29話。【神喰らう蛇】一番隊と衝突
次の日──
荷馬車5台に気前良く小麦を満載して、エルフたちを城門から送り出した。
「ありがとうございます陛下。必ずや我らが同胞たちを陛下の軍門に下るように、説得して参ります」
師団長のエルフが、俺に何度も頭を下げる。
エルフたちの俺への呼称は、いつの間にか陛下になっていた。
「あ、ああっ、よろしく頼む……」
とりあえず作戦を成功させることを優先して、もう訂正はしないでおく。
うまくすれば戦わずしてエルフ軍に勝てるからだ。その可能性を潰したくはない。
「もし他のエルフたちの説得に失敗したら、すぐにユースティルアに逃げてきてくれ」
「はっ!」
彼らグリフォン獣魔師団は裏切り者として処罰される恐れもある。
その場合は、戦力としてこちらの陣営に加わってもらいたかった。グリフォンを従える彼らの力は強大だ。
見れば、彼らの使い魔であるグリフォンたちが迎えに姿を現していた。木々に隠れながら、涙目でこちらの様子をうかがっている。
グリフォンらと合流すれば、野盗などに食糧を奪われる心配はないだろう。
「おおっ! お前たち……っ!」
「くぇえええッ!」
エルフとグリフォンたちは再会を喜び合う。
あの時、グリフォンを無理に追撃などしなくて正解だったな。
テイマーにとって、世話し共に戦う魔獣は家族同然だ。
「それでは、皆さんお気をつけて!」
「はっ! 姫様もお達者で!」
「バイバイ!」
リルとコレットが元気に手を振る。
俺たちに見送られて、彼らは去って行った。
さてさて、まだまだやることはたくさんあるぞ。
次に俺たちは、家を失った人のための仮設住宅を作っている現場に向かった。
「あっ! アッシュ団長、基礎工事がちょうど終わったわよ!」
「ありがとうレイナ。じゃあ、ログ積みを頼む」
レイナが汗を拭きながらやってきたので、指示を送る。
元【ベオウルフ盗賊団】のメンバーたちに仮設住宅となるログハウス建設を手伝ってもらっていた。
重い資材を運んだり、材木をノコギリで加工したりと力を仕事が多いので、大助かりだ。
「いでよ大木!」
俺はスキル【植物王】で、材木とするための大木を出現させる。
「おおう!? 何度見てもたまげるな。アッシュ団長のスキルはよ」
「タダで丸太が手に入るってんだから、大助かりだぜ!」
大工たちが歓声を上げる。
「ふん!」
俺は【世界樹の剣】で大木を切り倒した。枝葉も切り落とす。
あとは大工たちが木皮を剥いで、丸太に加工する。それをレイナたちが運んで、設計図通りに組み上げる。
リルはここでも材木運びに大活躍だ。
繊細な作業はさせられないが、力仕事ならリルの独壇場だった。
しばらく、黙々と作業を繰り返した。
「みなさん、お芋が焼けました! 休憩にしませんか?」
石焼き芋を作っていたコレットが、みなに呼びかけた。焼き芋の材料となる芋も、俺が出現させたものだ。
【植物王】のおかげで、あらゆるモノが無料となっていた。生活をする上では、ホントに便利なスキルだ。
「うぉおおお! やったぜコレットちゃん! こんなうまい焼き芋が食えるなんて、夢みたいだ!」
「うわぁ! リルも焼き芋食べる!」
「ちょっと待てリル! お前は後回しだ! 全部食い尽くしかねないからな」
「うっ!?」
俺に制止されて、リルはその場に踏みとどまった。
「リルさんの分もちゃんとありますから、大丈夫ですよ」
「うう~ん!」
リルはヨダレを垂らしながら、食欲を必死に抑え込んでいる。前にエルフの魔法騎士団に後先考えずに突っ込んだ時と比べたら、格段に社会性を身に着けたと言えるな。
