ。
私は彼から顔を背け、緊迫した脳をフル稼働して思考する。
まさか、まさか草薙くんルートに入ってしまったのではあるまいな…!?
どの攻略対象キャラにも、他のキャラと親密になると嫉妬して恋バナを持ちかけてくる、というイベントがあった。
他のキャラを匂わせる選択肢を取ると、以降そのキャラとバチバチやりあう修羅場イベントが発生するという厄介仕様。本当に「私のために争わないで!」と言いたくなる状況だ。本当に争わなくて良い。大迷惑だ。
さて、いい加減彼に弁明をしなければ。このままでは疑われたままになってしまう。
弁明も何も、恋のようなものをしているのは事実なんだけど。
私はわざとらしく作り笑いをしながら、彼に向き直る。
「い、いや…今は勉強に集中したいかなー。行きたい大学とかあるし?」
「……そうか」
そう言った彼の表情は、落胆しているというよりは、何かを思い詰めているように見えた。
いたたまれなくなり、私は八重垣くんの後を追おうとする。
「わ、私もお手洗い行こっかな~!」
「あのさ!」
私の生まれたての小鹿よりもぎこちない一歩は、草薙くんの手によって阻まれてしまった。
彼に腕を引かれ、踊り場の角に追いやられる。それから草薙くんは私から手を離すと、代わりに壁にその腕を付いた。
いわゆる壁ドンである。
彼の壁ドンイベントとそのスチルは確かに見たことがある。だが、こんな状況ではなかった筈だ。
何かがおかしい。
……私、こんなイベント、知らない。
「お前……」
草薙くんの顔が迫ってくる。
異性としての好意はないとはいえ、やはりこの距離だと緊張で赤面してしまう。
知らないイベントで放つ彼の言葉もまた、ゲームでは聞いたこともない、いや、絶対に耳にすることのないセリフだった。
「まさか、転生してきたのか?」




