51話。ギルバートの囮作戦
2日後──
領主の屋敷の作戦会議室は、緊張に包まれていた。
「アルフヘイムから狂戦化状態のモンスターとエルフの混成部隊が、向かって来ているですって!?」
領主のミリアは斥候からの報告に、全身をわななかせた。
「……しかも数は1万近く。あり得ない数だぞ」
俺も頭を抱えた。
ヤツラは犠牲をいとわず、力押しでユースティルアを落とすつもりだろうか。
幸い城門は親父が派遣してくれた者たちによって、急ピッチで修復工事がされてはいるが……
間に合うかどうかは、ギリギリだった。
「狂戦化状態になると、敵を殲滅するか、己が死ぬまで戦い続けると聞きました。まさか、キースがエルフの民たちをそんな風に使い潰すつもりだなんて……」
コレットも言葉を失っている。
「アルフヘイムは、バルト帝国とマケドニア聖王国にも、宣戦布告したらしいぞ。エルフの民たちを救うどころか、下手をすれば全滅させかねない暴挙だな。一体、何を考えているんだ?」
これは王国正規軍からの情報である。各国の軍部は蜂の巣を突いたような騒ぎになっているらしい。
アルフヘイムはただでさえ食料難だ。同時に三国に戦争を吹っかけたりしたら、兵站が維持できず、国が崩壊にするは目に見えている。
キースとディアドラは破滅したいとしか思えなかった。
「しかし、他国よりもここに向かって来ている兵力が明らかに多いようですね。ディアドラはおそらくコレット王女を狙っていのだと思います。何度も彼女を殺そうとしてきましたからね」
サーシャが意見を述べる。
それは間違いだろう。
ディアドラはコレットに対して、個人的な恨みがあるように見受けられた。
「であれば、やはりアッシュ様の考案された策が効果的と言えましょう」
発言したのは【千の顔を持つ死神】ギルバートだった。
しかし、その姿は、可憐なエルフの美少女──どこからどう見てもコレットそのものだ。彼女と同じ服まで着ており、事情を知らない者が見たら双子としか思えないだろう。
「私がコレット王女に成りすまして、街より出て敵を引き付けます。その間にアッシュ様たちは、アルフヘイムに潜入して、ディアドラとキースを討ち取ってください」
ギルバートは右手を切断する大怪我を負ったハズだが、それも癒えていた。肉体構造を変化させるヤツの変身魔法は、回復にも使えるらしい。
さらに外見だけでなく、声までコレットと瓜二つなのは、さすがとしか言いようがなかった。
「このような窮地から起死回生の一手を考えつくとは、さすがはアッシュ様です」
「しかし、ヤツラを倒しても狂戦化兵の暴走が止まらなかったら、意味がないんだよな……」
ギルバートは持ち上げてくれるが、一番の懸念点が解消されていなかった。
大将を倒せば、本来、戦争は終わりだ。だが、狂戦化兵は、戦いを止めず、ユースティルアを破壊し尽くす可能性が高い。それが終わったら、ルシタニアの他の領地にも攻め込んで、不毛な戦いを続けるだろう。
「それについては大丈夫です、ご主人様!」
立ち上がったコレットに、皆の注目が集まった。
「【世界樹の剣】のマスターであり、エルフ王家の姫を伴侶にしたお方は、真のエルフ王となります。
真のエルフ王は、エルフたちに対して、絶対命令権を持ちます。ご主人様がエルフ王に即位し、攻撃をやめるようにエルフたちに呼びかけてください。そうすれば、たとえ、狂戦化状態であろうと、エルフたちは必ず従います!」
コレットが自信満々に断言した。
「俺がエルフ王に……しかし、即位とはどうやるんだ?」
不本意ではあるが、もうしのご言っていられなかった。
「はい。王座の間で、わたくしと口づけを交わしてください。それが即位の儀となります」
「はぁ? く、口づけ……!?」
「口づけは、エルフの王族にとって、永遠の愛を誓う神聖な儀式です! その瞬間、ご主人様は真のエルフ王たる条件を満たします」
コレットは頬に両手を添えて、嬉しそうにはにかむ。
うおっ、そ、それはつまり、俺がコレットと結婚するということか?
