パラレル世界とアナザー妹 その3
休み明けの月曜日。休み明けとなれば、いつにもまして気だるくなるのが常ではあるが僕は少し違った。やるべきことが見つかったからか、それとも欠けた『何か』の正体を知ったからか、いつもよりはやる気をもって学校生活を過ごすことができた。
気温はまだまだ暑いが、激しく動かなければ特別汗をかくこともないくらいには気温も落ち着いてきた。またいつ暑くなるか分からないけど、これからは気温もきっと下がっていくことだろう。
放課後になったら急ぎ足で家まで帰り、さっさと着替えを済ませてしまう。
実は遊びに誘われていたのだが、それを断ってまで急いで帰ったのには理由がある。今日の放課後は響香との先約があったのだ。待たせる訳にもいかないだろう。制服を着替え終わると心の準備だけ済ませて、リモコンの操作をする。あちらに向かう前に、小ダイヤルが非干渉になっている事を確認する。
前回は靴持って帰るのを忘れたので、とりあえずはそれを探すところからだ。
当然玄関にそのまま放り出されてはいなかったのだが、半干渉の状態にして靴棚を開けてみるとお目当てのものはあっさりと見つかった。
回収した靴を履いたらしっかりと非干渉に切り替えてから外に出た。
少し懐かしみを覚える通学路を歩いているとそう時間はかからずに、中学校の前までたどり着く。今通っている高校は電車に乗らないといけないので駅とは反対方向にある中学校に来ることはなかったから、このルートで歩くのは本当に久しぶりだった。
もしかしたら、妹の迎えなどで来ていたのかもだけど、だとしていまはその記憶もない。
校門前の通りの向かいの歩道に立つと半干渉の状態にしておいて、響香には見えるようにしておいた。
周りの風景を懐かしみながら見回していると、部活が終わるくらいの時間帯になり、響香が校門から出てきた。
彼女はこちらの方を確認すると手をあげようとしたが、顔と同じあたりまで上げてから何事もなかったかのように手を降ろして、道路を横断してこっちへ来た。そして手の届く距離まで近づいたら、付いてきてという感じにこちらに視線を向けられたので後をついて歩く。
通学路からは少し外れるようにしばらく歩くと、周りに生徒も少なくなった辺りで彼女が声をかけてくる。
「えっと、今は私にだけ見えているって感じでいいんだよね」
どうやら校門前での謎の行動は、僕の今の状態に確証が持てないからこそのものだったようだ。
たしかになにもないところに手をあげたり、虚空に話しかけたりしたらまわりからおかしな目を向けられるだろう。
そこまで人が多かったわけではなかったが、中学生なら変な行動が噂になる可能性もある。注意するに越したことはないだろう。
「どうなの? お兄ちゃん」
一応は小声でこちらに話しかけてくる響香。
「うん、そうだね、今は半干渉の状態だよ」
「そっか、良かったー手振らないで」
「まぁ、誰もいないところに手を振っていたら不思議ちゃんみたいになるからね」
「そうそう、お兄ちゃんにまた会えたのは良かったけど、不思議ちゃん扱いは困るからね」
彼女は笑ってそんなことを言う。
「あの後は夢か何かと思ったんだけど、玄関にお兄ちゃんの靴が残されていたし、あ、そういえば靴、靴棚の中に隠しておいたんだけど、分かった?」
父さんと母さんに見つからないように、どうやら彼女が隠しておいてくれたらしい。
「ありがとう、ちゃんと履いてきたよ」
足元を指差し、靴棚から取り出した靴を見せる。
「良かった、今日は忘れて行かないでね」
「うん、気を付けるよ……それで響香、どこに向かってるの? なんか家の方向とは微妙に違うけど」
周りを気にしていつもの通学路から外れ、あまり学生がいない場所に来たのかと思ったが、僕たちは未だにどこかに向かって歩き続けている。どこか目的地があるのだろうか。
「晩御飯の買い出しをしようかなって思ってるんだけど、付き合ってくれる?」
この方向の先には確かにいつも使っているスーパーがある。
「うん、いいよ」
「やった、お兄ちゃんとの買い出しも久しぶり」
