64話。逆転の希望
「リル! エリクサー草だ! とにかく、食えっ!」
俺はリルの身体を抱き起こすと、その口に召喚したエリクサー草を押し込んだ。
リルの背中は、炎の魔剣【レーヴァテイン】より放たれた炎に蝕まれている。
「あっちぃ!」
俺は炎を消そうと、リルの背中を叩いたが、火の勢いは衰えなかった。
「ムダですわ。【レーヴァテイン】に斬られた者は、死ぬまでその業火に焼かれるのです!」
ディアドラが信じがたいことを言い放つ。
「クソッ、呪いの一種のような物か!?」
「あ、あるじ様……!」
リルは顔を苦痛に歪めている。回復しても、すぐに火によるダメージを受けてしまい、意識を保つのもやっとのようだ。
「リルさん!」
コレットが駆け寄ってきて、リルに回復魔法をかけた。コレットは解呪魔法なども試すが、魔剣の業火はいささかも衰えない。
「バ、バナナ……あるじ様のバナナが食べたいよう……」
「リル、帰ったら、いくらでも食わせてやるからな!」
リルは意識がもうろうとしだしていた。
「コレット、リルに回復魔法をかけ続けて、エリクサー草を食べさせてやってくれ」
「はい!」
俺はこちらの隙をうかがっているディアドラと対峙した。
「あらあら、残念ですけと、私を倒したところで、フェンリルをむしばむ炎を消すことはできませんわよ?」
「お前は、エリクサーを持っているだろう? ソイツをよこしてもらうぞ!」
ディアドラは大怪我を負った時に備えて、必ずエリクサーを所持しているハズだ。
究極の霊薬エリクサーなら、リルを救うことができるに違いない。
「エリクサー? ふふふっ、ああどうぞ、欲しければ差し上げますわ」
ディアドラは懐から、澄んだ液体をたたえた瓶を取り出すと、俺に放ってよこした。
「……どういうつもりだ?」
「残念ですけど、私とキース殿の持つエリクサーは特別製なのです。所有者本人か、所有者が認めた者以外が使うと、猛毒となって対象者の命を奪うのですわ」
ディアドラは、なぶるように笑う。
コイツは凄腕の錬金術師だった。そんな特別な効果をエリクサーに付与することもできるのか。
「私たちが持つ以外のエリクサーは処分いたしましたわ。ふふふっ、リルさんを救う手立てはなくなりましたわね?」
「ご主人様! わたくしがユースティルアで作成中のエリクサーがあります。帰ってそれを完成させれば!」
「ふふふっ、無駄ですわ。【レーヴァテイン】の呪いの炎は、どんどん威力を増していきます。一時間も経たずにやがて回復が追いつかなくなり、フェンリルは哀れにも消し炭になるでしょう」
俺は拳を握り締めた。
くそっ、どうれば良い?
「ごめんなさい、あるじ様……リル、あるじ様を守りたかったのに、あるじ様を傷つけた……」
リルがか細い声で、申し訳なさそうに言う。
「気にするなリル、リルが悪いじゃない!」
「あるじ様、怒っていない……?」
「怒る訳ねぇだろ!」
「良かった……リル、あるじ様と……これからも、ずっと一緒……」
リルは安心したような笑みを見せると、コレットの腕の中で気を失った。
「リルさん!?」
気絶すれば、エリクサー草が食べられなくなる。このままでは、リルは……
その時、俺の懐に入れた通信魔導端末が、激しく振動した。これは緊急通信だ。俺は端末を取り出す。
「アッシュ団長! レイナよ! 敵総大将のキースを倒して、ギルバートと一緒にアルフヘイムの森まで、援軍に来ているわ!」
「レイナ、そうか……!」
「キースは、私に自由に使えってエリクサーを渡してくれたんだけど……! 森はすごい火の勢いで、これ以上、進めなくなっているの。指示をちょうだい!」
俺は驚愕した。
キースの持つエリクサーは、所有者が認めた者以外が使うと、猛毒となるハズだ。
「なに、エリクサー!? そのエリクサーは使ったのか!?」
「え、ええっ……本物か確かめるために、瀕死の重傷を負った部下に使ったけど、本物だったわ。怪我がすっかり治って」
なぜキースが、敵であるレイナにエリクサーを使えるようにしてくれたのかわからないが……これで、リルを救える希望が出てきたぞ。
「そんな……キース殿が寝返ったというの!? 妻子を人質にしていたのに」
ディアドラが愕然としている。
「何を言っているか、わからないでしょうけど、キースは私の本当の父親だったみたいで……それで、スレイプニール騎士団も、私たちの側についてくれたわ。みんなアルフヘイムを救いたいって!」
レイナは驚くべき事実を伝えてきた。
こんなにも早くレイナがアルフヘイムに到着できたのは、最強最速の軍馬スレイプニールのおかげか!
「レイナ、リルが死にかけている。エリクサーを持って、すぐに王宮まで来てくれ!」
「ええっ!? で、でも、火の勢いが凄すぎて……」
「ご主人様、今すぐわたくしと口付けを! 今こそ、真のエルフ王に即位し、狂戦化したエルフたちに火を消すようにお命じください!」
コレットが決然と訴えた。
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