第6話 知りたいヒント(前編)
カーテンから差し込む朝日に照らされて、アラームなしに自然と目を覚ました。
ようやく見慣れてきた天井から目を離し、時計を探す。
時計が示す時刻は、七時半。
今日は、初の休日だ。
まだおぼろげな意識の中、ぼんやりと今日までの出来事を振り返る。
転校初日から約一週間。色んなことがあった…。
何故か、ゲーム『カムロ*トロイカ』の舞台である学文路岐市に転生していて。
推しだけどモブキャラの八重垣くんがいて。
めちゃくちゃ目立つモブ女子がいると思ったら、それは私と同じ転生者の御倉さんで。
幸いなことに、その他は現実世界とほとんど変わりがないこと。
でも、私自身にまつわる転生前の記憶がすっぽり無くなっていること…。
分かっているのはそれくらい。
おもむろに、頭上に置いてあった預金通帳を手探りで取る。
昨日の晩、見ず知らずの自室の中から見つけ出したものだ。
どうやら繰り越したての通帳らしく、財布に入っていた金額ちょうどを引き落したことだけが、一ページ目の一行目に記帳されていた。
預金は百万ほど。
両親からの仕送りだろうか? 原作では、親は見る影もなかったけども。
私の親は、一体どんな人なのだろう。
この世界、元の世界、どちらも分からない。
「うーん…考えてても分からん!!」
ベッドから飛び起きる。
ひとまず、朝食でも作ろう。せっかく早起きしたんだし、学校がない日ぐらいはちゃんと作らないと。
実は、今日までまともな食事をしていない。朝と晩はほとんど取っておらず、昼休みにコンビニで買った弁当やパンをほんの少し食べている程度。
そもそも食欲が湧かなかったのだ。異世界…感は無いけど、別世界に転生してしまった衝撃と八重垣くんに出会えた感動で、今日まで常に興奮状態にあった。
アドレナリンが分泌されると食欲不振になるとかいうし、それが原因なのだろう、多分。私の生活能力が無いわけではない…決して。以前の私がどんな人物だったのかは分からないけど。
「料理ぐらい出来るだろッ、オリャ!」
そんな掛け声を上げながら冷蔵庫を開けたところで、そもそも食材が揃っていないことを思い出した。
…まずは買い出しに行かねばならないようだ。
マップアプリで、寮付近の店を調べてみる。
徒歩圏内にスーパーもあれば、肉屋や魚屋、八百屋などが揃った商店街も近場にあるようだ。ほとんど登場しないけど、確かにゲームにも設定上あった気がする。
顔を洗い、寝癖を整えて、慣れない私服を着る。
手短な準備を終えて、いざ出発。
これといって作りたいものは無いし、とりあえず安い食材を買って、それから考えようかな…。
都度、マップで道順を確認しつつ、近隣地域の把握のために住宅街を練り歩いた。
途中ですれ違った犬の散歩中のおじさんや、井戸端会議中の奥様方に挨拶する。のどかな町だ。
買い物に来ているということもあって、ふとこの土地の物価が気になった。
学生寮は恐らく各段に安いだろうけど、家賃はどれくらい高いんだろう。これだけ住みやすいのだから、きっとそれなりに高いんだろうな……。
そんなことを考えながら歩き続けていると、途中の曲がり角で向かいからやってきた通行人とニアミスしてしまった。
ぶつかりこそしなかったものの、危ない所だった。私は反射的に頭を下げ、相手に謝罪する。
「あっ、すみません!」
「あ、いえ、こちらこそ……あれ?」
向こうも同じタイミングで軽く会釈してきたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。だが、その声には聞き覚えがあった。
一拍置いて相手を見上げた瞬間、思わず目を見張る。
……この世界、つくづく都合が良すぎる…。
「大姫さん?」
やはり八重垣くんだった。
まさか学校だけでなく、休日まで彼に会えるなんて。
だけど、今はその都合の良さは要らなかった。
(…もっと可愛い恰好をしとけばよかった!)
ただの買い物だと思って、比較的ラフな格好で出てきてしまった…。
家には可愛い服が取り揃えられていたのに。最悪だ…。「ああ」と声を上げて嘆きたいのを堪えて、ぐっと押し黙る。
とはいえ、このまま黙り込むのも良くないので、とりあえず八重垣くんと会話を続ける。
「や、八重垣くん! ど、どうしたの⁉」
「どうしたのって……俺ここらへんに住んでんだけど、今からショッピングモールまで買い物にでも行こうかなって」
「そうなの? 私もだよ」
「おー。じゃ、途中まで一緒行く?」
流れるように吐いた嘘が功を奏し、なんと八重垣くんの方から同行のお誘いが。
本当はショッピングモールまでは行くつもりはないけど……八重垣くんと一緒に居れるなら、休日の一つや二つ潰れても構わない。
ぶんぶんと頭を縦に振って「うん!」と思わず大声で返事をする。
その子供じみた威勢の良さに八重垣くんは苦笑する。少し恥ずかしかったが、八重垣くんの笑顔が見れたので良しとしよう。




