日常 その3
約束していた木曜日が訪れる。
夜になったら直接家で会おうと響香が言って来たし、なにがあるのかは来てからのお楽しみとも言っていた。そんなことを言われたから、僕もやっぱりそわそわしていたらしい。それが外から見ても分かるほどだったのは失態だったような気がするけど。
そんな様子の僕を見た乃がいつも以上にいじってきていた。というより、月曜日休んだこともあって、先週以上に彼女云々の話を仕掛けてきた。そして、何故か桂ちゃんも話に参加してくるから、その話をするだけで休憩時間が終わってしまうこともしばしばあった。
というより、桂ちゃんは別のクラスなはずなのに、なんでちょくちょくこっちのクラスまで出張ってくるんだろう。
それにしても本当に今日はなにがあるんだろう。準備するとか言っていたし。多分料理は作っているんだろうけど、わざわざ夜に行く必要はあるんだろうか。
やろうと思えば月曜のように覗き見も出来はするけど、せっかく用意してくれると言ってくれているのだから、早めに行くなんて野暮なことをしようとは思わない。気になりはするけど、そこは我慢しよう。
帰宅後も僕はそわそわしていた。約束の時間まで時間があったので、いまだ終わっていない提出日が昨日となっている宿題の続きに取り組んてみたものの、あまり進みは良くない。他にすることもないので、ずっと勉強机と向き合ってはいたのだが、約束の時間の少し前になっても宿題はギリギリ終わらなかった。
残りちょっとだったので終わらせたい気持ちはあったが、約束の時間に遅れるのは悪い。
靴がはいっておらず空のままバッグだけを手にして、机の引き出しからリモコンを手に取った。
大丈夫だとは思うけど響香以外の人がいたときや不慮の事態に備えて、一応ダイヤルは不干渉状態に合わせてから移動した。
これでリビングに直接飛べればいいのだろうけど、案の定、転移先はいつも通りの響香の部屋の中だ。
響香の部屋が転移先なのは確定っぽいけど、なんか微妙に出現する部屋の位置は毎回微妙に差がある気がする。とはいえ、響香の部屋もそこまで大きいわけではないので、大差はないのだが。
非干渉状態のままリビングに向かうと、妙にそわそわした様子の響香がキッチンをウロウロしていた。今日は彼女も少なからずせかついていたのかもしれない。
念のため辺りを確認したが、特に問題はなさそうだったので小ダイヤルを動かして半干渉の状態に切り替える。
「あ、お兄ちゃん!」
現れた僕を見るや否や響香が近づいてくる。
こんなことを思うのもどうなんだという感じではあるが、ほんの少しだけ飼い主を待つペットのようだなと思った。
「いらっしゃい、今日は部活も休みだったし、結構凝ってみたんだよ」
出会いがしらにそんなことを言って来るってことは、結構手が込んでいるのかもしれない。その対象がなにかは分からないけど。
「見ておどろけー」
響香はそう言うと視線をテーブルの上へ誘導させようと両手を動かした。素直にそれに従って見ると、そこには沢山のフライが乗せられた大皿があった。
「あれは、コロッケかな?」
あの小判型の独特の形から連想されるフライ料理と言えばコロッケだ。もしかしたらほかにもあるのかもしれないけど、馴染みがあるの者といったらそれくらいで、変わったところでメンチカツがあるかなというくらいだ。
どうなんだろうと、響香の方へ視線を向けると正解とばかりに笑顔を返してくれた。
「うん、そうだよ、じゃが芋を潰してひき肉と混ぜてパン粉をつけてあげたやつ。お店とかだと結構安く売られているけど、家で作ると結構面倒くさいんだね、これ」
そう言う割に嬉しそうにしているので、料理をするのが好きなのかもしれない。
聞いてみた感じ、結構面倒な手順のようだし凝っていたというのはこれのことなのだろうか。
そう思っていると、それを狙っていたかのように響香は「それだけじゃないよ」といってどこからかミトンを取り出して両手に装着した。
「メインはこれからだよ」
オーブンの中から天板を取り出した。その上にある二つの皿には焼き目のついたチーズが乗った白いものが入っていた。オーブンから出したこの見た目の物といえばあれしかない。