小さめの声と少ない挙動で響香が喜びを表現する。ただ買い物に付き合うだけなのだが、喜んでくれるってことは、この世界の僕はずいぶん妹と仲が良かったのだろう。
「こっちの僕とは良く一緒にスーパーに行っていたの?」
兄妹の仲を聞きたくてそんな事を聞いてみた。
「別に毎回ってわけじゃないけど月に二回くらいは行っていたかな」
「大体二回に一回は付き合っていたのかな? 買い出しの頻度が僕の世界と一緒なら」
僕の世界では大体週に一回くらいのペースで買い物に行っていたけど、こっちでもそうなのだろうか。
「へー、あんまりこっちと変わらないね、放課後でタイミングが合った時とか、重たいモノ買うときは来てくれていたんだよねー」
ということは、今日は重たい物を買うのだろうか。
「うーん、お兄ちゃんの見た目も性格もほぼ同じだし、買い物の頻度も同じくらいってなると、そっちの世界もこっちとほとんど同じなのかもね」
周りの視線を気にかけながら響香が僕に笑いかけてくる。
「じゃあ、たぶん響香も僕の世界の響香ともほとんど同じなのかも」
そう言うと、彼女は首を少し傾げた。
「かもってどういうこと? 私はともかくお兄ちゃんの妹なんだから分かるでしょ?」
不思議そうにそう言われてから気づいたけど、僕の妹がどうなっているか彼女は全く知らないんだった。
「そういえば、説明していないんだったっけ?」
「なんのこと? リモコンの事?」
「ううん、こっちの世界の事」
「別の世界から来たって事は聞いたけど、あんまり詳しくは教えてもらってなかったかも……そんなに違うの? てっきり、同じような世界だから説明されなかったのかなって思っていたんだけど」
僕も何も言っていなかったっけ、と思って思い返してみたけど、まず思い出す光景は泣いている響香だった。
「あー、あの時は宥めているはずなのに泣く勢いがどんどん増していくから、途中からすごい焦っててなにを言っていたか詳しく覚えていない……」
響香もその時のこと思い出したようで少し肩落とした。
「そう言えばそうだった……えっと、その時はごめんね、なんかお兄ちゃんは行ってくれる言葉まで私のお兄ちゃんそっくりだったから、なんだか余計に泣けてきちゃって……」
少しだけ気恥ずかしそうそう話す。
「私が泣いていたことより、お兄ちゃんの事を教えてよ」
そう言うと顔を少し赤くする。
「うん、まぁ、そうはいっても大したことじゃないんだけどね」
そうは言ったもののどこまで話そうかな。全部話すのはちょっとあれかな。まずはここに来た目的はまず一旦放置でいいや。いつかは話すとしても、会って急に君を救いに来たというのも、なんだか危ない人みたいでいやだし。
でも妹の事を忘れていることは言わなければさっきの言葉の説明は出来ないから、そこは話しておかないとかな。
この2つの事って結構関係が大きいから上手いこと話さないといけないな。
「えっと、色々あって僕の世界から僕の妹の存在が消えているんだ」
「なんか随分と壮大な話だね……リモコンも大分壮大ではあるけど」
嘘ついていない? 私のこと騙そうとしていない? というような表情でこっちを見る響香。
「言われてみるとそうだけど、嘘じゃないからね……」
「本当?」
「うん、そう、本当……っと、ああ、えっと、それでね、その僕の妹がいなかったことになっているんだ」
「へー、そうなんだ……でも、妹がいることは分かっていたの?」
そうだよね、存在しないのにそれを知っているってちょっとした心の病を疑われてもおかしくはない。
「いや、僕もこのリモコンを渡されるまではそんなこと考えもしなかった」
僕は正直にそう答える。そもそも彼女の姿を見るまでは、妹がいるという情報そのものが半信半疑だったのだ、彼女が僕を訝しんでもおかしくはない。ちゃんと信じてもらうためになるべくは本当の事を伝えておこう。
「そういえば、リモコンの出所って聞いてないけど」
これは別に答えても問題はない情報だろう。というか、まずそこを信じてもらわないとすべての情報に信用できる要素がなくなっちゃうし。