「アッシュ団長、リルちゃんだけ後回しというのは、かわいそうじゃないの? はいリルちゃん、あたしのをあげるわよ!」
「やったぁ!」
レイナが焼き芋を手渡すと、リルが喜んで齧りついた。
「リルちゃんは、良くがんばっているわ! 素直で働き者だし、良い娘よね!」
「うんうん! リルちゃんのおかげで、作業がどんどんはかどるぜ」
リルは元【ベオウルフ盗賊団】のメンバーや大工たちに大人気だ。
「リル、あるじ様やみんなと働けて、楽しい!」
ちょっとジーンときた。
リルがみんなと打ち解けてくれて、俺もうれしい。
「でも、汗だくで暑い。服がベトベト。すっぽんぽんになっちゃダメ?」
「おぃいいい!? それだけは、絶対にやめろ! 人前で服は絶対に脱ぐな!」
「うんうん」
服を脱ぎたがる悪癖だけは、直っていなかった。
これはまだしばらく、俺が目を光らせていないとダメそうだな。
まるで手のかかる娘を見守る親の心境だ。
「コレット、そう言えばエリクサーの方は、そろそろ完成しそうか?」
俺は焼き芋をコレットからもらいながら尋ねた。エリクサーを売ればかなりの軍資金になる。傭兵なんかも雇うことができるだろう。
「はい。ご主人様、実は一個だけ試作品が完成しています! さっそく試してみますか?」
コレットはそう言って、鮮やかな青い液体に満たされた瓶を手渡してくれた。
「本当か!? それじゃ、ハゾス様の病気が治せるか試してみるか。副作用の心配とかはないよな? ミリアも喜ぶだろうし……うまくいったら、量産化の体制に入りたいな」
「はい!」
資金を稼いで、この街をどんどん豊かにしていきたい。
俺は希望に燃えていた。
「あらあら、神々すら恐れたという神獣フェンリルが人間と馴れ合うなんて、どういうことかしら?」
その時、ゾッとするような冷たい声音が響いた。
氷の微笑をたたえた美女が、俺たちに歩み寄ってくる。
「あ、あなたは……ディアドラ!?」
「なにっ!?」
コレットの叫びに俺は身構える。
この女がディアドラ? 耳の尖った特徴は確かにハーフエルフのものだ。
どうやって守備兵に怪しまれずに街に入ってきたんだ?
「ごきげんよう、コレット王女。悪運強く男をたらしこんで生き延びたようですが、ここまでですわ」
ディアドラはいまいましそうな目をコレットに向ける。
うん? この女、どこかコレットと雰囲気が似ているような……
「ディアドラ、ここにいるお方は我が伴侶、新たなエルフ王アッシュ様です。無礼ですよ。ひざまずきなさい!」
「すぐにお亡くなりになってしまうお方を王などと呼ぶつもりはありませんわ」
気丈なコレットの一喝を、ディアドラは鼻で笑う。
「さて神獣フェンリル。本来の力を抑えて下等生物と付き合うなど、苦痛の極みではありませんこと? 私が本来の姿に戻してさしあげますわ」
ディアドラが杖を振るうと、リルの全身が輝き出した。
「……あ、あるじ様!?」
服が弾け飛び、リルの身体がみるみる巨大化していく。みんなが度胆を抜かれる中、神々すら恐れたという神獣フェンリルの威容が出現した。
リルの擬態を解いた? 神獣フェンリルの精神に干渉する魔法だと?
コイツ、もしかして……
「おい、まさか、お前がフェンリルの封印を解いた張本人か!?」
俺は【世界樹の剣】を抜き放つ。
「あら、怖い怖い。ですが、あなたの相手は私ではありませんわ」
「しゃあああ! 現れやがったな神獣フェンリル! 【神喰らう蛇】一番隊、全員突撃だ!」
聞き慣れた声が轟いた。それは俺の弟、剣聖ゼノスのモノだった。
ブックマーク、高評価をいただけると、執筆の励みとなります!