「もしかして、これってグラタン?」
「せいかーい、これはホワイトソースも自分で作ったんだよ。面倒臭そうだけど実はコロッケよりも全然簡単だったりするんだよね、ホワイトソース」
グラタンの皿をテーブルに置かれた布巾の上に置くと、ミトンを外して台所に投げだした。
「あ、グラタンの中はマカロニが入ってるやつだよ、あとチーズもたっぷり、後はすこしだけじゃが芋もいれてみた」
丁度一分前とかに焼き上がったからチーズが伸びるよと、笑いながら響香は鍋からスープのようなもの深皿に盛りつけている。
「まだ何かあるの?」
「うん、二つを作っている間ずっと煮ていた、ポトフっぽい奴」
「ぽい?」
「うん、ぽいやつ。だって、実際のポトフの作り方は分からないもん、だからあくまでポトフっぽい奴」
ポトフ擬きの皿もテーブルの上に乗せられた。その中には大きめにカットされたじゃが芋と人参が入っている。
これで料理は最後のようで、響香は席に着き「早くお兄ちゃんも座って」と急かしてきたので、僕も席についた。
「早く食べよー、ほらチーズトロットロのビヨンビヨーンなうちに食べよ」
座ったら座ったで今度はそう急かしてきたので、出会ってすぐではあるが晩御飯にすることになった。
チーズの状態が気になるのか、カレーの時とは違って響香はすぐに食べ始める。僕がそれをただ見ているのもあれだし、テーブルに置かれたフォークを手にする。
たっぷりと言うだけあって、結構チーズを使っているらしく結構チーズが伸びる。チーズが変なところにくっつかないように気をつけながら口まで運ぶ。
出来立てでチーズがたくさんのグラタンはとてもおいしかった。グラタン自体は食べた事はあるけど、こんなに美味しかった記憶はない。
思い返してみれば冷凍食品やお惣菜とかでは食べたことあるけど、意外とお店でグラタンって食べたことない。もしかしたら、お店のグラタンはこういったもなのだろうか。
「すごい美味しいよ、このグラタン」
そう言って響香の方を見てみると一口も食べきれていなかった。随分な猫舌である響香はふーふーしてチーズを固めていた。
「お兄ちゃんが喜んでくれたなら、作った甲斐があったよ」
笑顔でそう言ったあと、響香はチーズを固める作業に戻った。思った以上に猫舌らしい。
あつあつのチーズを楽しみながらグラタンを食べていると、気付けは残り半分ほどになっていた。
グラタンの中にはマカロニの他に細かく切られた人参が入っている。コロッケにじゃが芋が使われていることを考えると、ポトフ風のスープは意外と余りの食材を使って作られたものかもしれない。
せっかくだしコロッケも熱いうちに一ついただこう。フォークから割り箸に持ち替えて、大皿から一つコロッケを自分の近くの取り皿にとる。
箸越しに衣のサクサクした感じが伝わってきて期待感を煽るコロッケだ。これを作ってくれたのは、きっと僕がじゃが芋が好きと言ったからだろう。割とどうでもいいことだったと思うけど、それを元に手間暇かけてコロッケを作ってくれたことがちょっと嬉しい。
まずはなにも付けずに口へ運ぶ。予感していた通りのサクサクとした衣の触感、揚げたてなのもあってお惣菜ものとは違う。じゃが芋はほくほくで美味しいし、しっかり下味が付けられているのかそのままでも美味しい。思った以上に美味しいので、すぐに食べ終えた。
お次は大きな具材が目立つ深皿に視線を向ける。スプーンに持ち替えると大きなじゃが芋とスープを口に運ぶ。見た目はシンプルなんだけど美味しい。
「美味しい?」
二口目のグラタンをフォークに乗せた響香は尋ねてくる。
「うん、どれも美味しいよ」
「それは良かった、そのなんちゃってポトフはコンソメにセロリと人参とじゃが芋を入れて煮ただけだけどね」
セロリが入っていたんだ。匂いの強い野菜の印象があるせいか、このスープからは考えもしなかった。
「おもっていたより簡単に作れるんだね」
「うん、お兄ちゃんも今度試したら?」
「まぁ、そうだね、機会はいくらでもあるだろうし、その内作るかも」