「なんというか、これを言うとおかしな人だと思われそうで嫌なんだけど、リモコンは神様から渡されたんだ、その時に僕には実は妹がいるとかその存在が今は世界から失われているとか、その時は半信半疑だったし戸惑ったりもしたんだけど……」
「なるほど、リモコンとか別世界とかみちゃったら否定できなくなっちゃったてこと」
そうはいうもののその表情から察するに神様のこと自体は半信半疑と言っただろうか。
「まぁ、神様についてはそうかな。でも妹がいるって事については、響香に会ったときに確信めいたものは感じたよ。身体や口が自然と動いてて、そのときになんか自分にも響香のような妹がいたんだろうなって思わされちゃって」
我ながら少しおかしな文章になっているとは思うけど、意外に響香は納得してくれたようで頷いてくれた。
「んー、シンパシーなのかな、私もお兄ちゃんのすがたを見たときはね、暑くて幻覚を見てるかなとか思いながらも抱き着いてみたら実態あるし、もしかしたら見間違いかと思いながら何度顔を見てもお兄ちゃんだし、声も仕草もなんかお兄ちゃんみたいだし、そう考えているとなんかどんどんとね、本当のお兄ちゃんだって思えて来ちゃったから、そこは分かるかも」
「それってシンパシーっていうのかは分からないけど、響香がそういうって事はやっぱり僕の妹も響香みたいな感じだったのかな」
「お兄ちゃんが私のお兄ちゃんにそっくりなんだから、そうかもしれないね。でも、そっかー、お兄ちゃんは妹が、私はお兄ちゃんが。お互いに何か欠けていた同士だったんだね」
彼女が妙にニコニコとした表情でこちらに視線を向けてくる。純粋な視線がちょっとだけ痛い。
妹神の話を聞く限りではリモコンで向かう先の世界では、基本的に僕は死んでいるらしいので、僕とその世界の妹の関係は必然的に欠けている者同士になるはずだ。なので、「偶然そうなったよね」というような顔をしている響香の笑顔に少しだけ申し訳なさを覚える。
「そ、そうだね」
とりあえずは無難な言葉を選び口にすると、視線とそっと逸らした。
響香の笑顔から少し視線を逸らしながら歩くこと十数分。買出しでよく使っているスーパーにたどり着く。
「響香は良く来るの?」
さっき聞いた話だと、大体毎週一回くらいだけど、わざわざ平日に来るって事は何回かは響香が任されているのだろうか。僕は料理しないので、あんまり買い物に行くことはないのだが、響香は料理するかもしれないし、もしかしたらちょくちょくスーパーを訪れているのかもしれない。
「うん、半分くらいは私が買いに来てるかな」
スーパー近くというのもあって周り人の数も増えてきた。響香は周囲を気にしながらこっそりと話すようにし始める。
「お兄ちゃんが亡くなってからはまとめ買いすることも少なくなってね、代わりに買い物の頻度が上がったんだ。だから今は多分お兄ちゃんのところと比べると倍くらいの頻度になったかな」
倍くらいということは週に2回行くくらいかな。人数が減ったので一度に多く買う事が減ったのかもしれない。
「買いだめするよりもその日の割引品買った方が安いし、育ち盛りの男の子もいないからいっぱい買う必要もないしからちょくちょく買いに来ればいいし」
「僕ってそんなに食べる人だったの?」
自分との相違点を見つけたと思いそう尋ねてみるけど、買い物かごを手に取った響香は首を横に振った。
「いや、全然だよ。お兄ちゃんだってそんな大食いじゃないでしょ?」
「そうだけど、この世界の僕と違いが……あ、もしかして冗談とかだった?」
すごく分かりづらいし、突っ込みにくい内容ではあったけど、響香が僕の事をお兄ちゃんと同一としてみてくれているなら、気軽な小ボケだったのかもしれない。
「あれ、伝わってなかった? 実際は葬式とかいろいろとやってバタバタとしている間になんとなく変わっただけだよ。だから特に理由はなくて、理由は後付けのものだったりするかも」
買い物かごを取って入口に立つと、スーパーの中の空気が足もとを冷やす。
「お兄ちゃんは好きな食べ物とかあるー?」
