31話。弟、剣聖ゼノスに勝利
「ごぉおおおおおお──ッ!」
人間とは思えない声を上げて、ゼノスが剣を振り下ろしてくる。
かろうじてバックステップでかわしたが、剣で叩かれた地面が爆散して石畳が抉れ飛ぶ。
「クソッ!」
マヒクサのイバラをヤツの足に巻き付けて動き封じようとしたが、簡単に引き千切られる。
その時、ふいに日が陰った。
ギュオオオーン!
幾つも重なる咆哮。見上げれば、飛竜の大群が空を埋め尽くしていた。
「なんだとっ……!?」
飛竜の何匹かは、通常個体より身体が大きく、漆黒のオーラに包まれている。街のアチコチから悲鳴と怒号が響いた。
これだけの数がいきなり出現するとは……
「【透明化】の魔法ですわ。飛竜たちすべてに魔法をかけるのは、少々骨が折れましたけど。透明化して超上空を飛行すれば、索敵には引っ掛からないという訳ですわね」
俺をなぶるかのようにディアドラが種明かしをする。
王国正規軍が国境付近の砦にいるからと、油断していたようだ。
おそらく王国正規軍も奇襲を受けているだろう。
「ああっ、一応、言っておきますけど、この飛竜たちはアルフヘイムの兵ですわ。【神喰らう蛇】のみなさん、手出しは無用ですわよ」
ディアドラが笑う。
【神喰らう蛇】とは、すでに話をつけているようだ。かなり周到に準備した襲撃のようだった。
「レイナ、兵をまとめてミリアのところに向かってくれ!」
指示を飛ばすと同時に、狂戦化したゼノスが突進してきた。
ヤツの斬撃を神剣ユグドラシルで、かろうじて受け流すも腕が折れそうな衝撃が走る。
ちくしょう、完全にパワー負けしているな。
「アッシュ団長は大丈夫なの!?」
「いいから行け!」
正直、むちゃくちゃヤバいが、飛竜が火炎のブレスを無差別に吐いている。このままでは被害が甚大だ。
さらに飛竜の背中に乗った敵兵たちが、街に次々に降り立っていた。
ヤツらの狙いはおそらく、ふたつだろう。街を囲う城壁の門を内側から開くこととと、領主ミリアを討つことだ。
まずミリアの安全を確保することが、最優先だと俺は判断した。城門は毒矢で武装した守備隊に任せるしかない。
ミリアが討たれたら、士気が崩壊する。
「狂戦化ですって!? ディアドラさん、このような話は聞いていませんよ!?」
サーシャがディアドラに詰め寄った。
「何か問題でも? 神獣フェンリルは討伐。アッシュ殿からは【世界樹の剣】を取り返す。そのために、必要な手段をこうじているだけですわ。あなたも義務を果たしたら、いかがかしら?」
「ご主人様、わたくしが援護します!【筋力増強】【倍加速】!」
コレットが筋力と速度を倍加するバフ魔法をかけてくれた。ありがたい。
「ぐぉおおおおお──ッ!」
ゼノスは雄叫びを上げながら猛然と剣を振るう。石畳が暴風のような剣圧で抉れ飛んだ。
防御に失敗すれば、一瞬でひき肉にされてしまいかねない威力の斬撃だ。コレットのバフと神剣ユグドラシルが無ければ、受けることはできなかっただろう。
俺はスキル【植物王】で、ゼノスの足をマヒクサのイバラで絡め取る。すぐに強引に切られるが、何度も麻痺毒を送り込めば、そのうち動けなくなるハズだ。
「無駄ですわ。狂戦化は、すべての状態異常を無効化し、痛覚も感じなくさせますのよ」
勝利を確信したディアドラの高笑いが響く。
なんだと……?
一撃を受けるごとに骨が軋み、身体がバラバラにされそうな痛みが走る。
神剣ユグドラシルの自動治癒効果で、俺のダメージはすぐに癒やされるが、体力が持たない。
徐々に押し込まれて、防御をこじ開けられそうになる。このままではジリ貧だ。
「ご主人様!」
コレットの悲鳴が響いた。彼女が限界までバフを重ねがけしてくれるが、不利は覆らない。
「そうそうアッシュ殿、良いことを教えて差し上げますわ。あなたの義理の妹、ミリア様のところには、最強の暗殺者が向かっていますわよ? 護衛を送られましたけど、お生憎様、時間稼ぎにもなりませんわ。彼女が討ち取られたら、ユースティルアもお終いですわね」
「それはどうもご親切に…!?」
コイツ、わざわざそんなことを知らせるとは、俺を焦らせて追い詰めるつもりか。
さすがのリルも集中攻撃を浴びて身動きができなくなっている。リルの手を借りる訳にもいかない。
その時、俺の脳裏に閃くものがあった。
人間に必要な痛覚を感じなくさせる?
狂戦化とは、一種の状態異常ではないか?
「サーシャさん、先程からボーッとして、何をしていらっしゃいますの? ゼノス殿を援護なさい。契約違反を犯す気なら、闘神ガイン様に報告いたしますわよ?」
ディアドラの苛立たしげな言葉に、サーシャは身を震わせた。
もし契約違反で解雇などとなったら、サーシャの病気の妹は死ぬことになる。
「う、うあぁああああ──ッ!」
サーシャが絶叫と共にファイヤーボールを放った。俺を狙ったモノかと戦慄する。
だが、それはゼノスの背中に命中し、ヤツは前のめりになって攻撃が一瞬、途絶えた。
チャンスだ。
「あなた、何を……!?」
「アッシュ隊長を殺させはしません!」
驚くディアドラに対して、サーシャは雷撃の魔法を放つ。眩い輝きが視界を焼いた。
「いい加減、正気に戻れゼノス!」
俺はコレットからもらった試作品のエリクサーをゼノスに叩きつけた。
エリクサーはあらゆる状態異常を回復させる効果を持つ。
これは賭けだ。
狂戦化も状態異常の一種であるなら、エリクサーで解除できるハズだ。
「ぉおおおお……」
ビンゴだった。
ゼノスの身体が萎み、地面に崩れるように倒れる。そして、ピクリとも動かなくなった。
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