37話。剣聖ゼノス、奈落に落とされる
「このバカ者がぁああっ!」
闘神ガインは岩のような拳を、息子ゼノスの腹に叩き込んだ。
剣聖ゼノスはふっ飛ばされて、壁を何枚もぶち破って倒れる。
ここは【神喰らう蛇】の本部だ。
アッシュに敗れて帰って来たゼノスに、ガインは制裁を加えていた。
「一度ならず、二度まで任務に失敗したうえに、サーシャとリズに離反されただと? 部下をまともに掌握することさえできぬのか!?」
「げぇはっ!?」
ゼノスは血反吐を吐いて、のたうち回る。内臓が潰れたようだ。
「俺が嫌いなモノは良く知っているだろう? 1に弱者、2に敗者、3に無能だ! お前はそのすべてに当てはまる!」
ガインは肩を怒らせて、息子に歩み寄る。
「ま、待ってくれ! 親父! 兄貴に負けたのは武器のせいだ! 俺様にも【世界樹の剣】のような神域の武器があれば……」
「見苦しい! スキルなら貴様の方が圧倒的に上だろう。聞けばアッシュと剣で戦って負けたそうではないか?【剣聖】が聞いて呆れるわ!」
ガインは怒りに任せて、ゼノスをボールのように蹴り飛ばした。
「ぶばっ!?」
ゼノスは天井や壁にバウンドしながら、廊下を転がっていく。
「ぷぷっ! 情けないんだゼノスは。サーシャとリズは、アッシュの下についたようだね。天下の一番隊も、これで戦力大幅ダウンじゃないの?」
ゼノスをおもしろそうに見つめる美少女がいた。【神喰らう蛇】2番隊隊長──通称【黒い聖域】のミュシャだ。2番隊は高難度ダンジョン攻略専門のチームである。
その隊長であるミュシャは、蝋細工のような病的な白い肌をしていた。彼女には吸血鬼の血が半分混じっている。
「ぐぁあぁっ……。ミュシャ、て、てめぇ……俺様を笑うんじゃねえ!」
ゼノスの必死に回復薬の錠剤を口に入れながら、ミュシャを睨みつける。
「笑うなって、キミが私を笑わせているんだろう? あはっ、自信満々で出かけて行って、アッシュに返り討ちにされるなんて、身体を張った最高のジョークだね」
「くっ……!」
ゼノスは床に這いつくばりながら、屈辱に顔を歪めた。
「マスター、これは後継者選びを完全に見誤ったね。聞けばアッシュはギルバートから領主を守ったんでしょ?【神喰らう蛇】の1番隊と4番隊の隊長を立て続けに撃破するなんて、アッシュはさすがじゃん」
「ギルバートに続いて、お前までアッシュが俺の後継者にふさわしいと言うのか?」
ガインは不快感を覚えたが、ミュシャの言い分を認めない訳にはいかなかった。
「勝者こそが強者である。マスターの口癖だよね。じゃあ、少なくともアッシュに負けたゼノスは、後継者にふさわしくないことは確定ってことだよね」
「ふんっ! 業腹ではあるが、勝者を認めぬ訳にはいかんな。何より、神獣も神剣も弱者を主に選ぶことはあり得ぬ。口惜しいが、この俺の目が曇っていたということか……!」
ガインは苛立ち紛れに、近くの壁を叩いて穴を開けた。
そう考えると、目の前で這いつくばっているゼノスへの興味が急速に失せっていった。
「代償の大きい【植物王】が、戦闘向きじゃないのは間違いないだろうけどさ。スキルってのは、使い手と環境しだいで、いくらでも化けるものだからね。あはっ、【剣聖】のスキルも、無能が手に入れたんじゃ、宝の持ち腐れってヤツ?」
ミュシャはゼノスを見下して、ころころと笑う。
「チクショウ……てめぇ、あ、後で絶対ぇ、ぶっ殺す!」
「ぷぷっ、やってごらんよ。できるものならさ。ねぇマスター、こいつもう要らないなら、私の奴隷にしちゃって良い?」
「そうだな」