確かにコレットのことは好ましく思っているけど……ま、まだ早い!
「うわぁあああん! そ、そんなの許せないわ! 何か、何か他に手は無いの!?」
「はい、ありません!」
取り乱すミリアに、コレットが胸を反らして言い放つ。
「アッシュ隊長ぉおおおッ! その女の前に、本当に愛し合っている私と口づけを! とういうより、その女とは遊びですよね!? そうですよね!? この戦いが終わったら、私たち結婚するんでよね!?」
「いや、お前までどうした!?」
サーシャが怖い顔をして詰め寄ってきたので、押し戻す。
もしかしてサーシャは戦場のストレスからおかしくなってしまったのか? 歴戦の兵士でも、精神をやられてしまうことは良くある。
「ふんっ、死神ギルバートが自らを犠牲に人助けなんて、どういうつもりよ?」
ギルバートを父の仇だと憎むレイナが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「人助け? いやいや、私がお助けしたいのはアッシュ様であって、その他大勢の有象無象ではありませんよ? アッシュ様こそ、我々【神喰らう蛇】を引っ張っていくのにふさわしいお方ですからね」
さも心外だと言わんばかりに、ギルバートは頭を振る。
「ギルバート、狂戦化兵には毒が通用しないようだが、大丈夫か?」
ギルバートのスキル【猛毒王】と、狂戦化兵との相性は最悪だ。
「ご心配なく。追撃をかわすのは、私の得意分野のひとつですので。もっとも私が偽の王女だと疑われては困りますから、グリフォン獣魔師団を護衛にお借りします。コレット王女は、彼らに守られて密かにユースティルアを脱出したという筋書きです」
「ギルバート隊長にお任せすれば、多くの敵を引き付けられますね……ついでに、私、ひとりどうしても殺したい女ができたんですが、暗殺っていくらですか?」
サーシャが何か恐ろしいことを口にしていた。た、たぶん、冗談だろう。
「でも、心配です。キース率いる騎士たちはわたくしを良く知っています。彼やその手の者に近づかれたら、見破られてしまうかも知れません。性格がぜんぜん違いますもの」
コレットが不安そうに、ギルバートに質問した。
「ご安心を……。こほん、わたくしはエルフの王女、コレット・アルフヘイムと申します。偉大なる【世界樹のマスター】アッシュ様の花嫁です!」
ギルバートはコレットそっくりの声音で、語り出した。
みなが仰天する。
「わたくしはアッシュ様の子供を身籠るという栄誉を授かり、ユースティルアを密かに脱出することになりました。生まれてくる子供は、男の子だったら、ご主人様とわたくしの名前を取って、アシュレーと名付けようと思います。女の子だったらアレットですぅ!」
ギルバートは嬉しそうに机をバンバン叩いた。
「うわっ……そ、そっくりだわ」
ミリアがドン引きしながら、感想を述べた。
「た、確かにどう見てもコレットにしか思えないな……」
「ふふふっ、ご覧の通り、コレット王女の性格や仕草についてはトレース済みです。今の嘘をユースティルアにばら撒けば、敵は私こそを王女だと思って狙ってくるでしょう」
ギルバートが、不敵な笑みを浮かべる。
「それは名案ですね。ご主人様! いずれわたくしがご主人様の子供を生むことは
確実な訳ですし! 何も問題ありません」
「いや、そんな嘘をばら撒かれたら、もう完全に引き返せなくなる気がする……!」
俺は冷や汗が出るのを感じた。
「くぅうううっ! 胸くそ悪くなる嘘だけど、わ、私たちのユースティルアを守るためには……仕方がないわ! で、でも、お兄様! お兄様が本当に好きなのは、私ですよね!? そうですよね!? お願いですから、イエスと言ってくださぃいいいっ!」
「いえ、私です! 私こそ、アッシュ隊長の公私にわたるベストパートナーですぅうううう!」
ミリアとサーシャが俺に突っ込んできた。
「おい、やめろ! 決戦前に無駄な体力を使わせるなぁ!」
俺はふたりの美少女に押し倒されて悲鳴を上げた。
とにかく作戦は決まった。後は、決戦に備えるだけだ。





