第7話 知らないイベント(前編)
「委員長ー! ちょっと待ってー!!」
翌週の木曜日、昼休み。
午前の授業が終わるなり、何かのプリントを抱えて教室を出ようとする学級委員長のトモちゃんを呼び止めた。
やっと捕まえられた、と内心ホッとする。
彼女、月曜日の朝から忙しなく働いていて、話しかける一瞬の隙すら皆無なのだ。学級委員長はこんなに忙しいものなのかと驚かされた。
まさに絵に描いたような委員長キャラ。まぁ実際、フィクションの人物なのだけれども……。
彼女は可愛らしいおさげを翻して、私にきっちり正面から向き直る。
「どうしました?」
その六文字全てが、語尾の疑問符も込みで、しっかりとした子音で発音した。
メガネの上に見え隠れする釣り眉と、きっちりと結ばれたヘの字の口元が、私は大真面目ですと静かに物語っている。
その雰囲気に少し気圧されながらも、例の件を持ちかけた。
「あの、部活の件なんですけど……」
「アっカリ――ん!!」
突如、私の名前を呼ぶ声が、私たちの間に割って入ってくる。
すると間もなく教室と廊下を繋ぐ窓がスパーンと開かれ、そこから元気な女子生徒が身を乗り出してきた。
御倉田菜さんだった。
例の、目立つモブ女子。私以外の転生者だ。
あいにく私とは別のクラスで、学級合同の授業以外では顔を合わせることが今のところ無い。なので、昼休みや放課後に私の元にわざわざ来てくれるようになった。
今日は私が彼女のクラスを訪ねようと思っていたが、今回もまた彼女の方から出向いてくれた。申し訳なさを感じつつも、正直嬉しさのほうが勝っている。
ただ、あだ名で呼ばれるのは今回が初なので、若干困惑している。
会話に割り込まれた委員長はと言えば、ムッと眉をひそめて彼女に視線を向ける。
これは、お説教が始まる予感だ。
「あなた…御倉さんでしたね?」
流石の委員長。原作通り、他のクラスの生徒の名前までしっかり覚えている。
はきはきとした聞き取りやすい喋り口で、彼女に長文の小言をぶつける。
だが、彼女には無意味だということを私は知っている。
「他の教室に入る時は、しっかりと担任の先生の許可を取ってください。先生ならまだ今いらっしゃいますので……」
「おー! 君がトモちーか!」
「と、トモちー……?!」
「ホラ、窓から身を乗り出してるだけだし? クラスに入ったわけじゃないから。ね? 良いっしょ?」
気圧される委員長もといトモちーをよそに、御倉さんは私の手元を覗き込む。
もちろん、マシンガントークも継続して。
「おおっ、アカリん部活入るの!? ドコ!?」
「いや、私はやめとこうかなと……」
「ありゃ、そうなのね。あたしは野球部のマネージャー入ったから、一緒にどうかなと思ったんだけど……」
やはり彼女は推しのモブである佐士くんを攻略する……つまり、彼女になる気満々らしい。
そのことについて言及しようとすると、彼女の方からその話題を切り出してきた。
「今日、マネージャー初日なんですよ! これから本腰入れて攻略開始!!」
「こ、攻略……?」
「じゃあ、今日の放課後は部活ですか?」
「そうそう。んじゃ、昼休みは昼休みで用事あるから、また後でね!」
最後に「何かマズいことがあったらソッコーで連絡してね」と身を乗り出して私に耳打ちして、御倉さんは廊下を駆けていった。
一瞬にして去って行ったゲリラ豪雨のような彼女に、私と委員長は顔を見合わせる。
そうして暫く茫然としていると、また別の人物が会話に割って入ってきた。
「なんだか面白い子だね、今の子」
その人物は、このクラスの担任である大節契という男性教諭だ。
担当科目は数学。三十代前半で、紳士然とした大人の魅力に溢れた人物である。
…ちなみに、隠し攻略対象キャラらしい。そのルートの内容は例に漏れず、一ミリも知らない。
「そういえば、部活はどこにも入らないのかい、大姫さん?」
「ええ……はい」
「残念だなぁ。僕が顧問やってる部活はどうかなと思ってたんだけど……」
先生はそう言って、私のことをじっと見つめてきた。その瞳には、どことなく熱っぽさが宿っているように感じられる。
……何やら先生ルートが始まりそうなムードだ。
私は先生ルートのシナリオどころか、発生条件すら知らない。長々と部活に勧誘されるだけならまだ良い。それだけでは済まなかったらまずい……。
この場を脱するために、私はドヤ顔で先生にサムズアップをしつつ、不自然に席を立った。
「私、帰宅部になりますんで!」
「はぁ……」
呆れたような、感心したような、どっちにも取れる絶妙な短い声を上げる先生。
こういう適当なことを言っていれば、誰のルートにも入らないだろう。
そうだ、御倉さんのようなキャラになれば良いのだ。大いに参考にさせてもらおう。
「それじゃ、委員長、先生、お疲れ様でーす!」
弁当箱を抱えて、私は廊下へ意気揚々と駆け出した。