ガインは考えこんだ。ミュシャとゼノスを闘わせてみるのも、おもしろいかも知れない。
「はぁ!? ま、待ってくれ、親父! 今回は油断しただけだ! もう一度、チャンスをくれ!」
ゼノスは慌ててガインに取りすがった。その態度に、ガインはさらなる失望を覚えたが、ふと良いことを考えついた。
「チャンスだと? そう言えば、おもしろいことを抜かしていたな。武器の差で負けたとか?」
「そ、そうだ!【剣聖】のスキルを活かしきることのできるスゲェ剣が俺様にもあれば、兄貴なんぞに後れを取ることは有り得ねぇ! だいたい兄貴の力は【世界樹の剣】に頼ったモンだ! そんなヤツが、俺様たちの上に立つのにふさわしいもんかよ!」
ゼノスは必死に訴える。本気でそう考えているようだった。
武器もスキルも結局は使い手次第だ。無能が神剣に選ばれることはないし、無能が神剣を使いこなすこともあり得ない。
「そうか。そこまで言うなら、お前も世界最大最悪のダンジョン【奈落】に挑戦してみるが良い」
「はえ?」
ゼノスは、あ然とした顔になった。
「俺は若い頃【奈落】に挑戦して、神域の武器【雷槌】を得た。封印されていたミュシャと出会ったのも、そこだったな?」
「懐かしいね。退屈で死にそうなっていたから、マスターと出会えて死ぬほど嬉しかったよ」
ミュシャは昔を思い出して笑顔になる。
「でも【奈落】なんかに行ったら、今のゼノスじゃ、生きて帰れないんじゃないの? あはっ、あそこは入ると同時に、強制ランダムワープの罠が発動して、いきなり深部に飛ばされちゃうんだよね」
「そうだ。【奈落】の財宝を得て、強くなって生きて帰るか。死んで魔物の餌になるか。二者択一だからこそ、血湧き肉躍るのだ。未だ全容の見えない【奈落】でなら、【世界樹の剣】に匹敵する武器も見つけられるやも知れぬな」
ガインは快活に笑った。
【奈落】で死ぬ程度の男であれば、ゼノスにもはや用はない。逆に生きて帰るようであれば、また後継者候補に戻してやっても良い。
これは無能な息子に対する最大の慈悲であると言えた。
「う、嘘だろ親父!? 俺様に死ねって言うのか? せ、せめてパーティーメンバーを。おい、ミュシャ! 次期ギルドマスターの俺様の命令だ! 2番隊の精鋭を貸しやがれ!」
ゼノスは恥も外聞もなく、ミュシャに協力するように迫った。
だが、ミュシャは無慈悲にゼノスを蹴り飛ばす。
「あはっ、ゼノスはまったく冗談がうまいな。仮にも闘神ガインの後継者になろうって男が、女の子に泣きついちゃダメだろ?【奈落】をソロ踏破したら、箔が付くってもんだよ」
「そ、そんな…っ!」
【奈落】をソロで攻略できたのは、後にも先にも闘神ガインただひとりだけ。2番隊が万全を期して挑んでも、帰還するのは困難な超高難易度ダンジョンだ。
「話は決まったな? ミュシャ、ゼノスを【奈落】に放り込んでこい。俺はちょうどクライアントと会う約束が入っていてな。ふんっ、無能の失敗の尻拭いをせねばならん」
「了解。あはっ、ゼノス、逃げちゃダメだよ」
「ひゃぁあああ! やめろ! お、俺様に触れるな化け物女ぁ!?」
重傷を負ったゼノスにミュシャから逃れるすべはなく、簡単に首根っこを掴まれた。
かくして、ゼノスはこの世の地獄に送られることになった。
生還できる可能性は、0.00001%も無かった。
しかも、ゼノスはそこで死ぬより恐ろしい目に合うことになる。ゼノスの本当の転落が始まろうとしていた。
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