来たる約束の最後の日 その2
時間にして30分ほど電車に揺られて目的に駅に着いた。
改札を通る時は少しドキドキしたが無事通り抜けることができた。
バナンテューンまで、駅から歩いて5分と言ってはいるが、ホームから駅の出口までの時間や人混みとか信号の都合で実際は倍くらいかかる時もある。今日は時間がちょっと早いのもあって、休日の割には人が少なかったので7分くらいで、正面入り口の向かいの歩道まで到着した。僕たちは「やっぱり5分じゃつかないよね」なんて話をしながら、信号の色が切り替わるのを待っていた。
最近は来られてなかったから、それなりに久しぶりかも、バナンテューン。最後に来たのはいつだっけな。正面入り口を見ながら、思い出そうとしたものの、記憶にあるのは去年末に乃に誘われて桂ちゃんと一緒に来たときのものだ。あの時はこの近くの美味しいレストランがあるとかで一緒に行こうと言われて来たのはいいが、誘った乃が遅刻したせいで手持ち無沙汰になったので時間を潰すために入っただけだったけど。
あのときからもうほぼほぼ1年たつけど、昔はちょくちょく来ていたからあんまり久しぶり感はないかも。なんとなくだけど中がどうなっているかも覚えていし、たぶん響香とはぐれても迷子になることはないと思う。あくまで僕の世界と同じだったらという前提ありきではあるけど。
「ほら、お兄ちゃん、青になったよ、ちゃんと左右確認してから渡ろうね」
響香が袖をクイクイッと引っ張ってきた。
「もう小学生でもないのに、大丈夫だって」
そりゃ軽くは見るけど、そんな分かりやすく左右を確認するようなポーズは取らないって。そう思って、冗談交じりの返答をしつつ軽く車道を見たあと、視線を強化の方へ戻したけど、思ったより真面目な表情をしていた。
「そう? なんかぼーっとしているように見えたから」
どうやら、先ほど乃に誘われて来たときのことを思いだしていたのが、ぼーっとしているように見えたらしい。
「最近ここに来てなかったなから、最後に来たのいつだっけなって思っていただけだよ」
「そうなの? えっと……お兄ちゃん疲れているのかなとか思っちゃった……あ、そういえば私も中に入るのは結構久し振りかも」
響香は「このあたりは何度も来たんだけどね」と小声で付け加えつつ苦笑する。
「それよりも、早く渡っちゃおう。ここで喋っていたらもう一回待たされることになるよ」
「それもそうだね」
少し早めに足を動かして、信号が点滅するまでに渡り切ることが出来た。
入口から見る限りはこっちの世界のここもあまり変わりはないように見える。
「最近来ていなかったで思い出したけど、服もあんまり買いに行けてなかったから、とりあえずは服選びを手伝ってよ」
「僕は特に用事があるわけじゃないから、響香に付き合うよ」
「じゃあ、4階にちょくちょく行く店があるからまずはそこね」
そう言うとスタスタと歩き出す。4階は桂ちゃんにつきあって数回行ったことがある程度で、普段は通り過ぎることの多い階層だ。
「僕はその店までついて行けばいい?」
女性服の店とかだと、ちょっと気まずいかもなので一応聞いてみる。
「服を選ぶんだから当然……ではあるんだけど、半干渉とかになってくれると嬉しいかも」
「うん、分かったけど、どうして?」
男が入りにくい店だったりするのだろうか、だとすると僕も入りにくいとは思うんだけど。
「今から行く店はお兄ちゃんも何度か一緒にっている場所でね、そんなに何回も行ってたってわけじゃないけど、もしものことがあったら、ちょっとあれでしょ」
「あー、なるほど」
確かにそれは問題だ。
上の階に上がる時に階段を使うことにして、周りに人がいないことを確認してから、リモコンを取り出す。エレベーターやエスカレーターだと、人とかカメラとか気になるし切り替えは難しいからね。
一応ダイヤルを回す前にもう一度周囲を確認する。
「これで響香以外の人には見えていないと思う」
「よし、じゃあ行こっか」
響香の後をついて目的の店までは来たけど、どう見ても女性向けのお店だし微妙に入りにくさを感じた。結局、入りにくさはあるんだ。
今は周りからは見られていないからいいけど、こっちの世界の僕は響香が一緒にいたとはいえ、この店に一緒に入ったこともあるのか。勇気あるなぁ。
お店のスペースに入ると店員さんと響香は話し始めた。
話を終えて少しすると、響香はいくつか服を持って試着室に向って歩き始めた。僕にだけ見えるような感じで、小さく手招きしたのが見えたのでその後ろをついて行く。
試着用のスペースがいくつか並んでいるの場所まで来たのだが、なんだかここにいるのはなんだか悪い気がしてくる。
なるべく響香の近くにいよう。そう考えて響香の近く寄ると、響香に腕を掴まれた。
「お兄ちゃんも一緒に入ってきて」
小声でそう言う響香に腕を引っ張られた僕は試着室の中に引きずり込まれた。
「ここの試着室は広いから二人入っても結構余裕があるでしょ」
学校とかにある物置くらいの広さはあるので、確かに狭苦しさはないけど……。外で待っているよりも気まずいような。
「一緒に入る必要はなかったんじゃないの?」
「だって、試着したのを見てもらうためにいちいちカーテンを開けて虚空に話しかけるのはおかしいでしょ、だから一緒に入った方が都合がいいでしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
兄妹とはいえ恥じらいは持った方がとも思ったが、兄妹って案外こんなものなのかもしれない。今の僕にはよく分からないことなんだけど。
響香は持ってきた服の中から上下を組み合わせて、それらを広げて見せてくれる。
「これとかどうかな?」
「似合うとは思うけど……今日着ているものに似ていると思うんだけど、いいの?」
「いま着ているのもここで買った物だし、似ているのはそうかもね」
店員さんと仲良く話していたから、もしかしたら常連なのかもしれない。
「違ったものとかが欲しくないの?」
「この服お気に入りだし、もう一つ近いものがあると嬉しいかなって思っているから、そこはいーの……それより、この組み合わせはお兄ちゃん的にはどう思う?」
「さっきも言ったとおり、似合っていると思うよ。今日着ている服だってすごい似合っているし、響香がいいなら買ってもいいんじゃないかな」
「じゃあ、これは買ってもいいかも」
鏡の前で手に持った服を自分の体に重ねて見ると、うんうんと頷くとそれらを畳んで椅子の上に置いた。
「着てみなくてもいいの?」
「いまのは最初から買うつもりのものだったし、多分お兄ちゃんも似合ってるって言ってくれると思っていたものだから」
「そうなんだ、そういうのもあるんだね」
「そういうのもあるの……と言ってもこれだけだけどね、次からはなんとなくで選んだものだったりだから、お兄ちゃんの意見を聞かせてね」
その後、数着の服の組み合わせの中から似合いそうなものをいくつか試して、気に入ったものと最初の2セットを持って試着室から顔を出す。
そうしていると店員さんが近くにやって来たので、響香はそれらを渡して残りの服を畳んだりハンガーにかけたりして、それらを持って試着室を出た。
僕だけここに残る訳にもいかないのでそれを追って外に出る。
「お兄ちゃんは店の外で待ってて」
小声でそう言われたので、人や物にぶつからないように気をつけながら店の外の通路まで出た。
ここで僕が支払とかをした方が兄っぽかったんだろうか。今の状態じゃそれは不可能ではあったけど。お昼ご飯のほかにもチャンスがあれば、そのときは僕が払った方がいいのかも。
人にぶつからないためにも周りに注意を向けつつ、響香が店から出てくるのを待つことにした。