四話・来たる約束の最後の日(ラストデー) その1
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。
朝に聞こえる小鳥の声の定番といえば雀という印象があるけど、実際にカーテンの隙間から覗いてみたりすると全く別の鳥だったりするからびっくりする。
睡眠時間はいつもよりやや短めだけど、妙に目覚めは良かった。
枕元のスマートフォンのボタンを押して、時間と日時を確認する。
「今日だよね」
誰もいない部屋でぼそっと呟く。
着替えや洗顔などを済ませて部屋に戻ると、カーテンを開けて日差しを浴びる妹神がいた。
「おはよう、おにいちゃん」
「ああ、うん、おはよう」
普通じゃない光景ではあるが、ここ数日で慣れてしまったのか、「今回はいた」というくらいの感想しか出てこなかった。
「今日が約束の日なんでしょ、頑張ってきてね」
「うん」
朝だからなのか、それとも空気を読んでいるのか、心なしかいつもより大人しい雰囲気だ。もしかしたら最初だけかもしれないけど。
「困ったときは一昨日と昨日の私の言葉を思い出してね」
「えー、まぁ……うん」
微笑んで真面目よりなトーンで話す妹神に対して、僕は曖昧な感じの言葉を返した。
一昨日の放課後、あの時の妹神は少しだけ頼もしく思えたものだが、相談の内容自体は微妙で、どこまで参考にしていいんか分からないものだった。というか、ほぼほぼ雑談していただけだったような。
「待ち合わせの時間まではまた時間あるんでしょ」
「そうだね、早めにつくようにするつもりではあるけど、それでも十分時間はあるかな」
「それじゃあ、それまで最終作戦会議だよ」
「作戦会議って……いいけどね」
予定の時間まで妹神の雑談に付き合った。うん、雑談。案の定というかなんというか、作戦会議っぽかったのは最初の数分だけだった。話が一度脱線してからはずっと雑談だった気がする。
一昨日と昨日の様子と併せて考えても、意外とおしゃべりなところがあるのかもしれない。いや、意外でもないかな。神様が意外とおしゃべりだなってだけで、何回か見た彼女自身からは意外な感じはしない。割と最初からおしゃべりな感じだったし。
「よし、それじゃあ、頑張ってきてね、おにいちゃん」
「うん、行ってくるよ」
妹神に見送られながら、リモコンを操作して世界を移る。
移動先の部屋は既にもぬけの殻だった。
もう外に出ているのかな?
待ち合わせの場所は響香の部屋でもなければリビングでもない。
これから向かうのは、家の最寄駅である緑兎駅だ。
家には両親がいたため、非干渉の状態のままそっと家を出て、公園の物陰で干渉状態切り替えてから駅に向かった。
待ち合わせの時間よりも30分くらい前だが、響香は駅前のベンチに腰を掛けて、スマートフォンの画面を見ている。
もしかしてとは思ったが、こんなに早くから待っているとは……
すぐ近くまで近寄ると、こちらに気づいた響香は顔をあげて表情をほころばせた。
「ずいぶんと早いね」
「待ち合わせ場所と時間決めたのはこっちだし、先に着いていたかったからね」
「にしても早すぎるんじゃないかな?」
「そういうお兄ちゃんだって、まだ30分前だと思うんだけどなー」
響香はスマートフォンをバッグに仕舞いつつ、にやにやしながらでこっちをみてくる。もしかしたら、僕のことをからかってるつもりなのかもだけど、そういう僕よりも先に来ている時点で、響香も相当あれだと思うよ。
「こっちだって待たせるつもりはなかったし……なぜか僕より早く来ていたみたいだけど」
「だってお兄ちゃんのことだし、早く来そうな気はしてたからね。私のお兄ちゃんと同じ人だと思えるくらいにお兄ちゃんなんだし」
ベンチから立ちあがり軽く尻を叩くと「すごく早くなっちゃったけど、いこっか」と言って駅の方へ歩き出した響香のあとをついて歩く。
「そう言えば、待ち合わせの事は聞いていたけど、今日は何処に行くの?」
待ち合わせと場所くらいしか決めていないので、今日なにをするのか全く知らなかったりする。外に出てどこか行くってことくらいは察せられたけど、それだけしか知らなったのもあって妹神との相談会でも、話が脱線しやするく雑談会に移行しやすくなってしまっていた。
