62話。ユグドラシル参式
「いい気にならないで、くださいますか? たとえ再生したとしても、植物の剣が炎の魔剣【レーヴァテイン】に勝てる道理など、ありませんわ!」
リルの相手をしていたディアドラの姿が突然、消える。
背後に鋭い殺気を感じて振り返ると、魔剣を振り下ろすディアドラがいた。
「ご主人様!?」
俺はコレットを突き飛ばして逃がすと、【ユグドラシル参式】で、魔剣を受け止める。
「空間転移を使った斬撃か!」
「なんですって!?」
【ユグドラシル参式】は炎に負けることなく健在だ。表面に焦げひとつ付かない。
これが【植物王】で
、より元気になった新生【世界樹の剣】か。
【植物の再生】能力については、何度か検証した。時間が無かったので推論になるが、この能力は『元気が無くなった原因に対して植物を強くさせる』。
水不足で元気が無くなった植物を再生させると、水不足に強くなる。
陽当りが悪くて元気が無くなった植物を再生させると、日照時間が少なくても元気になる。
なら、炎に焼かれて元気が無くなった植物は、炎に強くなるのじゃないかと、予想した。
結果は、ビンゴだ。
「今の【世界樹の剣】に炎は効かねぇよ!」
俺はディアドラを押し返して、逆に斬撃を叩きつける。
ディアドラは間一髪、空間転移で回避した。
「くっ、接近戦では分が悪いですわね」
玉座の近くに出現したディアドラは、肩で息をする。
「運動不足か? 錬金術師が剣士のマネゴトなんてしても、無駄だぞ」
接近戦は俺の得意とするところだ。炎の魔剣【レーヴァテイン】を手にしたところで、それを活かす剣技がなければ、宝の持ち腐れだ。
「援護します!【耐火障壁】【筋力増強】【倍加速】!」
コレットがバフ魔法をかけてくれた。身体に力が湧き出してくる。特に、炎耐性を与えてくれる防御魔法の存在がありがたかった。
【レーヴァテイン】は近寄るだけで、熱によるダメージを受けるからな。これで、炎に対策は万全だ。
「サンキュー、コレット!」
「はい!」
コレットがディアドラに対して、真摯な口調で呼びかける。
「お姉様、どうか降伏してください! ご主人様は、闘神ガイン様にも勝利したお方です。お姉様がいかに、【炎の巨人】(スルト)の魔剣を持っていても、勝ち目はありません!」
「ふふふっ、まさか降伏すれば、命だけは助けるなどという世迷い言を吐くつもりではありませんわよね?」
ディアドラは鼻で笑った。
「もちろん、お姉様には償いをしていただきます。でも命まで奪おうなどとは、思っておりません。エルフの王女、コレット・アルフヘイムの名において、わたくしがお姉様を助命するよう、お父様やご主人様に掛け合います!」
コレットは凛とした強い意思を込めて叫んだ。
「おい、コレット、こいつは……」
「ああっ、なんて愚かな王女なのかしら。今さら、そんなことができると思って? エルフたちは決して、私を許さないでしょう。それは私も同じ。
私はこの100年あまり、お父様に復讐するために研鑽に励んできたのですわ。今でも夢に見て、恐怖と怒りに震えます。生きながら焼かれた私のお母様の無念が、あなたに理解できまして?」
マグマのような憎悪をディアドラは剥き出しにした。
「私は、この憎悪の炎ですべてを焼き尽くすまで、決して止まりませんわ!」
「お姉様のお気持ちはわかります。でも憎しみで、他人も自分も不幸にして、それでお姉様は満足なのですか!?」
「自分を不幸に? 何もわかっていないのね。エルフを滅亡させる使命を達成すれば、私は、あのお方に眷属として認めていただけるのですわ! 私の幸福を願ってくれるなら、ここで黙って死になさいコレット!」
「お姉様!?」
明確な拒絶に、さしものコレットも表情を歪めた。
コレットは世間知らずだ。世の中には、どんなに言葉を尽くしても理解し合えないヤツがいる。
「コレット、もうよせ。コイツを止めるには、やっぱり力尽くしかない。仕掛けるぞ、リル!」
「うん!」
リルが床を蹴って、ディアドラに突撃する。
「ふんっ! 私を捕捉することなど、不可能ですわ」
リルの飛び蹴りを、ディアドラは空間転移でかわした。
「あるじ様、ソッチ!」
「おう!」
リルが指さした部屋の隅に、ディアドラが出現した。リルの鋭い嗅覚は、敵の居場所を正確に掴む。
「ぉおおおおお──ッ!」
雄叫びと共に、俺はディアドラに突進した。
コレットのバフのおかげで、身体が軽い。
空間転移は大量の魔力を消耗する魔法だ。そう連続で、何度も使えはしないハズ。
「くっ!?」
ディアドラが顔面蒼白となって硬直する。
「これで、終わりだぁ!」
俺は勝利を確信して、ディアドラに剣を振り下ろした。
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