54話。キース、アッシュの罠にはまる
スレイプニール騎士団を率いたキースは、コレット王女を守るグリフォン獣魔師団に追い付こうとしていた。
スピード重視で飛ばしてきたため、狂戦化兵たちを、置き去りにしてしまっている。
たが、問題ない。戦力はこちからが圧倒的に上だと、キースは胃が痛くなるような心境の中、考える。
「見えたぞ! 全軍【魔法の矢】発射用意……撃ってぇええ!」
視界にグリフォンたちの背中が見えるや、キースは長距離攻撃を仕掛ける。
もはや、コレット王女を討ち取っても王座を得ることはできない。それどころかディアドラに加担し、アルフヘイムを滅ぼした罪人としてキースは悪名を残すだろう。
しかし、愛する妻と息子を人質に取られている以上、キースは戦うしかなかった。
「おのれ、謀反人めが!」
グリフォンに乗ったエルフたちは、広く散らばって攻撃をかわす。
「キース、今ならまだ間に合います。攻撃を中止して! 我が夫、アッシュ様に忠誠を誓うのです!」
フードを被ったコレット王女が、振り返って叫んだ。彼女は、ひときわ立派なグリフォンに乗っている。
「笑止! そこにおられたか!?」
わざわざ、居場所を知らせるとはバカな小娘だ。
「皆の者、コレット王女に集中攻撃だ!」
「はっ!」
「いかん! 姫様をお守りしろ!」
グリフォン獣魔師団が、そうはさせじと、反転して向かってくる。
「皆さん、エルフ同士で争うなど愚かなことです。どうか矛を収めて!」
「コレット王女! 人間をエルフ王に迎えようなど、愚かしいのはあなたの方だ!」
脳味噌お花畑としか思えない王女が、世迷い言をほざいている。
話す必要など無かったが、キースは激情に駆られて叫んだ。
「あのアッシュとかいう小僧は、【世界樹の剣】とエルフ王の座が欲しくて、あなたを利用しているに過ぎん! 人間は必ず裏切る!」
キースは16年前、人間の少女と恋に落ちたことがあった。密かに逢瀬を重ねて、駆け落ちの約束までした。
しかし、少女と落ち合う約束をした場所で待っていたのは、彼女の父親に雇われた傭兵たちだった。
少女の父である貴族は、娘がエルフと結ばれるのを許さなかったのだ。
キースは傭兵たちに襲われ、命からがら逃げ延びた。重傷を負ったキースは人間を決して許さないと誓った。
そして、今の妻と出会ったのである。
心の拠り所となってくれた妻を死なせる訳にはいかない。
「そんなことはありません! ご主人様はわたくしの命を救うために闘神ガイン様にまで、立ち向かってくれました!」
反論するコレット王女に、配下が放った矢が命中した。
コレット王女は悲鳴を上げて、空を飛ぶグリフォンより落下する。
「ああっ!? ひ、姫様!?」
敵の師団長が、悲痛な声を上げるがもう遅い。
「でかした! コレット王女、お覚悟!」
キースは剣を振りかざして、王女にとどめを刺すべく突撃した。地面に落ちた王女は、衝撃に気絶しているように見えた。
もらった! キースは勝利を確信した。
「がぁっ!?」
だが、次の瞬間、キースの胸にナイフが突き立てられていた。
非力としか思えないコレット王女が、キースの斬撃をかわすと同時に、ナイフを振るったのだ。
「かかりましたね」
コレット王女が別人のような冷たい声音で告げる。
キースは激しく混乱した。今の王女の動きは、武術の達人としか思えなかった。
「あなた方は、もう終わりです【猛毒王】!」
コレットが鼻で笑う。同時にキースの配下たちが、一斉に苦しみだし、次々に落馬した。
「がっ!?」
キース自身も耐え難い息苦しさを感じて、たたらを踏む。
「グリフォン獣魔師団のみなさん、高度を上げてください。地上3メートルまでの空間を毒で満たしました」
「な、なんですと……!? あ、あなたは一体? 姫様ではない!?」
グリフォン獣魔師団の師団長が、驚きに満ちた声を上げた。
「き、貴様は何者だ……?」
息も絶え絶えになりながら、キースは問いただす。
「お初にお目にかかります。【神喰らう蛇】の4番隊、対人殲滅部隊の隊長ギルバートと申します。次期ギルドマスター、アッシュ様の配下です。あなた方は、あのお方の仕掛けた罠にハマったのですよ」
氷点下の声音で、美少女の顔をした死神が告げた。
「さてキース殿、ここであなたにトドメを刺すのは簡単ですが、アッシュ様のために情報を吐いていただきましょうか? 私は尋問術の心得もありますので、隠し事はできませんよ?」