食品をかごに入れながら、割と普通の声量で響香が話しかけてくる。余りにも自然に声をかけて来たので、もしかしたら買い物しながら話をするというのは、よくあったことなのかもしれない。このままだと虚空に話しかける人になってしまう気がする。
「響香、声」
「あ……」
響香は身体を強張らせてから、キョロキョロと周りを見回してからホッと息を吐く。
そこまで多くないとはいえ、人もいるし響香がまたうっかりするかもしれないな。
「まぁ、僕のことを知っている人なんてそういないかもしれないし、様子を見つつ干渉状態にするよ」
響香が気にするようならやめるけど、とりあえず提案はしてみる。
「あ、じゃあ卵多く買おうかな、安いの一人二パックまでだし」
僕の提案を嬉々として聞きいれて、そんなことを言い出した。しっかりしてるのか抜けてるのか……。一応知り合いに見られる可能性自体はあるんだけど。
一直線で卵コーナーへ向かって行く響香をみて、ちょっとだけ心配になった。
商品棚の影で干渉状態にして、代わりにカゴを持ったらこの際だからと米を買おうとしてきたり(カゴに卵が入っていたので結局買わなかった)、卵コーナーの表記よく見たら一人じゃなくて一家族表記だったのでどうするか話した結果二パック元の場所に戻したりと、一人で買い物するより騒がしかったが、不思議と嫌ではなかった。
スーパーを出ると温度差のせいかちょっとだけ暑く感じられた。
両手に袋を手にして、二人で帰り道を歩く。
「一袋くらいは私が持つよー」
袋は全部僕が持っていたのだが、しばらく歩いていると響香がそう提案してくる。
「でも響香は学校帰りだから荷物あるでしょ、僕が持つよ」
「そうだけど、うちの買い物なのにお兄ちゃんに全部持たせるのは流石に悪い気がするし」
そこまで重くないからこのまま運んでも良かったんだけど、たぶん響香もなにか持ちたいのかもしれない。
自分の持っているものを見る。持ってもらうならどれが一番適しているかな……。
「じゃあ、卵の袋だけ持ってよ、他に当たって割れるといけないし、そこまで重くはないだろうし」
「分かった、まっかせてー」
喜んで両手を出してきた響香に卵が二パック入っている袋を手渡した。
「あ、そういえば結局聞きそびれていたんだけど、というか買い物終わった後に聞くのもあれなんだけど、お兄ちゃんの好きな食べ物は?」
「え、あ……そういえば、そんなこと言っていたね」
言われてみれば答えてない気がする。僕の好きな食べ物か……うーん、なんだろう。
「そうだね……甘い物は苦手だけど、改めてきかれるとなんだろう……」
考えてみたけど、特にこれだって言える料理は思い浮かばなかった。ただ、なんとなく好きな料理の傾向とかを考えるとぼんやりと見えてくるものがあった。
「うーん、じゃが芋とかかな……」
「まさかの食材で来たかー、えーと、そうだなー、じゃあ、肉じゃがにしよう。一応作れるだけのものはあるし」
「肉じゃがにしようって、今日の献立のこと? それなら好きなように食べればいいのに」
「せっかくなんだし、お兄ちゃんの好きなもの作ろうかなって思って、まさか食材言われるとは思ってなかったけど」
そう言ってはちょっと苦笑いする響香。
そして、会話の流れからなんとなく察したことが一つ。
「あれ、もしかして、今日の晩ご飯僕も食べる想定されてる?」
「うん、そのつもりだよ。今日は二人とも遅いし、一人で食べるの寂しいからね、だからせっかくならお兄ちゃんと食べたいと思って誘ったんだよ」
「それで今日だったの?」
「そうだよ」
急遽、今日の晩ご飯をごちそうされることになった僕は、家につくと買った物を台所に置いて、響香に言われたとおりにリビングのソファーに腰を掛けた。
特にすることもないので、キッチンに立つ響香の背中を眺める。
響香は家についてからすぐに制服から部屋着に着替えて、普段は付けていないであろうエプロンを身に着けて調理を始めた。そんなことをしているうちに日は沈み切り、リビングとキッチンには電気が点けられている。本来ならもう帰っているつもりの時間だろう。