そんな感じでいろいろと料理の話を聞いていると、料理も程よい温度になってきて、彼女も食べるペースも上がってきて、響香の言葉数が少しずつ減ってくる。一方でこちらはグラタンと皿に盛られた汁物を食べ終え、コロッケもいくつか食べたことによって割とお腹が満たされている。
食べている響香を何もせずじっと見ているのもあれなので、ちょっとだけ気になっていることを尋ねてみることにした。
「そう言えばさ」
「うん、なに? お兄ちゃん」
「今日を指定したけど何かあるの?」
「あ、そっか、まだ話してなかったっけ」
フォークでマカロニを捕まえている響香は「そうだっけ」という表情だ。
「うん、ちょっとだけ気になって、前の2回は月曜日だったからなんでかなと思って」
響香は群れから捕まえたマカロニを口に運び、口をもぐもぐとさせて飲み込んでから答えてくれる。
「それはね……まず、うちのお父さんが先週末から出張で来週にならないと帰って来ないんだけどね」
僕の世界の父さんも年に一回は出張に行くけど、こっちでもそうなのかな。そんなふうに考えていると、フォークを置いて両手を広げた響香が大々的な発表のように言葉を続けた。
「それに加えて更に、お母さんも今日からアメリカに行って多分三日は帰って来ないの」
「じゃあ、もしかして……」
「そうだよ、今日からこの家は私一人ってこと、だから、今日なら好きなだけお兄ちゃんも居放題ってことだよ」
そう言って立ち上がると響香は胸を張って「えっへん」と口で言う。。
「居放題とは言うけど、僕は別にそんな長居するつもりはないけど」
響香が露骨に残念そうな顔をした。もしかして、僕の長居を前提に今日を指定していたのだろうか。
「お兄ちゃん、なにか用事あったりした?」
腰を下ろして、恐る恐るという様子でそんなことを聞いてくる。滅多にないチャンスということで今日を指定して、張り切って料理を作って待っていてくれたのだろう。今の響香を見るればなんとなくその様子が想像できる。
「平日の真ん中である以上細かいことを含めればないはずはないけど、そこまで大きな予定はないよ」
一人で留守番をする女の子の家にあんまり遅くまでいるのもどうかとは思うけど、響香が満足するまではいようかなと思ってそう答えてみたが、思っていた以上の答えが返ってきた。
「じゃあ、泊まっていってよー」
せいぜい10時くらいかなと思っていたけど、それどころではなかった。
「泊まっていって、ってそんな親がいないからって」
「親がいないからこそチャンスだよ」
いつの間にか隣まで来ていた響香が手を取って、力強く握ってくる。別に痛くはないけど、そんな熱弁するようなことではないと思うんだけど。
「チャンスって、響香は将来的にこういうタイミングで彼氏とか泊まらせそうだね」
落ち着いてもらうために、ちょっとからかうようにそんなことを言ってみると、ばっと手を離してあたふたとし始める。
「か、彼氏……しょ、将来的には分からないけど、今はたとえいたとしてもそんなことしないから。そ、それに、お、お兄ちゃんだから、兄妹だから泊めるってだけだから。ほら、お兄ちゃんの部屋もそのままあることだし……」
「まぁ、彼氏云々は響香の自由だから別に僕がどうこう言うつもりはないんだけど、その部屋って僕が泊まってもいい物なの? 使用した後とかで誰か泊めたとか分かるんじゃない?」
それこそ、僕はともかく両親に勘違いされるんじゃないだろうか。娘が彼氏を連れてきたとかそういう風に。
「いいのいいの、私だってたまにお兄ちゃんのベッド借りて寝てるから、それに関しては全然大丈夫。安心して泊まっていって」
「たまに寝てるんだ……」
思わず自分の顔が苦笑いの形になってしまっているのを感じた。響香、なんかこの世界の僕と仲が良かったんだろうなとは思うけど、それはどうなんだろう。亡くなってからそこまで時間が経ってはいないとはいえ、流石にその行動はちょっと将来が心配だ。
「む、もう、たまにだからね、たまに。週一回くらい。それにお兄ちゃんがいたときからずっとそうやっている訳じゃないから、寂しいと思った時に使わせてもらっていただけだからね」