「バナンテューン行こっかなって」
「バナンテューンって、あのデパートの?」
「うん、4つ先の新兎道駅から歩いて5分、地下2階から12階まで全14フロアでお待ちしております」
「なんだかコマーシャルみたいだね……って、確かテレビCMでそんなのやっていたような気がする……」
もう何年か前の話ではあるんだけど、完成した時は毎日のように流れていた。
「そうそう、今はそうでもないんだけど、昔はテレビをつけっぱなしにしたリビングでよく遊んでいたからなんか覚えててねー、お兄ちゃんの方でそうだったの?」
「うーん、どうなんだろう……でも覚えているってことは何回かそういう日もあったのかも」
そこから派生して響香から昔の話を聞きながら、改札を抜けてホームまで歩く。
「あ、そういえば、お金とか大丈夫なの?」
話ながら駅のホームで電車を待っていると、響香がそんなことを言ってきた。
一応、財布の中身を思い浮かべてみる。そこまでたくさん入っている訳じゃないけど、1日遊んでも大丈夫かなとは思うけど、沢山買い物するとなったら少し心もとないかも。
「大丈夫だとは思うけど、響香は僕に高い買いものをさせるつもりなの?」
「ん? いや、えーと……そういう事じゃなくて、多分お兄ちゃんが使うお金って、お兄ちゃんの世界のものだよね、だからほら、なんか番号とかそういうの大丈夫なのかなと思って」
「あ……言われてみれば……電子マネーだって、実際怪しいよね」
響香に指摘されるまで気づかなかったけど、良く考えてみれば駄目かもしれない。もうちょっと使っちゃってるけど、大丈夫かな。最初の日に買った缶コーヒーを思い浮かべて、ちょっと不安になった。
いや、大丈夫。大丈夫なはず、というか大丈夫だと思い込もう。そうじゃないとなにかと不便だし、響香にも申し訳ない。流通しているお金の数はとんでもない量だし、たまたま同じものが同じ場所に揃うことなんてないはず。
「でも、大丈夫だよ、うん。そこまで大金を使うわけじゃないなら問題が起きるようなことはないと思う。電子マネーとかは駄目な気がするけど……さっき改札通る時使っちゃった」
これ駅を出る時に問題にならないかな。
「うーん、まぁ、使えているならいいんじゃないかな? たぶんだけど。なにか問題が起きたらあれだから、今回だけにした方がよさそうな気はするけど」
一度改札を抜ける際に使ってしまった以上、もう一度改札を抜ける時は使うしかないけど、響香の言うとおりそれが終わったら素買わない方が無難かも。
「駄目なことだって聞いちゃうとお金を使うこと自体、なんか少し気が引けてくるね……だからって響香に全部払わせるのもそれはそれでだめな気がするから、なるべく僕もお金は出して行こうとは思うよ。この世界と僕の世界には悪いことしてるとは思うけどね」
少し覚悟を決めてそう言ったのだけど、響香は「お兄ちゃん、かっこいー」と言うと、またしてもにやつきはじめる。あれ、なんか嫌な予感が。
「そういえばー、さっきは何か酷い事言っていなかったー?」
「……いや、それは、まぁ、そういう冗談かなって思って……」
「へー……」
「ご、ごめん」
なんかこれ以上からかわれるのもあれだし、とりあえず謝っておくことにした。
態度から分かってはいたけど、別に怒っていたわけでもないらしく、響香はすぐに表情を普通の笑顔に戻してくれたのでほっとした。
「まぁ、あれは私の言い方が悪かったのもあるし、流石に全部払わせるのも学生の兄妹的には正しくない関係性な気がするから、基本は個人持ちでも大丈夫だよ」
そう言ってくれるのはちょっとありがたい。ある程度使うことを予想してそれなりにもってきているとはいえ、沢山使ったら個人的なところで金銭ダメージ自体が発生するわけだし。
今いくら財布に入っているかなと思って、財布の中身をサッと見ていると待っていた電車が駅に到着した。
「あ、でもせっかくだし、お昼ご飯奢ってね、お兄ちゃん」
そんなこと言って笑う響香と一緒に少しだけ混んでいる電車に乗り込んだ。