玉ねぎの独特なにおいを感じながら、響香の背中でプラプラと揺れ動いているエプロンの紐を眺めていると彼女が小皿を手に振り返った。
「おにいちゃーん、あじみー」
様子を見るにこっちへ来いということなんだろう。ソファーから立ち上がって、近くまで行くと小皿を渡された。
小皿の上には表面がほのかに薄茶色に染まったじゃが芋と、2本くらいの糸こんにゃくがあった。
「えっと、箸とか……」
「その辺りの割り箸とかで」
「割り箸は引き出しの一番上とかかな?」
「うん、たぶん入っていると思う」
「分かった」
近くの引き出しを引くと僕の世界同様に割り箸がいくつか入っていたので、1膳取り出して、じゃが芋と色こんにゃくを口に放り込んだ。
「どう?」
アルミ箔の落し蓋を鍋に戻しながら響香が尋ねてくる。
じゃが芋はほくほくとしているし、少し濃いめの味もご飯と一緒に食べたらきっとおいしいだろう。
「うん、美味しいよ」
「そっか、じゃあ完成かな」
そう言って戻したばかりのアルミ箔を取り出した。なんか二度手間をしているようでちょっとだけ面白かったけど黙っておこう。
「えっと、後はせっかくだから玉子焼きでもつけようかな、一緒に食べてくれるおまけみたいなもの。お父さんとお母さんには肉じゃがだけ」
響香は卵焼きをサッと作って、スッと切り分けた。よく作っているのだろう、見事な手際だった。
「よし、じゃあ、晩御飯にしよっか、お兄ちゃん」
器に盛られた肉じゃがと三切れの玉子焼き。五等分してそのうち三つを僕に割り当てた。
「お兄ちゃん、ごはんは大盛り?」
しゃもじを持った響香はなにか妙な笑みを浮かべていた。
「なんか嫌な予感もするし普通……いや、少な目でお願い」
「ちぇー、なんか察しがいいー」
彼女に渡されたご飯は希望通り少な目だった。ただしその器はどんぶりだったので、それでも普通の茶碗一杯分ほどはあるように見える。
「ちぇ、って……まぁ、いいや、いただきます」
「うん、いただきます」
今日学校であったこと、この世界の僕が亡くなった後のことなど、食事の間、響香は楽しそうにずっと話していた。
肉じゃがと卵焼きに白米という組み合わせにも飲み物として牛乳を取り出した響香に対して「給食みたいだね」と言うと「まだ中学生だもーん」という返答を返されたり、卵焼きになにかけるかという質問をされてそのまま食べるといったら、「やっぱり」みたいな表情されたりする。
「それでね、私が転んじゃって、棒がバキッって折れちゃって……」
そんなひと時を過ごしてみて、楽しそうに話す響香を見て、なんとなく懐かしく思えた。そんな時間は心地良くて、僕の日常に欠けていた何か埋まっていくように感じた。
そんな時間も食事が終われば終わり、僕はまたソファーで響香の背中を眺めていた。
洗い物くらいはやるといったのだが、「いいからいいから」とソファーに座らされたのだ。
手慣れているからか皿洗いはすぐに終わったようで、少しして彼女も隣に腰を掛けた。
「今日は楽しかったよ。それに嬉しかった。あと、なんだろ、ぴったりな言葉は見つからないけど良かった」
濡れた手をハンカチで拭きながら、笑顔でそう言ってくれる響香。言いたい言葉を全部言われた気がするけど、同じことを言うのもなんか気恥ずかしいので、適当に誤魔化しながら「僕もいい時間を過ごせたと思う」とだけ答える。
「それで、次はいつ会えるかな……お母さんたちがいると会いにくいし、かといって外で長時間一緒にいるのもあれだし……」
「僕の方は、いつでも大丈夫だと思う」
こっちの方は特に重要な用事なんてないし、その気になればつでも開けられるだろう。響香が時間のある時でいいかもしれない。
「えーと……そうだなー……とりあえずは来週の月曜日かなー、お父さんもお母さんも月曜日は遅くなる日が多いし、そうじゃなさそうだったら会った時にまた伝えるよ」
「分かった、じゃあまた来週って事になるのかな」
「うん、バイバイお兄ちゃん」
「またね、響香」
別れの挨拶と次の約束も済ませた事だし、荷物をまとめリモコンのスイッチをオフにした。