そう早口で言いきると「お風呂沸かしてくる」と言い残して、響香はお風呂場の方へ行ってしまった。
一人残されてどうしようかなと思っていると、響香がお風呂場から着替えのことをきいてきた。響香の中ではどうやらこのまま泊まるのは確定しているようだ。
「響香がそうしてほしいなら、今日くらいは泊まってもいいかな」
それに僕がいつかはこの世界から完全に去って会えることもなくなるって、いつかは伝えないといけないだろうし、今回の宿泊でタイミングあれば切り出そう。一晩あればどこかで話すタイミングも見つかるかもしれない。
僕は着替えを取ってくると響香に伝えて、リモコンを操作して自分の部屋に戻る。
こういう感じで、なにかを持っていくために一時帰還する場合は妹神がいない。もしかして、別の世界の事を見られるのだろうか。でもだとするといちいち僕の話を聞く必要はないだろうし、なにか別の方法で察知しているのかもしれない。
服を持っていこうかと思ったけど、脱いだものを持って来るのもあれなので、着替えは済ませていくことにした。
脱いだ服を洗濯機に入れてから、再びリモコンを操作する。
なんか勝手に響香の部屋に入ったみたいになるのが嫌だったので、非干渉の状態で移動して下に降りてから半干渉の状態に戻した。
「あ、着替えて来たんだ」
「まぁ、脱いだものを持って帰るのもめんどくさいしね。忘れたらややこしいことになりそうだし」
「それはそうかも……」
響香がこちらをじっと見てくる。部屋着だから特に誰かに見せるつもりもないし、適当な服だけど、もしかして似合っていないのだろうか。そう思って聞いてみると、「違う違う」と首を振った。
「そうじゃなくて、その服うちにもあるなーって」
なるほど、そういうこともあるんだ。別世界とはいえあんまり違いは感じられないし、意外と同じものもいっぱいあるのかも。
お風呂が沸くまでの間、話しながらゲームで一緒に遊ぶことにした。このゲームはうちにも同じものがある。乃や桂ちゃんが来た時によく遊ぶものだが、もしかしたら妹とも遊んでいたのかもしれない。ゲームは思いのほか盛り上がったが、途中でお風呂が沸いたので、先に僕、次に響香という順でお風呂に入った。僕の後でいいのかとも思ったけど、彼女がそちらの方がいいというのだから、そうした方がいいのだろうと思って先に入らせてもらった。
お風呂から上がってからは響香の部屋に移動してゲームの続きを遊んだ。
特に変哲のない会話をしながら二人でゲームをしている時間というのは楽しくて居心地の良い時間だった。気づけば夜も更けて来て、徐々に響香の欠伸をする頻度が短くなっていく。
響香が二連続で欠伸をしたとき、何時だろうと時計を見ると深夜の一時前になっていたので、時間の流れの速さにちょっと驚いた。ここまで早いのはいつ以来だろう。
「響香、もういい時間だしそろそろ寝る時間だよ」
「うーん……分かった……」
丁度コントローラーを持っていた僕がゲームを終了させていると、響香はベッドの中にのそのそと潜り込んだ。
ゲームの電源を切った後「おやすみ」と言って部屋の電気を消して、隣の部屋に向かった。
今からでも宿題を取ってこようかとも思ったけど、結構眠いので素直に寝よう。
一回見たことはあったけど、こっちの僕の部屋は全然変わらない。もう一人僕がいたかのような部屋だ。いや、実際もう一人僕はいたわけなんだけど、こうして瓜二つな部屋を見ると不思議な気分にさせられる。
ベッドに潜り込んで横になると、眠気がより一層強くなる。これならすぐに寝られそうだ。
微睡の最中、お別れの話をするのを忘れていた事を思い出した。最初の方は覚えていたのだが、楽しそうな響香に言い出せずに話していて、お風呂から上がる頃には完全に頭からすっぽ抜けていたな。
ぼんやりし始めた頭でどのタイミングで言いだそうかなと考えていたら、部屋の扉がノックされた。
「響香?」
すこし覚醒した頭でそう返事をする頃には扉は開かれていた。
「お兄ちゃん、今日は一緒に寝ていい?」
やっぱり響香はこの世界の僕と随分仲が良かったようだ。ちょっと仲が良すぎる気もするけど、本来死んだはずの兄と同じような人が現れたから、少し過剰になっているのもあるだろうけど。
「結構甘えんぼだね、響香は」
「……いいじゃん、たまには」
僕の返事を聞くつもりはなかったのか、響香が布団にもぐりこんできた。
響香がいまこの状態なのは、ある意味僕のせいでもあるし、それを咎めたり強く止めたりする気はなかったけど、ノータイムでベッドに潜り込んできたことには少し驚いた。
「だいぶマシになってきたとはいえ、流石に二人くっ付いて寝るにはまだ暑いでしょ」
「いいの、こういうのもたまには」
「まぁ、響香が良いって言うなら別にいいんだけど」
時間帯は深夜といったところ、昨日のお昼は普通に学校だったし、普通に眠くはある。何だったら乃と桂ちゃんのおかげで普段以上に疲れているかもしれない。だから、さっきまではすごく眠かったのだが、だれかと隣り合ってなるなんて何年振りかも分からない状態にもあるせいで、眠気が何処かへ行ってしまった。
うとうとしている響香を眺めていると、布団の下で手を握られた。
「お兄ちゃんはどこにもいなくならない……かな?」
不安そうな何かを求めているかのような声だった。
やっぱりだ。
僕を兄に重ねて見ているとしても、距離が近い気はしていたが、それは不安からくる行動だったのかもしれない。
確かに僕が現れたことによって、彼女は少し元気になったのかもしれない。けど、急にいなくなる可能性があることを知っている彼女は、同時に不安感も感じていたのだろう。
「どうなの?」
なんて答えようかと考えて間が空いてしまったところ、より一層握った手に力が込められた。
「それは……いや、分からない……かな」
早く答えないといけないと思って口を開いては見たものの上手く言葉は出てこなかった。だから、非常に曖昧な言葉となっていたが、これまでの僕の様子や態度、そして沈黙の数秒から何かを察したようで、寂しそうな表情を見せた。
どうしようかとも思ったけど、このまま何も伝えないのはいけないだろう。本来話そうとしていたことだ。話しにくい話題ではあるけど、タイミングとしてはこれ以上ないタイミングだろう。
「……そうだね、僕はいつかはこの世界を去るんだと思う。そうして来られなくなる日はいずれ来ると思う」
やはり察していたらしく、響香は特に大きな反応をするわけでもなく、ただ静かにまぶたを閉じた。
「……やっぱり、そうだよね。いつまでも、こんな夢のような時間が続くはずがないよね。普通じゃありえないようなことなんだし、いつかは終っておかしくない……なんとなくそんな気はしていた」
どうやら、響香は分かれが来ることを分かっていたようだ。もしかしたら、僕の態度や行動から、なにか感付いていたのかもしれない。
「でも……「待って」」
それまではしてほしいことややりたいことになるべく答えたい。そう続けようとした言葉は、響香によって止められた。
その後、言葉を遮って止められた僕も止めた響香も話し出すことはなく、数分の間、夜の静寂が部屋を包み込んだ。
長く感じられた沈黙のあと、何かを決心したように響香が目と口を開く。
「じゃあ……次で最後にする」
「え?」
「お兄ちゃんに会うのは次で最後。いつまでも夢の中にいちゃいけないから。夢はいつか醒めないといけないものだから、次で最期にする」
「響香……」
響香は結構しっかりした子だ。きっと僕が、この世界に来なくてもいつかは立ち上がれていたのだろう。
僕は、それを少し早めることが出来るのだろうか。それとも、長引かせてしまうのだろうか。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「……うん、おやすみ、響香」
次で最期。
それまでに、響香に一体なにをしてあげられるかを考える。
僕には難しすぎる内容だ。いくら考えても、思い浮かぶのはありきたりなものばかりでこれだというようなものは浮かんでこない。そうしているうちに、どんどん頭の回転は鈍くなっていき、気付けば眠りに誘われていた。